決勝戦
団体戦の決勝戦である。
相手は順当に勝ち上がってきた東京第一高校である。
決勝戦はメインの会場で試合が行われる。
準決勝から1時間のインターバルをおいて決勝戦が行われる。
決勝戦の保健係は早川先生とルシーダ姫だった。
二人は控え室で待機して、もし選手が怪我をしたら傷の手当てや回復を担当するらしい。
早川先生は「お前らなら決勝戦に来るのは順当だろう。今日は魔王軍に入れとは言わないから自分たちが怪我しないのは当然だけれど相手を怪我させるなよ。」と励ましているのかどうかわからないようなことを言う。
ルシーダ姫は美しく礼をして「皆さん、頑張ってくださいね。」と声をかけてくれた。
清子が俺の太もも辺りをつねってきた。
「何するんだよ。」
「デレデレと鼻の下を伸ばしてんじゃないわよ。」
清子は俺をぎろりと睨んでそんなことを言うが、ターゲットは俺じゃない。
「違う。反対側を見ろ。」
「何よ。ひっ!」
そこにいたのはまるで魂を抜かれたかのように呆然と立ち尽くしている勝太郎だった。何なら両側の鼻から鼻血を噴出していても何の違和感もない感じである。
ルシーダ姫は俯いたまま上目遣いになって「勝太郎様、ご武運をお祈りしております。」という。
勝太郎はもう顔色は真っ青で白目を剥く勢いでひたすらガクガクと頷いている。
ルシーダ姫は勝太郎の表情には気が付いていない様子で俺たちの方に向かって「みなさま頑張ってくださいね。」というと早川先生と一緒に控え室の方に戻って行った。
清子は「うーん」と唸っている。
「どうしたんだ?」
「いや、早くくっついてしまえと言うべきなのか、リア充爆発しろと言うべきなのかフラグというべきなのか悩んでいる。」
勝太郎の方を見ると精魂尽き果てたという感じで白くなって座り込んでいた。
「すでに爆発した後みたいだな。」
15分ほどで勝太郎も回復したようで、試合が始まった。
向こうの先鋒は御簾君である。
彼は偉く気合が入っている感じだった。
「あの子勝太郎にはいつも負けていたものね。今日も必死で勝ちにくるでしょう。」
清子は試合上の二人を見ながら言った。
俺が見るに勝太郎はまだルシーダ姫からのショックを引きずっている様子だった。
試合上の二人に「はじめ!」の審判の声がかかった。
勝太郎と御簾君が撃ち合い始める。
ボロボロの状態だと言っても勝太郎に隙はない。その為か御簾君は勝太郎の木刀を執拗に攻撃している様子である。
特に勝太郎の剣の真ん中から少し根本に近い一点を狙っている様子である。
もう何十合か打ち合いをして、勝太郎のエンジンがやっとかかってきたようである。彼の打ち込みが本来の鋭さを取り戻し始めた。
御簾君は勝太郎の打ち込みをかわすのがやっとである。
その時、勝太郎の剣が御簾君の胴を捉えようとした。御簾君は剣を立ててやっとのことでその一撃を跳ね除けようとした。
その瞬間、勝太郎の剣は真っ二つに折れた。
はっ?という表情で固まる勝太郎に体勢を立て直した御簾君の剣が迫った。
勝太郎は折れた剣を投げ捨てると御簾君の剣を掴むと御簾君ごと場外に放り投げようとした。
御簾君は咄嗟に剣を離してその勢いを殺したが御簾君の剣も場外に放り投げられてしまった。
そうなるとお互いに組み合いになる。
もう柔道の試合みたいになってしまった。
御簾君が勝太郎を背負い投げで場外に投げ飛ばそうとした時に勝太郎は御簾君の腕を掴んで一緒に場外に転げ落ちてしまった。
ビデオ判定の結果は相打ちということになった。
勝太郎も御簾君もすぐに救急室に運ばれて行ったので今頃はルシーダ姫と早川先生の愛情に満ちた治療を受けていることだろう。
次の試合は清子とアダン君の勝負である。
アダン君は背が高いので清子もその身長差には苦労したようだけれど、やはり技能では清子の方が数段優っていた。素早い籠手への一撃でアダン君の剣をはたき落とした後、悠々とアダン君の喉元に突きを入れるように擬して勝負ありだった。
次に出てきたのは大将のキャシーである。
「さすが決勝戦ね。私が出ることになるとは思わなかったわ。」
そう言ってキャシーはケタケタ笑った。
「10秒ね。」
そういうとキャシーは軽く構えに入った。
清子はぐっと刀を構える。
「はじめ」の合図とともにキャシーはジャンプして、アダン君より高い位置から猛烈な速さの打ち込みを始めた。手数が多すぎて清子でも対応できない。というか観客であれほどの速さの剣を見切ったものは存在するのだろうかというくらいの速さだった。
けれども清子は何とか凌ぎ切ってまだ立っている。
キャシーは「チッ」と舌打ちして「無駄に高い防御力ね。でもこれで終わりよ。」と二撃目を打ち込み始めた。
清子もさすがにその速さには対応しきれずに倒れてしまった。
キャシーは「9秒8ね。そこまで耐えたことは褒めてあげるわ。」と余裕を崩そうとはしない。
観客席ではどんな攻撃だったのか見えなかったということでざわつきが大きくなっている。
次は俺の番である。
俺も軽く剣を握っている。
キャシーは「あなたも10秒ね。大人しくおやすみなさい。」と凄惨とも言える笑みを見せた。
「まあお手柔らかに。」と俺が返すとキャシーは「生意気なやつね。」と不満げである。
審判が「はじめ」の合図をするとキャシーはジャンプした。俺も風を纏って飛びあがる。
キャシーの一撃をカンと跳ね返すとその速さで打ち合ってゆく。
キャシーが地上に降りると俺も着地した。
「生意気ね。こんなもんじゃないわよ!」
キャシーの顔が少し歪むと吐き捨てるように言った。途端にジャンプして飛び上がった。
俺もそれに合わせて飛ぶ。
キャシーの打ち込みはさっきとは比べ物にならないほど速かった。しかもフェイントも取り混ぜて多彩な攻撃を仕掛けてくる。
清子の爺さんの攻撃によく似ている。けれどもスピードも攻撃の幅もあの爺さんの方がずっと上だった。
俺はまあ余裕で攻撃をかわして行く。
キャシーはもうものも言わずにひたすらジャンプを続けてあちこちから攻撃を放って行く。俺はそれを片っ端から受け流して行った。
これだけ動き回っても息一つ乱さないのは鍛錬を積んでいるせいなのか、それとも無属性魔法の力なのかはわからない。
けれども少しずつ剣の打ち込みが甘くなったり少し雑な攻撃が見えてきている。
おそらく彼女も限界近くになってきているのであろう。
頃はよしである。
俺の方はまだまだ余裕だったけれど、隙が見えてきたキャシーを捉えるのは難しくない。
俺は攻撃の隙にキャシーの胴に一発喰らわせてやったのである。
キャシーはそのまま地面に落下した。
審判が「一本!」と俺の勝ちを宣言したが、キャシーはわあわあと泣き始めたのである。
「すまなかった。痛かったか?」
俺がそう聞くとキャシーは「このバカ!痛いのは体の傷じゃなくて心よ!」と言って俺の足をぽかぽかと叩き始めた。
俺はどうしていいかわからない。
仕方がないので清子の方を見ると清子は他人のふりをしやがった。
向こうのチームからアダン君が出てきてキャシーを連れてゆこうとするがキャシーは抵抗して動かない。まあ、キャシーの実力ならそうなるのは当然だとは言える。
こう着状態になった試合場の上である。
それまで腕組みをしてそっぽを向いていた清子がやっとこちらを向き、ゆっくりとやってきた。まさに地獄に仏ならぬ地獄に清子様である。
清子はキャシーに「こいつはうちのお祖父さんと打ち合う奴だから覚悟するのね。ローラも私も瑠美ちゃんもすでにいるのだから。」
「おい、何の話をしている?」俺が理解できずに言うが、清子もキャシーもそもそも俺の方など向いていない。
キャシーは「わかったわ。あなた方、覚悟していてね。」と言い清子が「謹んで受けて立つわ。」と俺を除け者にした会話の後、キャシーはやっと控え室に戻ってくれた。
既に二年生の決勝戦のチームは来ていた。
俺は「すみません。ご迷惑をおかけしました。」と一礼すると急いで試合場を降りた。
清子に「キャシーは一体どう言うことなんだ?」と聞くと清子は俺の方をまじまじと見て「悪いのは全部あなたよ。でも反省してと言うわけにはいかないものね。」と言う。
えっ俺って何か反省しなきゃならないようなことをした?




