ローラの出産
キャシーは最近、保健室に行くことが多くなった。今までは清子と諍いをして妻の座を争っていることが多かったのに、意外な変化である。
一緒に来ていたアダンくんも放課後は素早く消え去っている。
健斗はそろそろお腹の大きくなってきたローラを労っていることが多い。もうゴールデンウィーク明けには臨月を迎えるだろう。
清子は瑠美ちゃんとその友人に実技を教えている姿が目立つ。
俺はタケヒビと模擬戦を繰り返すことが多い。
ルシーダは前回役に立たなかったことがよほど悔しかったようで、聖女の技を特訓している様子である。
俺たちが模擬戦をしていると、女子がギャラリーに集まることが増えている。
ルシーダは全く気にする様子がないので、俺が浮気したらどうするんだよ、と聞いてみたら、どうやら既にタケヒビのファンクラブが立ち上がっているらしい。
彼女たちは俺には手を出さないとルシーダに誓約書まで提出しているらしい。
「だからあなたはタケヒビくんと全力で模擬戦をやっていいのよ。もし変なことがあったら即座に私に連絡が来るようになっているからね。」
ルシーダは蕩けるような微笑みを浮かべて向こうに行ってしまった。きっと聖女術の特訓をするに違いない。
タケヒビも爽やかな微笑みを浮かべながら「私も勝太郎くんが浮気しないように見張っていて欲しいとルシーダ姫にお願いされていますからね。安心してください。」
「そこは安心してくださいじゃないと思うんだが。」
「えっ?浮気希望ですか?」
「そ、そんなわけないだろう。人聞きの悪いことを言うなよ。」
「じゃあ、問題ないですね。」
「そんなこと言っても日本の神々って一夫一婦制じゃないだろう?」
「いえ、イザナギ大神は今でもイザナミ様に操を立てていらっしゃいますよ。」
「そりゃあれは浮気したらヨミの国から軍勢を率いてせめてきそうじゃないか。」
「それは酷い。イザナミ様もいつもはお優しい方なのです。」
「ヨミの国といえば素戔嗚尊も何人か奥さんをもらっているだろうに。」
「そりゃ、素戔嗚尊は常世の国の王様ですからね。政略結婚で何人かの奥さんを娶らなければならない立場なんですよ。けれども、いつも素戔嗚尊の第一番は奇稲田姫ですよ。」
「そ、そうなんだ。」
俺の知識ではもうそれ以上のことはわからない。黙り込むしかなかった。
「さあ、模擬戦をやりましょうか。」
爽やかに笑いながらタケヒビは模擬戦用の木刀を手にした。
俺も木刀を手にして模擬戦を始めたが、周りから黄色い声で送られる声援は完全にタケヒビに向けたものである。
いつもはルシーダが応援してくれるが、今はいない。
ルシーダのいない模擬戦は砂漠のように渇いたものだった。
「なぜ俺はここで模擬戦をしなければならないのか。」そういう答えのない問いを自問自答しながら俺はタケヒビだけに黄色い声援が送られる何の満足感もない模擬戦を、ただひたすらタケヒビを打ち負かすためだけに続けたのだった。
そんなある休日のこと、俺はルシーダと久しぶりにギルドホールに向かっていた。
俺は聖剣があるから特に行く必要はないのだが、ルシーダが聖女の力を強くするためのアイテムが欲しいと言うのである。
俺たちはギルドのショップでいくつかの買い物をしたあと、舞鶴の街に行くことにした。
俺もルシーダロスでダウン寸前だったのでルシーダ成分を吸収する必要があったのである。
ルシーダも「勝太郎とデートするなんて久しぶりよね。」と少しはしゃいでいた。
ストリートを歩いていると豆乳ソフトクリームを売っている店があったので立ち寄り、名物らしいいちごソフトを買って食べることにした。
苺がたくさん入ったソフトクリームを2人で食べながら通りを歩いていると何だかデートしている気分になってきた。
取り止めのない話をしながら歩いていると、向こうから筋骨逞しい迷彩服を着た一群が走ってくるのが見えた。一番先頭は金髪の小柄な人影である。
「あら、キャシーじゃない!」
ルシーダは彼女に手を振った。
どうしてせっかくのデートにこんなおじゃま虫が出てくるんだよ。
近づくと、迷彩服の軍服を着たキャシーの後ろに米軍の特殊部隊のような迷彩服の軍服を着た男たちが何十人かついてきていた。
キャシー一群を止めると一人で俺たちの方に近づいてきた。
「何してるの?って二人でソフトクリームを食べているなんてお熱いわねえ。さすが婚約者だわ。」
キャシーの目はキラキラと輝いていて、俺たちのソフトクリームをじっと見つめている。
「た、たべる?」
「いやねえ、お二人の熱々のソフトクリームなんて食べれるわけないでしょう?」
「は、はは」
俺は照れ笑いとも何ともつかない曖昧な笑いをするしかなかった。
そんな俺には気がつくことなくルシーダは「キャシーこそ何してるのよ。」とキャシーに書いた。
いつものようにあっさり答えると思われたキャシーはちょっと明後日の方を向いて、「こ、これは魔王軍の特訓なのよ。あのセオリツヒメだっけ?タケヒビだっけ?が言っていたように異界のモンスターが地球に攻めてくるならば地球の保安官であるべき米軍、違った魔王軍こそが地球防衛軍として働かなきゃね。私は魔王軍の四天王候補だから。」
ちょっと恥ずかしいらしくキャシーの声はだんだん小さくなっていく。
「やっぱり健斗が魔王ってこと?」
「そうよ。私は魔王軍のエースだから。」
「もしかして健斗の嫁!って言っているのも四天王のため?」
「そりゃ魔王様の嫁に相応しいのは私だし。」
消え入りそうな声でキャシーは囁くように言った。
さすがに話題を変えよう。箱入り娘のルシーダ姫は目を白黒させてワタワタし始めている。
「で、もしかして保健室に入り浸っているのも魔王軍のせい?」
「ええ。」
「そうなんだ。」
話題が変わったためかルシーダも普通の態度に戻っている。
「じゃあ頑張って隊員たちを鍛えてね!」
「任せて!」
そんな挨拶をしてキャシーは魔王軍?の隊員たちのランニングに戻って行った。
俺たちは手を振ってキャシーを見送ると舞鶴の街を堪能してから寮に戻ったのである。
♢♢♢
ローラは主治医の勧めもあって予定日よりも早めだけれどゴールデンウィークに入院することになった。
獣人のロドリーゴ大使に言わせると獣人族が15歳で出産するのは普通のことらしいけれど、人間の基準では15歳は若年出産になるので監視は厳重にしたいということだったらしい。
俺たちも入院したローラ姫に会いに行ったが、経過は順調だということだった。それよりも母上の女王陛下がお忍びで面会に来た時が大変だったらしい。
病室の外に首相や大臣、米国大使などの各国大使が集まったのでさすがの女王陛下も「私は娘のお見舞いに来ただけよ!」って叫んだらしい。
健斗はもう何度も学校を休んでローラの面会に行っているし、ケントの父親も珍しく日本に帰ってきているらしい。父親は何もすることないから手持ち無沙汰で家で座っているだけらしいけど。瑠美ちゃんが健斗の家の世話に行ったりすると「孫は無事に産まれるだろうか」なんてそわそわして瑠美ちゃんに聞いてくるらしい。
「私だって妊娠も出産もしたことないのにわかるわけないじゃない。」と瑠美ちゃんは屈託なく笑った。
ゴールデンウィークも過ぎて、世の中は梅雨に向かっているある日、ローラ姫が無事出産した、男の子らしいという連絡が入った。
出産数日した頃、瑠美ちゃんがお見舞いに行くというので俺たちもお見舞いに行くことにした。
ロドリーゴ大使が病院まで送ってくれたが、「女の子じゃなくて残念です。」と残念がっていた。
猫獣人の王家は女児が相続するので男の子には相続権はない。
病室につくと健斗と健斗の父がニコニコして椅子に座っていた。
健斗は「赤ん坊にばい菌がついたらいけないからみんな手を消毒しろ!」とうるさい。もちろん病室のドアの外にある消毒器で手はアルコール消毒を済ませている。
とは言っても恐る恐る近寄って赤ちゃんを見ると、頭に可愛らしい耳がついている。健斗にも似て可愛い男の子である。
「体重は3052gだったの。こんなに大きな子がお腹の中にいたなんて信じられないわ。」
ローラ姫は泣き出した赤ん坊を抱き抱えながら言った。
もう完全に母親である。
「名前はどうするの?」
「そうね。健斗の健を取って『健一』とかかなあ。」
「もう少し色々な名前を考えてみるよ。」
健斗も父親っぽくなっている。
健斗の父親はもう相好を崩して「ワハハ、我が海崎家の跡取り息子じゃ。大事に育てんとなあ。」と泣き笑いのようになっている。
後から入ってきたロドリゴ大使は「はい。次はしっかりと姫君を産んでもらって王国の跡継ぎもお願いしますぞ」なんて言うものだから、ローラ姫は「今一人目を産んだばかりなのに気が早すぎ。」とちょっとプンとした顔をしている。
健斗は少しはにかんだような顔をしていた。
遅くなってすみません。
今回はローラ姫の出産です。




