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年が明けてからはあっという間に時間が過ぎ去っていった。
遥稀とは変わらずにお互いの苦手科目を教え合いながら日々を過ごしつつも周囲への牽制は欠かさない。志望校が違うから会える時間は減っていく。この残り少ない時間でできる限り距離を縮めて尚且つお互い志望校に受からなければならない。
「遥稀、おつかれ」
「蒼、ありがとう」
そして俺は遥稀を労る言葉をかけ、隣に座る。怪しまれないように、恐がられないように着実に地道にゆっくりと距離を縮めていく。小動物のように警戒心の強い遥稀は居心地が悪いと感じるときっとすぐにどこかへと行ってしまう。遥稀のペースを崩さないようにしつつこちらのペースに少しずつ巻き込んでいくのが最適なんだろう。
できているかどうかはわからないけど。
「蒼、入試来週だね」
「ああ。もしかして、緊張してる?」
「緊張はしてない。でも、もう終わるんだなって」
「終わるって試験はこれからだろ?」
「ううん、違くて、学校生活。嫌な事とかいっぱいあって、私、多分これからずっと許せないと思う」
「遥稀...」
「辛くて、苦しくて、消えてしまいたいって何度も何度も思って、それで、頭をかち割りたくなったり、窓から飛び降りそうになった。悩んで、苦しくて、泣きたくて仕方なかった時間があって、でも、その時間で本当は少しでも楽しかったり、笑ったりできた時間があったんじゃないかって思うの」
「そうかもな」
遥稀はきっと、そのことに気がついて腹が立って悲しくなってしまったんだろう。肩を震わせて俯いているから表情は見えないけど。
「もっと、笑って過ごしたかった。朝が怖いって知りたくなかった。でも、時間は進むから戻れない。もっと、なおとかと休み時間に遊んだり、してみたかったなって」
「遥稀は、今までの時間は全部無駄だった思うか?」
「...すべてが無駄だとは思わない。でも、それでも失ったものの方が大きいと思う」
「確かに、遥稀は笑えたはずの時間を奪われ続けていたからな。それでも、勝手なことかもしれないけど、俺は遥稀がこうしてそばにいてくれることを嬉しく思うよ。どれだけ傷つけられても必死に歯を食いしばって前を向き続ける遥稀はカッコよくて俺は好きだよ」
遥稀が失った時間は本人以外から見ると本当にごくわずかな刹那的な時間に見える。だけど、遥稀からしてみれば、貴重で希少な大切な時間を奪われたことと同義なのだろう。
人の感覚を他人が理解することは難しい。遥稀が苦しんだ時間はその最中であればそれこそ物凄く長い時間だと体感していたはずだ。俺が遥稀の苦しみを知る事は出来ないし、その感情や痛みを共有することも不可能だ。共感したふり、共有できているふりは遥稀を余計に傷つけることになる。
「蒼は、すごいね」
「なにが?」
「だって、こんなめんどくさい私と仲良くしてくれるから。蒼になら弱音も全部話して大丈夫って不思議と思えるから。ありがとう」
それは、仲良くなりたい下心があるから。なんて知ったら遥稀はどんな表情をするのだろう。人間の醜い部分を知っているのにどうしてそこまで純粋でいられるのだろうか。
「俺からしたらめんどくさくないけどな」
「え?」
「遥稀と話すのは楽しいし、何より俺が気付けなかったことを遥稀は教えてくれてそれを考える機会をくれるだろ?俺の方こそ遥稀に感謝すること多いけどな」
過去に温かい言葉で救ってくれた遥稀。好きなものを楽しそうに話す遥稀。負けず嫌いで強がりでどうにか前を向こうとする遥稀。そのすべてが愛おしく思う。
まあ、ここで終わらせるつもりはないけどな。
「遥稀、もしかして、眠たいか?」
「うん...今日、少し頑張り過ぎたみたい」
遥稀は今日、いつも嫌がらせをしてくるやつらに言い返した。
最初は俺を庇うように。そして、自らを守るために声を上げた。突き飛ばされたとき支えられなかった自分が恨めしいけど、その痛みに遥稀は心なしか誇らしげだった。
遥稀は自分を停滞した人間とよく言うけれど着実に前に進んでいる。自分の足で行きたい場所で1歩1歩踏みしめるように進んでいる。
「開始まで時間があるから少し寝てれば?近くなったら起こすから。そしたら移動しような」
「うん...蒼、ありがとう...」
少しして遥稀は穏やかな寝息を立て始めた。その髪を軽く撫でて俺は学ランをかぶせた。風邪を引いたら大変だからな。
こうして過ごせるのもあと少し、か。繋がりを維持するために俺は何をすべきだろうか。
時間になるまで俺は遥稀の寝顔を見ながらそんなことを考えていた。せめて、こうした穏やかな表情が見れますように、と普段は信じない神とやらに祈りながら。




