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そして、冒頭に戻る。
遥稀は相変わらず俯いていて肩を震わせている。遥稀の正面に座っているオレにはその表情を見ることができないが、きっと、不安になっているのだろう。
店内は少し賑やかで楽しげな会話が飛び交っているのにオレ達のテーブルは誰も何も話さない。周囲から隔絶されたみたいに沈黙だけが場を支配している。
俯いていて、今にも不安に押しつぶされそうで、消えそうだなんて、こんな遥稀はらしくない。
遥稀はとんでもない底抜けの阿保で、飛び抜けた変人で、考えることが死ぬほど苦手で直感的に動き出すやばいやつだ。
それなのに、考えすぎて自分が何をすべきで何をしたいのかが全く見えていない。自分が何者なのかもわかっていないし、わかろうともしてない。誰にも負けないすごいやつなのに自覚がない。そのことが少しムカつく。
だからこそ、自らがどれだけ変人で阿保で、他人から好かれているかを自覚させる必要がある。
「お前が変人なのは今更だろ。それを言い訳に逃げようとすんな、阿保」
オレの一言で遥稀は顔を上げた。
頬には涙が伝った跡があり、瞳には膜が張ってある。
まいと由愛はオレの厳しいとも取れるような言葉に驚いていた。そして、止めようとしてくる。傷ついている人間に対して取る態度ではないと思う。普通なら。そう、普通の人間相手になら。
だけど、オレは止める気なんてさらさらなかった。止めた途端、遥稀は自分の殻に閉じこもって何もできなくなる。大会の後、学校で心を壊してしまった時のように。止める、慰めるのは遥稀の活力を奪うだけだ。だからオレはあえて態度を崩すつもりはない。
今後、遥稀のためにならないから。遥稀だけじゃない、蒼のためにもならない。
「阿保、じゃないし…」
「阿保だろ。考えるの苦手なくせに考えやがって、変なところでウジウジ悩むのはらしくないだろ、阿保」
「阿保呼ばわりするな、要の阿保」
オレが煽ると遥稀は調子を取りもどしたように言い返してきた。
好戦的で、楽しそうな目。これこそ遥稀だ。
ただでは転ばないし、転んでも立ち上がって転ばしてきたやつを蹴りと飛ばす。遥稀の精神はこんなものだ。
傷つけられても、壊されても、足を引きずってでも、這いつくばってでも前に進もうともがき続ける。変人だけど、最高で世界一カッコいいオレの悪友。
そんなやつがこんなところで蹲るな。そんな風に思いながらオレは遥稀を煽り続けた。
少し笑って落ち着いた後、改めて遥稀の話を聞くことになった。
正直、こいつの気持ちや考えを理解できる人間は世界中を探したところで見つかりっこないことは分かり切っている。だからまずは話を詳しく聞いて状態を把握し、状況を整理しなければならない。
遥稀が言語化するのを苦手だと知らない人が多いことは予想していたが、まいまで知らないとは思わなかった。頭痛がしてきた…。
「実際どうなんだよ?蒼とは普通に仲いいだろ?」
「嫌いじゃない…普通に、好きだと思う」
遥稀の反応に由愛が目を輝かせた。それにしては歯切れが悪い。
そして、ポツポツとどう感じたのかを遥稀は俯きながら話し始める。
驚きと戸惑いが大きく、そして、自分の奥底にしまっていた気持ちに触れられた感覚。何を仕舞っているのかは曖昧なままだったが、そのことがショックだったようだ。嫌悪感ではない、ただ、自分自身ですら見たくなかったものを見られてしまった感覚に近い。
頑張って要約するとこんな感じか。
次に、遥稀の蒼への気持ちは恋なのか友情なのか、という問題が出てきた。
蒼がいなくてもいつも通りの日々は過ごせる、だから恋ではないというのが 遥稀が人から話を聞き、自分なりに迷走して出した答えだった。わからなくもないが、腑に落ちない。
聞いた人というのが、いわゆる普通の人だった。感性が近くない以上、彼らの助言は遥稀にとってあまり意味をなさないもののような気がする。それに、遥稀の性格を考えると、恋じゃないと判断した時点でその場で容赦なく線を引きそうだ。それなのに、ここまで頭を悩ませている。
オレまで迷走しそうになっていると由愛が遥稀に質問をした。蒼が隣にいなくなった時どんな気持ちになると思うか。由愛に促され、遥稀は少し時間をかけて考え始めた。
「想像、できない」
小さな声で遥稀はつぶやいた。何が、とは言わない。
想像や空想が得意な遥稀が蒼が隣にないことが想像できないとはっきり言った。それがきっと答えなんだ。
遥稀が抱いていたのは燃え上がるような「恋」ではない。そばにいるのが当たり前の穏やかなものだった。だから、恋についていくら考えても答えは出なかった。「恋」ではなく「愛」に近いものだったから。遥稀にも蒼にも言ってやんないけど。
前になおが遥稀は蒼と話している時が瞳が一番輝いていて可愛く見えると言っていたっけ。弾んだ空気をまとわせているとは思っていたが、まさかオレも遥稀自身もここまで気がつかないで気持ちが進んでいるとは思わなかった。
「もう少し、考えてみる」
泣きそうだけど、前に進もうとする意志をしっかりと宿した目をして遥稀は先に帰った。
ヒントは与えた。
どんな答えを出すかは遥稀次第で、その答えを受け止められるのかも蒼次第だ。オレ達にこれ以上できることはもうない。
だけど、あの二人なら多分大丈夫だ。オレはそう信じたい。
そして、最後に予想外の問題が一つ、残っている。
まいだ。




