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新しい敵

瀬織津姫と話をしていると、後ろから全身濡れ鼠になって袖からポタポタと水滴を垂らしている健斗や清子、キャシー、瑠美ちゃんが入り口の扉からやってきた。

健斗はしきりにくしゃみをしている。

「大丈夫かい?」

「いや、酷い目にあったぞ。いきなりの水流に押し流されてやっとなことで帰ってきたんだ。」

健斗は憮然とした顔で呟くように言った。


「ほほほ。妾の水は清めの水じゃ。さすがの魔王もよく清められて少しは綺麗になったであろう。」

瀬織津姫は上機嫌な顔で笑っている。


「それで、わざわざ俺たちにこんな歓迎をしたということは何か理由があるんだろう?」

機嫌が悪いせいか全く敬語を使わずに健斗は瀬織津姫に尋ねた。


「もちろんのことじゃ。一つは聖剣の封印を解くこと。もう一つはその理由じゃな。」

「勝太郎は聖剣を使えるようになったのか?」

「ああ。」

俺は聖剣を少しだけ鞘から抜いてみせた。


「お主ら魔王軍は少し汚れすぎておるから聖剣が反応して同士討ちになってしまう。なので妾が出張ってよくお清めしておかねばならなかったのじゃよ。」

瀬織津姫はニヤニヤしながらいう。

「うるさいやい。俺だって毎日風呂に入っているよ。バカにすんな。」

健斗は不機嫌である。

後ろを見ると、キャシーは「やはり健斗様が魔王だった。」と目をキラキラさせている。

清子は瑠美ちゃんに「私たちも健斗と一緒にお清めされたということは魔王の眷属扱いだね。」と言っていた。

瑠美ちゃんは「はい。私も立派な健斗さんの奥さんを目指して頑張ります。」と両腕にコブを作ってガッツポーズのようなことをしていた。


後ろの面々は女神に清めの水をぶっかけられても大したショックは受けていない様子である。むしろ通常運転というべきか。


健斗は気を取り直したように女神に向かって言った。

「俺たちをびしょびしょに濡らして風邪をひかせてまでお清めをしたかったということはわかった。で、なぜそれをやったんだ?その理由ってのがわからない。」


「ほほ。魔王らしい問いじゃ。それは我らの世界が外世界より攻撃されているからじゃ。」

「それは俺と勝太郎が喧嘩しなかったら問題ないんじゃないか?わざわざ俺をびしょ濡れにしてまでして清めたんだろう?勇者と魔王の戦いは起こらないぜ。」

そうだよな。普通のありきたりなストーリーならば魔王に勇者が挑むことになる。勇者が魔王を倒せばゲームセットなはずだ。

「いうたであろう。敵は外世界から来る。」

「外世界ってあなた小野篁が閻魔さんのところに行くための井戸みたいなものか?」

「そうじゃ。あそこはあの後我らで大慌てで補修したからもう大丈夫じゃがな。」


「……もしかしてあの、外世界の敵ってのはあのエビやろうみたいなえげつないやつなのか?」

「ああ、ホロゴンのことか?あれは外世界の敵でも一番下っ端の奴じゃ。」

「えっ、あいつが一番下っ端だと?」

珍しく健斗が青い顔をしている。

「あ、なんだかお腹が痛くなってきた。ちょっと帰らせてもらおうかと。」

「ダメじゃ。逃げるようならかの斉天大聖に付けた金箍を頭にはめてやっても良いぞ。」

とみるやいなや、瀬織津姫が投げた金色の輪っかが健斗の頭にはまり込んだ。


(勝太郎、もし健斗が悪さをしたら「おんまにぱどめいうん」と唱えよ。この六字真言で奴の頭には激痛が走るぞ。)

いきなり瀬織津姫の声が頭の中に響いた。

俺は驚いたが、瀬織津姫はその六字真言を唱えろとうるさい。やむなく俺は小声で「おんまにぱどめいうん」と唱えてみた。

すると、いきなり健斗が「痛っ、あ、頭が痛い!」と床をのたうち回り始めた。

俺が驚いて唱えるのをやめると健斗の頭痛は治まったみたいである。

途端に瀬織津姫が大声で笑い始めた。

「ほーっほっほっほほ。流石に緊箍児はよく効くのう。これはあの孫悟空の頭に嵌っていたものじゃ。お主に悪心が起こると勝太郎に呪文を唱えさせようぞ。」

「はあっ?」

健斗は両手でその金の輪を掴んで力一杯外そうとバカ力を込めるが全く外れようとはしない。

いきなり彼は瀬織津姫に殴りかかろうとした。

瀬織津姫は落ち着いて「勝太郎、呪文を唱えよ。」という。

俺がさっきの呪文を唱え始めるともう瀬織津姫の直近まで迫って、あわや殴りかかろうとしていた健斗がいきなり倒れ込んで「痛い!痛い!頭が痛い!呪文をやめてくれ!」と転げ回ることになってしまった。

俺は呪文をやめたが、やっとのことで立ち上がった健斗は肩でゼイゼイと息をしている。


「な、なんで瀬織津姫がこんなもの持っていたんだよ!孫悟空は三蔵法師だから仏教じゃないか!」

健斗はもう八つ当たりしている感じである。

「まあまあ、観音菩薩はご近所さんだからな。その誼でもう使わないからと言って私にくれたんだよ。」

「意味不明!」

「日本も昔は神仏混淆だったからの。仏教にも縁はあるのじゃよ。」

「もう知らねえ。」

健斗はついにギブアップしたようである。

プイッと顔を横に向けて床に三角座りしてしまった。

女の子たちがわらわらと近寄って行って、孫悟空って主人公格ですからとか結構カッコいいですよなんてケントを慰めているが、健斗は「お前らあの頭の痛さを知らないから簡単に言えるんだよ。」と半泣きになっている。


凛とした声が背後から聞こえた。「瀬織津姫様。それで、我々は外世界に行かねばならないのですか?」

ルシーダである。彼女は王女らしく瀬織津姫に負けないほどしっかりした声で話した。

「うむ。その通りじゃよ。けれど、もう既にが異世界の怪物がこの世界に入り込んでおる。なので、まずは我が息子を案内につけるからこの世界に侵入している先遣隊から叩いてほしい。」

瀬織津姫がタケヒビ!と呼ぶと俺たちぐらいの年恰好の凛々しい男の子が前に進み出た。あれっ?いつの間にいたんだろう。

タケヒビと言われた子は流れるような所作でお辞儀をして「お初にお目にかかります。タケヒビと申します。瀬織津姫の一子でございます。今後は同行させていただきます。よろしくお願いします。」と丁寧に挨拶してくれた。

健斗が「えっ、瀬織津姫ってあんなに大きい子供がいたの?もしかして年増?」と言ってはいけないことを口走ったので瀬織津姫の形相は一瞬、般若のように恐ろしいものになってしまった。

俺はまた六字真言を唱えろと言われるかもしれないと緊張したが、健斗が思わず頭の金の輪っかを手で押さえているのが見えた。

瀬織津姫はいつの間にかいつもの表情に戻っており、「健斗くん、今の君の状況をきちんと理解してくれたようだね。頭が痛むとカルマを消費してくれるらしいからたまには呪文を唱えてもらうといいよ。」と嫌味たっぷりに言ったのである。

健斗は「ひいい、痛いのは嫌でござる。」ともう語尾が変になっていた。

瀬織津姫は俺の方を向くと「じゃあタケヒビはあなたの高校に転入させるから帰ったら仲良くしてやってね。細かいことはうちの子に伝えているからそこで聞いてちょうだい。」と言う。

はいわかりましたと言う返事も言い終わらないうちに周りの景色がぐるぐると渦を巻いてきて、ふと気がつくと俺たちは全員地上に立っていた。タケヒビは居なかった。


近くから川の音が聞こえてきて、もう夕暮れの森の道を川の方に向かうと、その向こうには国道らしき道が見える。そこには朝に乗ってきた米軍の輸送車があった。

急いで近づくと、運転手の人が「ああよかった。暗くなってきたので心配したんですよ。」と言って俺たちを乗せてくれた。

そういうことで俺たちは無事に帰ることができたのである。


翌日、登校すると、やはり健斗の頭には金色に輝く輪っかがはまっていた。帰宅してから色々試したが外すことはできなかったらしい。

彼は俺に「勝太郎、いいな、呪文は絶対唱えるんじゃないぞ。」と凄みを効かせて言ってきた。

「まあ、まあ、健斗が悪さしなければ誰も呪文は唱えないって。」と俺は健斗に慰めるように言ったが、その言葉は彼の琴線には触れなかったようである。


そうなこんなで会話をしていると予鈴がなり、しばらくして先生が教室に入ってきた。先生は生徒らしい男の子を連れてきている。

「あー、今日は転入生を紹介する。『しのだけ 太郎』君だ。この時期の転校は珍しいんだがみんな仲良くしてやってくれ。」

先生はそんなふうに紹介した。

もちろんタケヒビである。

えっ?神様の子供が普通に転校してくるんだ!?

俺の頭は混乱したが、その間にタケヒビは無難に自己紹介を済ませていた。

クラスの女子たちは「えっ、あの子イケメンじゃない!」とざわざわしているようだった。

「あーじゃあ、箟はあの布留那の隣の空いている机に座ってくれ。」

先生は晴れ晴れしたような声で言う。

タケヒビはスタスタと俺の横に来ると「勝太郎さん、よろしくお願いします。」と一礼して空いている机に座ったのだった。

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