第34話
魔導船の船体が激しく揺れる。
船から放たれた死の光星群が地上を滅ぼし尽くす――そう思われた瞬間、地上が眩い閃光を放ち、直後に発生した規格外の衝撃波がルナリアの魔導船を直撃したのだ。
「レイア!! 捕まってなさい!」
皇妃リシェルは衝撃を受け流そうと舵を切るが、とても手で抑えられるレベルではない。
「わ、……お母サマ! 落ちる、落ちるぅ!!」
レイアは座席にしがみつきながら悲鳴を上げた。
ディランの放った危険すぎる花火と正面衝突した光星弾は、四方八方へと跳ね返り、リシェルたちの乗る魔導船にも容赦なく降り注ぐ。
そして船の飛翼を深くえぐり、動力を担う魔石までもが無残に砕け散った。
船が空に浮かぶ道理が崩壊し、船体が重力に引きずり落とされてゆく。
追従していた護衛船たちも同様、跳ね返った光星弾の直撃を受け、次々と制御を失っては空から落ちていく。
回転しながら落下したリシェルたちの魔導船は、クインズヒル王城の裏庭へと激しく突き刺さり、もうもうと煙を上げて大破した。
地面に激突するギリギリの瞬間、レイアを抱きかかえたリシェルが船から飛び出し、片手で愛用のハルバードを握りしめたまま、軽やかに着地する。
立ち込める硝煙と火の匂い。無数の火の粉が芝生をくすぶらせていた。
こめかみに青筋を浮かべたリシェルは、煙の奥にたたずむ人影を鋭く睨みつける。
やがて風が吹き抜け、煙が流されていった。
そこに立っていたのは――剣聖ライザ、王女サリア、そしてクレヴァス国王の側近クリュード。
レイアを傍らに立たせると、リシェルは手にしたハルバードを軽々と振り下ろし、ヒュッと風切音を響かせる。
「……どういうことかしら? あなたが、なぜこんな所にいるの?」
低い声でリシェルがつぶやく。その鋭い視線は、真っ直ぐにライザを捉えていた。
「……こちらのセリフです、リシェル・フィア・ルナリア皇妃……」
ふたりの視線が、火花を散らすように激しく激突する。
「ルナリア……皇妃だと……!?」
クリュードは思わず息を呑み、半歩後ずさった。
大陸全土にその恐ろしさを轟かせる絶対大国、ルナリア。
その頂点に君臨する皇妃が、護衛も伴わずにこんな場所にいる。
国のトップでありながら自ら武器を振るい、数々の侵略戦争で最前線を駆け抜けてきたという逸話は伊達ではなかった。
だが、クリュードが何より恐れたのは、彼女個人の武力ではなく、背後にある巨大な国家だ。
帝国がひとたびその気になれば、母国クレヴァスなど一晩で滅ぼされてしまう。
自分の一挙手一投足が、主君ピアナのみならず、自国の命運すら左右しかねない恐怖に背中を冷や汗が伝った。
サリアもまた、隣で息を詰まらせていた。
カノアの遥か西に存在する大帝国。「あれにだけは逆らうな」と、父王から何度も叩き込まれていた。
「……もう……!!! 何なのよ一体っ!? 何でわたしたちがこんな目にあわなきゃいけないのよっ!?」
リシェルの隣で、レイアが地団駄を踏んで叫ぶ。
あどけない顔はすすで汚れ、自慢の髪もボサボサに乱れていた。
「落ち着きなさい、レイア。……今からその理由を、この者たちに確かめるのだから」
静かな声だが、恐ろしい殺気が空気に満ちていく。
「……私からも確認したいことがあります、リシェル」
ライザの言葉には、相手を押しつぶすような強い威圧が乗っていた。当のリシェルこそ不敵にいなしたものの、隣のレイアは「ひっ」と短く悲鳴を上げた。
リシェルと、親しげに名を呼んだライザ。
師が帝国の皇妃と一旦どんな関係なのだろうと、サリアが眉を寄せる。
「あそう。なら、あなたから先にどうぞ?」
目を細めながら、リシェルが応じる。
「先ほど空から放たれたあの攻撃……あなたの指示でしょうか?」
普段は感情を表に出さないライザの瞳に、かすかな怒りの火が燃えていることにサリアは気づいた。
「はぁ? そうに決まっているじゃない」
つまらなさそうにリシェルが答える。
「……理由を伺っても?」
「クインズヒル王を殺しに来ただけよ。本当はわたしが直接首を跳ねるつもりだったけれど……」
ちらりとクインズヒル城に目をやり、鼻で笑う。
窓ガラスは割れ落ち、外壁が所々剥がれ落ちていた。
「こんな粗末な石小屋に住む田舎の王だもの。城ごと吹き飛ばしちゃった方が早いと考えるのは当然でしょう?」
サリアはギュッと拳を握りしめた。
この国に来てまだ日は浅いが、穏やかで温かいこの城の空気を、彼女はすでに好きになっていたのだ。
だが、ライザの反応は正反対だった。
表面上の怒りが消え、冷酷に目を細める。
「……ですが結果として、お城は無事で、あなた方は大事な船を失った……」
リシェルの奥歯が、ギリ……と嫌な音を立てた。
「何が言いたいのかしら……」
「……その田舎の王とやらに、まんまと意趣返しをされたようですね……」
皮肉を隠そうともせず、ライザの口元がニヤリと歪む。
リシェルのこめかみに浮かんだ青筋が、ピクピクと怒りで跳ねた。
「……殺す」
そのつぶやきと同時に、リシェルの姿が視界から完全に消えた。
キンッ
激しい火花とともに、鋼と鋼が激突する高い音が響き渡る。
いつの間にかライザの眼前に肉薄していたリシェルは、凄まじい力でハルバードを振り下ろしていた。ライザは背から抜いた大剣で、それを寸分の狂いもなく受け止めている。
一瞬の交錯だけで、互いが並の達人ではないことが誰の目にも分かった。
ライザは金の瞳を鋭く光らせ、サリアとクリュードへ視線を向ける。
「邪魔です……離れていなさい」
それは、目の前の相手が自分と同等の強者であり、周りを気にする余裕がないことを暗に意味していた。
ライザの領域に遠く及ばないサリアとクリュードにとって、ここに留まることは足手まといでしかない。サリアは己の無力を噛み締めつつも、悔しさを呑んで即座に後方へ飛び退いた。
「レイア!! あなたもよ! そこから離れなさい!」
激しく鍔迫り合いしながら、リシェルが叫ぶ。
「え? あ、分かった!」
恐怖に顔を強張らせながら、レイアも慌てて後ろへ下がった。
――レイア……ルナリア帝国の第3皇女……
サリアは退きながら、自分の知識と目の前の少女を照らし合わせる。
ふたりの戦いは、人間離れしていた。
自分の背丈を超えるハルバードを、まるで軽い枝のように振り回すリシェルの攻撃は、一撃一撃が文字通りの必殺。
対するライザの技量もまた人外の領域。
細身の身体から叩き出される凄まじい膂力が、死の金属ネクロディールで鍛えられた大剣を走らせ、空間を歪めて穿つ。
命をかけた凄絶な死闘が繰り広げられている、まさにその頃――。
城の反対側の敷地では、ディランの目の前にフィーネが立ちふさがっていた。
腕組みをし、怒りの表情とともに目をうるませ、プルプルと震えながら――。




