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第12話


「さて……早速だが」


重厚な扉で外界と隔てられた貴賓室。

深い色の一人掛けソファに腰を沈め、ディクラムが静かに口を開いた。


「貴殿たちとの今後の関係を、ここではっきりさせたい」


その声色には重さと、わずかな苦みが滲む。


「今後の関係?」


紅茶に砂糖を落とし、くるくるとスプーンを回しながらディランが問い返す。


「……ああ」


ディクラムは横に座るサリアへと視線を送った。


「単刀直入に言おう。我が国の第三王女、サリアと――結婚してほしい」


その瞬間、フィーネが「ぶっっ」と盛大に紅茶を吹き出した。


「す、すみません! ……あの、今、なんて?」


「サリアと結婚してほしいと言った」


ディクラムの表情は微動だにしない。


ディランもさすがに驚いた様子で、飲みかけのカップをテーブルに置き、ディクラムとサリアを交互に見た。


「結婚……?」


「突然の話になったことは詫びよう。だが、そちらにとっても悪い条件ではないはずだ。」


「いや……まあ。でも、なぜ僕と?」


どう考えても王権書院が絡んでいる――フィーネは即座にそう推測した。


王とその妻は、書院の鍵を手にできる。暗殺者を送り込むより、王妃を送り込む方が平和的だ。

だが、まさか大国カノアから婚姻を打診されるとは予想外だった。


「……正直に話そう」 ディクラムが短く息を吐く。


近衛兵を失ったことは、地味に彼の精神を削っていた。

凶王を相手に駆け引きする気力など、とっくに失せている。


「貴殿の国にある王権書院――その管理を、我が国と共同で行ってもらえないだろうか」


「共同管理、ですか?」


「ああ。失礼を承知で言えば、貴国は貧しく、王城で人を雇うのもやっとだと聞く」


図星を突かれ、フィーネが小さく呻いた。


「しかも、書院を狙ってよからぬ者が入り込んでいるとも」


もちろん、過去にカノア自身が暗殺者を送り込んだことは黙っている。


「だが我らが手を結べば、人材を派遣できるし、諸国への牽制にもなる。それに後継ぎも生まれる。……良い話だと思うが」


「なるほど」


ディランは少しだけ考え込む。


自分の結婚などこれまで全く頭になかった。

だが、後継ぎを求めるならいずれは必要だ。

遅かれ早かれなら、今でもいい。

しかも目の前のサリアは美しく、性格もおおらかそうだ。だが――


「僕はともかく……サリアさんは納得してるんです?」


「もちろんだ。そもそも婚姻の話を持ち出したのは、サリア自身なのだ。」


「本人が?」


視線を向けると、サリアはにっこり笑って頷いた。


ふーむ……。ディランが腕を組む。


――カノアが味方になってくれれば、あの面倒な暗殺も減るかもな。


サリアを妻にすること以上に、その可能性の方が魅力的だった。


命を狙われる生活にはもううんざりだ。

地下にある巨大な書庫を守るという一族の決まりのせいで、両親は殺され、自分も標的になっている。

これが続けば、暗殺は確実にエスカレートする。

正直、自分の手には余る。


だが、カノアが後ろ盾となれば、書庫の管理は丸投げできるし、暗殺者も近寄らなくなるはずだ。


「もちろん、管理といっても必要以上に介入はしない。書院の鍵を我らも持つ――その事実が重要なのだ。」


「なぜです?」


フィーネが眉をひそめる。


「我らは今、大陸各国と関係が芳しくない。書院の鍵を巡る件で、不本意ながら協定違反をした形になってしまった。……もっとも、この件についてはクインズヒル王が一番よく知っていようが」


皮肉を交えた言葉も、ディランの耳には届かない。

むしろ肩の荷が下りる予感に、少し胸が躍っていた。


「この国が他国と対等でいるためには、書院の権限を握ることが重要だ。婚姻を通し、我ら王家の結びつきを強くすることが急務なのだ……」


ディクラムは苦しげに言う。


フィーネは察した――ディランが何か企んだせいで、カノアは第三王女を差し出す羽目になったのだろう、と。


……もっとも、当のディランは本当に何も考えていない。

だからこそ、あっけらかんと答えた。


「じゃあ結婚しましょうか」


「えぇえ?」 策だと思い込んでいたフィーネでさえ、不安になるほどの即答だ。 「……あの! 本当にいいんですか?」


「え? いいんじゃない? サリアさんも納得してるみたいだし」


「そ、そうですけど……」


――やはり、すべては計算済みなのだろう。


サリアは目を細めてディランを見た。


確かに婚姻を提案したのは自分だが、本来はもっと様々な条件を引き出すつもりだった。

カノア側が有利になる条項を設けたり、いずれ書院の権限をカノアが独占する契約を加えたり……


だが、各国との関係が急激に悪化したことで、カノアは政治的駆け引きをする時間を失ってしまったのだ。


それに、近衛兵の遺体は、脅しとして十分すぎる。

見せる必要のない惨状をわざわざ提示し、父王の牙を抜いた。

兵の暴走さえ利用する、このしたたかで凶暴なクインズヒル王に、父王は屈したのだ。


サリアは立ち上がり、ディランの前でひざまずく。


「ありがとうございます、クインズヒル王陛下。この身を捧げ、生涯誠心誠意お仕えします。不肖ですが、よろしくお願いいたします」


「そんなにかしこまらなくていいですよ。こちらこそ、よろしくお願いします」


ディランは笑顔で応えた。


「……うむ。では、ふたりの婚約が成立したこと、私が証人となろう。クインズヒル王よ、娘を頼む」


ディクラムが深々と頭を下げる。


「あはは、そんな堅苦しくなく。僕のことはディランと呼んでください。義理の息子になりますから」


「……そうか。ではディラン殿。我らの末永い友好を、ともに築こう。」


こうして会見は区切りを迎えた。


本来ならこの後、懇親の食事会が予定されていたが、カノア王の体調不良を理由に中止となった。

執事らしき男が土産を差し出し、深く頭を下げる。


「はるばるお越しいただいたのに申し訳ございません。」


「確かに少し具合が悪そうでしたね。僕らは気にしていませんので、お大事にとお伝えください。」


――誰のせいだと思ってるんだ。

フィーネを含め、周囲の全員が心の中で突っ込んだが、本人は気づきもせず、頼りない笑顔で土産を受け取った。



城門前では、既にリゼとランが待っていた。


「お帰りなさいませ」二人が声を揃える。


「うん、ただいま。ケーキは買えた?」


「もちろんでございます、国王陛下」


リゼが優雅に答えるのを見て、外面と中身がここまで違う人も珍しいと、フィーネが呆れた目を向ける。


そしてディランたちが馬車に乗り込もうとしたその時――


「お待ちください!」


振り向くと、簡素なドレスに身を包み、旅行カバンひとつを手にしたサリアが立っていた。


「サリアさん? ……どうしたんです?」


「私もご一緒します。」


「……え?」


「夫婦になるのですもの。今日から私も、クインズヒル城に住ませていただきますわ。」


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