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第15話


甲高い金属音。

幾度となく耳にしたその響きで、サリアは目を覚ました。


ベッドを抜け出し窓の外を覗くと、朝靄のかかる中庭で二つの影が舞っていた。


侍女であるリゼとラン。

彼女たちが、実戦さながらの訓練に打ち込んでいるのだ。


剣筋に殺気はなく、純粋な技と技の、美しい応酬。

その光景に、サリアの体の奥深くが疼いた。


ディランに敗れ、一度は手放したつもりの剣。

だが、この身に求められるものがあるならば、再び握るべきではないのか。


とはいえクインズヒル城で堂々と剣を振るうわけにもいかない。

そう思案していた矢先だった。


まさに、渡りに船。


サリアは身軽な服に着替えると、弾む心で部屋を飛び出した。

そして廊下でフィーネと鉢合わせる。


「あっ、サリア様。ちょうど朝食のご準備ができましたので、お呼びに上がろうと」


「ありがとう、フィーネさん。でもその前に、少し運動してくるわ。その方が、きっと朝食も美味しくいただけるでしょうから」


そう言ってサリアは足早に彼女の横をすり抜けていく。


残されたフィーネは「運動、ですか…?」と首を傾げた。

大国の王女様が自ら朝の運動とは珍しい、と思いながらも深くは気にせず、次はディランの寝室へと向かった。






素足で踏みしめた中庭の芝生が、心地よい刺激をサリアに与える。


彼女の姿に気づいたリゼとランは、ぴたりと打ち合いをやめた。

二人の肩は上下し、額には汗が光っている。


「よぉ、王女サマ。どうしたんだ?」


リゼが遠慮のない、ぶっきらぼうな口調で尋ねる。


「お二人を見ていたら、私も体を動かしたくなって」


「へえ」


貴族の退屈な運動に付き合う気はない。

リゼがそう言わんばかりに身を翻し、場所を譲ろうとした、その時だった。


「待ってくださる?  私一人では物足りないの。あなたたちにも、お付き合いいただきたいのだけど」


「……付き合うって、何をするつもりなんだ?」


怪訝な顔を向ける二人に、サリアは答えず、ランの持つ短刀をすらりと指さした。


「それ。貸していただけるかしら?」


「? 別にいいけど……素人が振り回すと怪我する」


「ええ、そうね。でも、刃物には慣れているの」


ためらうランから短刀を受け取ったサリアは、その切っ先を陽光に煌めかせる。

そして、リゼに挑戦的な笑みを向けた。


「リゼさん、と言ったかしら。一本、お願いできる?」


「はぁ!??」


リゼの顔が一瞬で引きつる。


暗殺者である自分たちの稽古は、同等の力を持つ者同士だから成立している。

素人相手では、手加減してですら大怪我をさせかねない。


「悪いが、王女サマの遊びには……」


リゼの言葉が終わる前に、サリアの姿が掻き消えた。

いや、そう見えただけだった。


風を裂く音。


リゼの頬を、風圧を伴う閃光が駆け抜ける。

ぱらり、と数本の髪が宙を舞った。


「え………」 思わずランがつぶやく。


「オイっ、ちょっと待……」


「実戦に『待った』は無いわよ?」


声は、背後から。

いつの間にか回り込んでいたサリアが、体を独楽(こま)のように回転させ、しなやかな蹴りを繰り出す。


リゼはぎりぎりで上体を反らしてかわし、「このっ!」と鋭い回し蹴りで応戦した。

サリアはその衝撃を受け止めつつ背後へ流し、軽やかなステップで宙返りして間合いを取る。


不意打ちへの驚きは、一瞬で闘争本能に変わった。

サリアの常人離れした身体能力を認め、リゼの目が暗殺者のそれに切り替わる。


そこからは、音と光の乱舞だった。

目にも止まらぬ速さの斬り合いが、中庭のあちこちで火花を散らす。


ランは二人の攻防を、食い入るように見つめていた。


――今のところ……リゼが劣勢。


彼女は冷静に戦力差を見極める。


速さではリゼに分がある。

だが、膂力(りょりょく)が違いすぎた。

あの華奢な腕のどこに、あんな力が――。


リゼの剣をサリアは柳のように受け流すが、サリアの剣を受けるたびに、リゼの体勢がぐらりと揺らぐ。

一撃一撃が岩のように重いのだ。


やがてリゼの呼吸は荒くなり、その動きに疲労の色が滲み始める。


そして、その時が来た。


ガキンッ!という鈍い音と共に、リゼの短剣が宙高く弾き飛ばされる。

勝負は、決した。


次の瞬間、リゼの喉元に冷たい刃の感触が突きつけられる。

ごくり、と彼女は息を飲んだ。


「私の勝ち……で、いいかしら?」


軽く肩で息をしながらも、サリアはにっこりと微笑んだ。

リゼはその場にへなへなと座り込み、そのまま仰向けに大の字になる。


「くっそ……負けた! 何なんだよ、あんた!? 王族のはずだろ!」


「王族が剣を使えても、不思議ではないでしょう?」


確かに護身や鍛錬として剣を習う王族はいる。

だが、それはあくまで嗜みだ。

まして、暗殺を生業としていた自分たちを圧倒するなど、常識では考えられない。


「……さすがディランのお嫁さん」


「ああ、そうだな。アイツもバケモンだが、あんたも相当だ」


ランの素直な感嘆に、リゼが投げやりに同意する。


「私とディラン、どちらが強いと思う?」


サリアは悪戯っぽく微笑んで尋ねた。


「……さあな。けど、アイツにはランと二人がかりでも、剣がかすりもしなかった。たぶん、勝負にならねえだろうな」


出会った時のことを思い出し、リゼが答える。


「そう。やっぱりね」


サリアに驚きはない。


彼女たちの言う通り、ディランの強さは別格だ。

それは、闘技場で対峙した自分がよく知っていた。





その一部始終を、ディランとフィーネが寝室の窓から目の当たりにしていた。


「な……なんなのですか、あの方は……?」


フィーネが震える声で呟く。


「……なんだろうねぇ。カノアの王族って、みんなあんなに強いのかなぁ」


ディランも、やや引き気味に答える。



――それにしても。サリアの姿、どこかで見たことがあると思っていたけど…。

闘技場で会った、あのライザ・クラウディアにそっくりだなぁ。


ディランは記憶の中のライザと、今中庭にいるサリアの姿を重ねる。

闘技場のライザは、遠目にも顔立ちが分かるためなのか化粧が濃かった。

だから、今の自然な彼女とは印象が違うが、面影は確かにある。


――もしかしたら、親戚だったりして。今度、聞いてみよっかな。


そんなことを考えているディランの隣で、フィーネは立ち尽くしていた。


――とんでもない方を、王妃に迎えてしまった……。


彼女の脳裏に、サリアを先頭にカノアの屈強な騎士たちがこの国を蹂躙する光景が広がり、顔からサッと血の気が引いていた……。






その日の午後、サリアはディランの書斎を訪れていた。

先ほど、フィーネから彼が呼んでいると伝えられたのだ。


扉をノックし、そっと中へ入る。


「お呼びですか? ……ディラン」


「やあサリア、待ってたよ」


気さくな笑顔でディランが手招きする。


「実はね。君と結婚することが決まったわけだし、早速、権限を更新しようと思うんだ」


「権限、ですか?」


……もしかして。サリアの胸が、とくんと高鳴った。


「書院の権限だよ。これから僕と一緒に、王権書院へ行ってもらえるかな?」


ついに。

サリアの中で一度は下がった優先順位が、再び駆け上がる。

各国が渇望する知識の殿堂。そこに一体何があるのか。


否が応でも、期待に胸が膨らんだ。


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