第18話
クインズヒルと国境を接する小国クレヴァス。
国土は狭いが港を抱え、古くから海洋業で栄えてきた。
市場規模はカノアに匹敵し、海の交易路から得た莫大な資金を国庫にため込んでいる。
その富の象徴が、クレヴァス国の中央にそびえるグリーンホロー城の謁見の間にあった。
部屋の奥に山と積まれた金貨、金貨、金貨。
その黄金の頂にあぐらをかき、金貨を座布団代わりにしている小さな影がある。
――姿は幼い少女にしか見えないが、その耳はわずかに尖り、ハーフリング特有の特徴を示していた。
彼女の名はピアナ・グリーンホロー。
濃い茶色の髪を左右の三つ編みにし、ゆったりとした衣装と同じ朱色のリボン。
あどけなさを残す大きな瞳と小ぶりな唇。
その幼い見た目とは裏腹に、彼女こそが長きにわたりクレヴァスを治める老獪な女王であった。
ピアナは金貨の山から一枚をつまみ上げると、頬杖をつき、黄金の輝きに目を細めた。
「クインズヒルの小僧……なかなかに厄介じゃのう」
半分独り言のような呟きに、眼前に控える銀髪の男が「はい」と律儀に相槌を打つ。
切れ長の瞳は、感情の揺らぎを見せない。
「前に見たときは、才能もなく政治にも向かぬ、青臭いボンクラじゃと思ったが……。まさか、わしが仕向けた暗殺者を二度も退けるとはのう。いやはや、人は見かけによらぬものじゃ。のう、クリュードよ」
ピアナが問いかけると、クリュードと呼ばれた男は無表情のまま「おっしゃる通りです」とだけ答える。
あっさり返す彼に、ピアナは頬を膨らませる。
見た目と中身が違う自分が言うな、と突っ込んでほしかったのだ。
「まったく……面白くないやつじゃ」
深く溜め息をつく。
「諜報部によれば、カノアの奴ら、第三王女をあの小僧に嫁がせたそうじゃな」
「はい、そのように」
「そんな手、わしだって同じことを思いついとった。クインズヒルの独身小僧に貴族の娘でも押し付ければ、王権書院の鍵などすぐ手に入る……と」
ピアナは鼻を鳴らす。
「じゃが、あんな痩せっぽちのボンクラなど、策を弄するより殺した方が手っ取り早いと思うのが普通じゃろ? 後腐れもなくてのう」
クリュードは言葉なく頷く。
「それがどうじゃ。他国が送った暗殺者まで返り討ちにし、今や『凶王』などという大層な二つ名までついとる」
ピアナの目が細められる。
「しかしカノアの姫が嫁いだとなれば……もう暗殺は無理じゃな」
「理由を伺っても?」
クリュードが初めて問いを返した。
「知らんのか? カノアの第三王女は剣がべらぼうに強い。かの剣聖ライザの弟子にして、その名を継いだほどの使い手じゃ」
「ほう……」
その瞬間、クリュードの瞳に初めて興味の色が宿った。
「生半可な手練れでは返り討ちに遭うのが関の山よ。一人で一個軍隊に匹敵すると言われた剣聖が認めた才じゃ。その実力が師の半分だとしても、うちの刺客では話にならん」
ピアナは、楽しげな光を宿したクリュードの瞳を覗き込む。
「それこそ……お前を差し向けるほどの相手やもしれぬぞ?」
「それは、楽しみです。ぜひすぐにでも……」
クリュードはそう言うと、ごく自然な仕草で腰の剣に手をかけた。
ドラゴンの装飾が施された豪奢な黄金の剣だ。
「待て待て、冗談じゃ。 今は戦の刻ではない」
ピアナが慌てて制すると、クリュードは実につまらなさそうに目をそらした。
「わしの前で、これほど感情を露わにする者など、お前くらいじゃぞ」
ピアナは呆れて鼻の頭をポリポリとかいた。
「それにしても、カノアで見つかった我が国の暗部……あれはクインズヒルに送ったはずじゃった。その死体をわざわざマントで顔を覆うなど、こちらの諜報部を挑発するようなもの」
「カノアの宣戦布告……でしょうか」
「『そういうこと』にして、大陸間協定委員会で奴らの悪口をさんざん吹き込んではきたがの」
ピアナは、悪戯っぽく目を細めて笑う。
「……じゃが、果たしてカノアがどこまで噛んでいるか」
「では、クインズヒル王の仕業だと?」
「さあな。ただ、結果的にカノアは王女を差し出した。意図的か、やむを得ずかは分からんが」
クリュードは沈黙し、続きを待った。
「わしが協定委員会で騒いだせいで孤立したカノアに、クインズヒルの小僧が手を差し伸べたのじゃろう。王女を娶り『書院』の権限を分かち合うことで、カノアは孤立しながらも大陸における切り札を失わずに済んだ。そして弱小国だったクインズヒルは、カノアという巨大な後ろ盾を手に入れた」
「これが『凶王』の描いた絵図だとすれば……ピアナ様はまんまと踊らされた、ということになりますね」
遠慮のない言葉に、ピアナの眉がぴくりと動いた。
「……悔しいが、その通りじゃ。だが面白くもある。これが本当にあのボンクラ小僧の策なのか……この目で確かめたくなってのう」
「それで、婚約の挨拶を口実に、わざわざ女王陛下自らクインズヒルへ?」
クリュードの声には、わずかに非難の色が滲んでいた。
「城で金勘定ばかりというのも、退屈でな。たまには気晴らしも必要じゃ」
ピアナはそう言うと、手にした金貨を宙に放り、自らは黄金の山へ大の字に寝そべった。
硬く冷たい感触が心地よい。
「……まあ、いざとなれば金で買い叩くまでよ。『王権書院』の権利ごとな」
金貨の海に響いた呟きは、半分以上が本気だった。




