表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Traveling! 〜旅するアイドル〜  作者: 有宮 宥
【Ⅲ部】第九章 IDOL CRISiS
293/293

激情の炎


 スミカを先に行かせたあとのエントラスホールでの戦いは、予想外の展開を迎えようとしていた。

 ミソラは無駄のない動きでアイカの攻撃を躱しきっていた。スタン弾どころかナイフの一太刀や関節技すら当たることなく、アイカから焦りのようなものが出てきた。


「……おい、どんなからくりを使ってやがる」


「別に不思議なことじゃないでしょ。敵から逃げるための力をもらったのよ。痛みを避けるためにね」


「そんなレベルじゃねえんだよ!!」


 ナイフが胴体を切りつけようとするもミソラは最低限の動きで寸前で受け流す。次の攻撃、また次の攻撃も完全に見切っていた。アイカはその理由を探っているような素振りを見せていた。


「完全に避けきるなんて普通できやしねえっ。ましてや、素人のお前なんかに──」


「さっきの言葉を忘れたの? あれをホラ吹きだと思っているなら認識を改めるべきよ」


 ブーツの出力を上げて距離を取る。互いに呼吸は乱れており、一進一退の攻防には先がないことを互いに感じていた。しびれを切らしたアイカが先に言い放った。 


「なんで、反撃しねえ」


「……さてね」


「それほど読み切る力があんだろ。甘ったれんな! 今は戦ってるだろ!」


 アイカの言う通り、攻撃を交わせるなら反撃にも転じることが可能だ。実際、一撃を喰らわせる場面は何度もあった。しなかったのには理由がある。ただそれを彼女に話すのは、ちっぽけながら覚悟がいった。


「私なんかに息あげてるようじゃ、ザルヴァートの殲滅なんて不可能よ。私を殺す覚悟もないくせに」


 その一言でアイカの動きが完全に止まった。

 臨戦体制を解き、視線を下げてつぶやいた。


「……ああ、確かになかった。覚悟がなかったんだ」


 過去見たことないほどの感傷的な響きだ。


「いつのまにか、お前たちとの旅が悪くねえって思っちまってた。だから、一人になっちまって清々したのによ」


 ミソラははっとした。アイカが不断の覚悟でザルヴァート殲滅に動いたのは至極単純な理由だった。


 ”旅するアイドル”が全滅したからだ。あの噴火で、自分以外のみんなが命を落としたと思ったのだろう。そう思ってしまっても仕方ない。今となって全員無事に生存していることが奇跡のようなものだ。


「みんな、無事に生きてる。私だけじゃない。ヒトミさんにユズリハさん、それにユキナさんだって──。ユキナさんはザルヴァートの手に連れ去られた。そのために私は、この道を進む」


 たとえ血と硝煙にまみれた戦地だとしても、そこに大切なものがあるならやることは変わらない。ミソラは思いの丈を口にする。


「だから一緒に──」


「わりぃ。もう、そっちには行けねえ」


 ふたたび、アイカの握る拳銃がこちらに向いた。彼女の顔が上がる。そこには誰の言葉でも変えることのできない現実があった。


「ザルヴァートのせいで、何万の人間が死んだ? あの噴火でどれだけの犠牲がでちまった。アタシが、シャオを仕留めきれていたら……こんな悲劇は起きなかった!」


「そんなこと──」


「ないって言えるか? 結果論だとしても、やれてたら違ったのは事実だろ」


 反論はできなかった。彼女の理屈は固まっている。父親やシャオ、ザルヴァートが生んだ悲劇をシャオは傍観することなんてできない。もはや言葉では、彼女の覚悟は覆らない。 


「アタシがやらなきゃなんねえ。アタシの才能でクソ野郎どもや世界の思惑すら利用しきって、全ての悲劇に決着を付けてやる。それがアタシが生まれた唯一の意味だ!!」


 引き金が引かれようとする。躱すことはできる。だが足がセメントで固まったように動かない。アイカの不断の想いを否定する形になると思った。


 だが左目に走った痛みが、その考えを容易に溶かした。

 ミソラは左足を蹴ってアイカに接近した。一瞬目を見張るも、引き金を引こうと銃口を固定する。


 破裂音が響く。

 銃弾が肉を引き裂き、貫通していく。熱を帯びた痛みが全身に広がる。ミソラはアイカを突き飛ばし、弾丸の餌食になった。


「……は?」


 当然、アイカがその場にいたままだったら銃弾を浴びていたのは彼女だ。元々アイカの拳銃には実弾は装填されていない。ミソラは分かっていた。だから銃弾が響くより先に動くことができた。


 肩から血が流れる。痛い。苦しい。撃たれたことは初めてだ。だが流石に順番が遅すぎるとも余計な感傷も抱いていた。


「あっちゃー、なんでかばうわけ? 別にアイカを傷つけた程度じゃ死なないって分かってるでしょ?」


 銃弾を放った本人、シャオ・レイが西側の扉から出てきた。シャオの言う通り、ちょっとやそっとの傷ではアイカは死なない。特異体質が彼女の体を元の形に戻そうとする。ただミソラが見たものは、それで済まないのではという恐れをはらんでいた。


「なんで、庇ったんだよ」


「馬鹿ね。頭撃たれたら、さすがのアナタもどうなるかわからないでしょ」


「……お前、まさか」


 ようやくアイカはミソラが持つ力を知ったようだ。攻撃を躱せたこと、アイカが撃たれる前に動けたこと。その全てがミソラの持つ新たな力に寄与するものだと。


「どんだけ、バカなんだよ──」


 確かに思考より先に体動いていた。最近はこんなことばかりだ。理解を超えた行動を体が行うようになった。それはきっと、言葉にすることすらためらうような、ちょっとした変化がそうさせたのだと思う。


「肩なら、まだ死なずに済むかしら」


「んなわけねえだろっ。今、応急処置を──」


 アイカが必死の形相で処置を施している。こんな顔を見れただけで儲けものかもしれない。

 ただ意識が遠ざかっていく。本当に死んでしまうかもしれないと想いつつ、左目のジクジクとした痛みが走った。

 すでに使用限界を超えて映し出したのは、とある場面だった。


「……アイカさん」


 白銀の仮面とアイカ。アイカに突き刺さる白銀の一撃。


 そして──。


「私達はどこまでも行けるわ」


 希望はある。この悲劇を、最高の存在が立ち上がる。きっとこのために、自分たちの旅路があったのだと、そんなふうにさえ思う。ミソラは静かに目を閉じた。せめてあの光景を間近で見てみたかった。








 ミソラの応急処置を済ませたアイカは、すぐさま背後で佇んでいるシャオへと向いた。命に別状はないが、長引けば彼女の体力が失う。こうしてシャオと対峙したものの、ある疑念を払うために尋ねることがった。


「やっと終わった? 別にアタシ達、頭を撃たれた程度じゃ死なないってーのに」


「なんでコイツの治療を待ってやがった」


 シャオが寝転がっているミソラを一瞥する。以前の彼女なら治療の隙を与えていたかも怪しい。当然、襲撃は覚悟の上で応急処置に臨んだ。それが一切なかったのは不可解極まりない。シャオは言った。


「アイカちゃん、アタシはねミソラが最後に立ちはだかってほしいってそう思ってるの」


「何故だ」


「この世界にはね、アタシたちによって無情に奪われた命がたくさんある。中でも人間という生き物は、憎しみの感情を持って復習を成し遂げようとする。その際に生み出す爆発的なパワーは、生物の想像を超えたものになるわけ」


 知っている。復讐という感情は、その人を時には戦禍へといざなっていく。シャオはなおも知っていて、悲劇を撒き散らすことをやめない。


「アタシたちはそれをも超えないといけないの。でなければ、意味がない。甲斐がない。終わってしまった生物に引導を渡すためには、復讐者すら超えていかないと駄目でしょ」


「……やっぱり、お前の中にもあるんだな。絶対に消えねえ復讐の炎が」


 シャオは当然のように言った。


「最初に奪ったのは、この世界の人間だからね。遠慮の必要なんて最初からない」


 アイカはやりきれない思いでシャオの言葉を受け止めた。これに関しては反論のしようもない。最初にシャオたちから奪ったのは、世界の権力者たちによる先住民虐殺によるものだ。新たな土地の獲得のために民族を排除し、アマゾンジャングルの資源獲得に動いた。アイカや創平は彼女たちアマゾンを守るために積極的に動いた。最初の方は正しい戦いができていたのだと思う。


 だが父はいつの間にか狂い始めた。アイカはそのきっかけを知らない。シャオは知っているのだろうか。わざわざ父の脳を取り出し、保存し、復活まで目処を立てていたのなら、父とシャオの絆は実の親子出る自分より濃い結びつきになってる。


「──やっぱり、アタシがやらなきゃならねえな」


 意識を失っているミソラを見て改めて覚悟を決めた。普通に生きてこられる人間が、普通に生きていけない人間の土俵へ入り込んではいけない。


「お前だけじゃねえ。クソオヤジも、お前に協力しているすべての組織も滅ぼして終わらせてやる。もう誰にもお前たちに憎しみが向かないようにな」


「させない。ちゃんとこの世界の人間にはアタシたちをせいぜい憎んでもらわないと。──そうよね、州中スミカ」


 シャオが呼んだ名前に思考が止まった。するとシャオが出てきた扉からいつかみた白銀が姿を表した。なぜだ、仮面は没収したはずだ。いや回収はしたものの処分にまで手を向けていなかった。ゆえに都市潜入の際に奪い返したと見ていいだろう。


「……本当にスミカなのか? だってアイツは」


 管理システムにつながる扉から入っていったはずだ。


「この娘もさ、アタシたちに対しての憎しみが強いから、白浜でのお礼に利用させてもらった」


 スミカが管理システムの下へ赴いたのは悪手だった。やはり通すべきではなかった。彼女が仮面を持っていたことは予想外だった。


「ま、今後は新たなシステムの写し身になるのかな」


 シャオがそう言うと白銀の仮面が言った。


『私は今後、その名前を使うことになるのでしょうか? 私には警備ドローン管理システムという呼称があります』


 スミカが仮面を被った時は口調が変わるのだが、流石に彼女が放った言葉ではないのは分かった。自ら名乗った呼称も想像を超えたものだった。


「それは好きにやって。いまは新しい障害に目を向けるべきじゃない?」


『この個体はアナタに対して憎悪しているようですが』


「アイカはどの程度?」


『──彼女に関しては感情のゆらぎが発生しています。その中にはある程度の憎悪も織り込まれています』


「アイカちゃんはあなたの目指すものを阻む存在。あなたの判断で下しても構わないわ」

『分かりました。では排除を開始します』


 白銀の仮面の手にナノ粒子で形成された銃剣が現れた。

 アイカは選択を迫ってきた。

 彼女を救うか、彼女を殺すか。

 いいや、後者の選択はもうできない。


「……ぜってえ助けてやるからな、スミカ」


 今再び、友を助けるために力を振るう。アイカにきっかけを与えてくれた人が──。


「お前の夢が負けるわけねえんだからよ」






 さっきから不思議な映像が浮かび上がっては消えていく。夢なら覚めてほしいと思った。

 見知った顔を銃で撃ち、剣で刺していくのだが、なぜかリアルな触感を伴っていた。似たような経験はすでにしていた。仮面をかぶると、自分ではない自分で思考が埋まり、躊躇ない行動へと走っていく。まるで罪悪化を仮面が代替わりしているかのようだった。だが違う。実際に手を下しているのは自分だった。


「……いやだ」


 スミカの思考とは裏腹に確実に目の前の誰かを傷つけていった。黒髪のゴスロリ姿。彼女はこちらの攻撃に抵抗しなかった。手足の筋繊維を断っていっき、最後にその胸を刺し貫いていった。


 ぐったりと膝をついたリツカ。血溜まりが床に広がり、特になんの感慨もなく自分は見下ろしていた。


「こんなこと、したくないのに……!」


 本当の気持ちはこちらにある。なのに体が気持ちと噛み合っていない。冷たい殺戮者。今の自分はそんな存在だった。


『これは、あなたが望んだことではないのですか?』


 声が入り込んできた。最初は無機質で機械的な声が、徐々にチューニングが合っていったのか、本物の人と遜色ないレベルの声を発してきた。


『母親をテロで失い、あなたの喪失感を埋めたのはテロという存在への憎悪だったはずです。そうしてアナタは、力を求めた』


 見ている映像が一瞬で切り替わっていく。狭く暗かった視界が一気に広がり、荒野の景色の只中にスミカはいた。突然の展開に思考が追いついていない。だが先程の不快な感覚から解き放たれていた。


「……動ける。さっきのはいったい?」


『それはあなたの肉体が松倉リツカにとどめを刺し、次は別の相手の元へ向かっているところです。ただ時間はたっぷりあります。思考の中では現実と時間の流れが違いますので』


「誰!?」


『私は都市管理システムと呼ばれるものです。先程もお話しましたね』


「……そうだ。あのとき……」


 思い出すのは謎の合成音声と突如現れた母の姿。あの姿に動揺し、思考が働かなくなってしまった。仮面を無理やり被せられ、先程見た映像のように白銀の鎧として活動してしまったのだろう。


『州中スミカ。世界の嘆きを知るものよ。あなたにはしばらく私の傀儡として役割を果たしてもらいます。なので最終段階として、あなたの心をもらいます』


 ふと全身に浮遊感が伴って、周囲の景色が渦に吸い込まれていった。荒野から現代都市の町並みを見下ろすような形になった。


『たどりましょう。どこにでもいる少女の復讐の軌跡を』


 そうして景色はまた移り変わっていく。そこには、一組の親子がはしゃぎあい、楽しそうな様相を見せていた。


 当時六歳のスミカと母親だった。


 リビングにある幼児向けの滑り台で遊び、母親に抱きついたりしている微笑ましい光景だった。思わず涙を誘うほどだったが、隣に立つ人物がいなければそうしていた。


「……その姿はわざと? わたしを挑発してるよね、ぜったい」


「弱みを漬け込むような真似をしてしまったこと、心よりお詫び申し上げます。ですが、あなたが忘れていた思い出を再現させていただきました。他にも何千日も記録していますが、見てみますか?」


 肩まで切り揃えた髪と年離れした甘い顔たち。それが自分にも引き継いでいることが自慢の、母親の姿をした何者かがそこにいた。


「あなたは都市システムだよね。こんなことをしてなんになるの?」


「言ったはずです。あなたの心を奪うと」


 景色が移り変わっていく。必然的に母と過ごした輝かしい思い出が自分の中でも込み上がってきた。

 まだ世界が幸福でできていると思っていた無垢な日々だ。だが母は知っていたはずだ。世界が理不尽の塊であるくつがえようのない事実を。


 小学生に上がってからのスミカが出てきた。母は海外を飛び回るようになり、家に帰る機会が少なくなった。それでも毎日ビデオ通話をしていたので寂しくはなかった。たまに帰ってきたときは、スミカが行きたいところへ連れて行ってくれて、一緒に楽しいことを満喫した。


 ちなみに父親はいない。母はシングルマザーとしてスミカを育て上げた。


「とても立派な母親です。家庭を省みることなく、娘に愛情を注ぎ込む。彼女にとって、あなたは宝物だったのでしょうね」


「……分かったようなこと、言わないで」


 人の気持ちを理解しているような言い方が癇に障った。都市管理システムは徹底してスミカの心を煽ってくる。決して油断を作ってはならない。


「だからあなたは思ったはずです。──自分がもっと普通だったら良かったのではないかと」


 ふいに付いてきた言葉が脳に入り込んできた。景色もまた移り変わり、古い記憶を呼び起こす。

 小学校の教室だ。そこでスミカはひとりぼっちだった。


 学校は──高校三年の夏を除いて──それほど楽しいものではなかった。特に小学生の時は、その立場がクラスで顕著に現れていた。


 別にいじめられていたわけではない。友達との遊び方を知らなかったのだ。小学生の時、自分の知らないことがたくさんあって、それを知らないことが恥ずかしくなった。周りが大人びているような気がして、また合わせる方法もわからないまま、自分以外の誰かになる方法だけを身につけた。母に甘える自分と誰かに凖じる自分の仮面をこのときから被っていたのだろう。


「でもあなたは突然、世界で有数の特別な人間になってしまった」


 スミカの心が砕けていく。あのときのことを思い出さない日々はない。

 突然、慌ててやってきた担任の先生に呼ばれて、会議室みたいなところでそれを聞かされた。


 まだ「死」というものへの理解が薄かった。だから母が死んだ事実を受け入れることがなかった。実感が出たのは、母の遺品が届いたときだった。赴任先へ持ってきていたスミカとの思い出の品々。


 感情が決壊し、あふれるものが止まらず、この世の生きがいをすべて失った。

 薄まることなんてない。納得なんてできるわけない。ただ無慈悲だった。こんなことで大切な人を失うなんてあっていいのか。


「きっともう少し大人であったなら、あなたは復讐の道へと歩いていったでしょう。ただ幼すぎたアナタには逃避の道しかなかった」


 場面がまた切り替わる。学校へいかなくなり家に引きこもる毎日だった。母の友人が様子を見てくれたおかげで、辛うじて生きてこられた。それでニ年ほど、ただ生き延びるだけの生活を送った。


「またもやあなたは運命に愛された。──今度はアイドルの道へと歩き出す」


 アイドル。そうだ。たしか中学になって、アイドルの選抜オーディションを受けた。ただどんな理由だったのか、思い出せない。とても大事な思い出った気がする。


「目まぐるしいアイドル活動。途中であなたがテロで母親が犠牲になったことが世間に明るみになっても、毅然とした態度でアイドルを続けた。母が死んだ想い出を生きる糧にしてね」


「ち、違う。そんなんじゃ、そんなんじゃない!」


 思わず叫んだ。こんなこと一度も思ったことがない。母を出しにして自分を売ったみたいではないか。すると管理システムが母の声で優しく言った。


「決して悪いことではありません。糧にして、前へ進むほうが健全でありませんか。あのまま腐るほうが辛く苦しかったはず。だからあなたは、仇敵を前にしてでも、優しくあろうとしたのではないですか?」


「……ぁ」


 喉の奥がきゅっと締まった。すぐさま言い返したかったのに、言葉がつっかえた。

 反論できなかった。市村アイカに対して思うところがあったから、優しくあろうとしたことは事実だ。


「で、でも、あのあとは本当にアイカちゃんを──」


「憎しみに振り回され、何度彼女に刃を向けたのですか? 怒りのままに力をふるい、彼女の体を……そして心までさえ傷をつけた。そもそもです」


 母の顔が近づいてきた。虚ろな眼差しで感情がないのに、なぜか見透かされているような気がした。


「あれだけの悲劇に見舞われたら、普通なら優しさの介入余地はありません。どうして市村アイカと仲良くしようと思ったのでしょう。私には──いいえ」

 



「俺は理解できない」「わたしは理解できない」

「僕は理解できません」「アタシは理解できねえ」

「ワイは理解できないわ」「ウチは理解できないし」




 突如として耳に入り込んできた声に、スミカは戦慄した。見知らぬ声、同じ言葉、老若男女が入り乱れていき、得体のしれない恐怖が浮かんできた。


「だ、誰なの……」


「誰でもあって誰でもありません。強いて言うなら集合的無意識の顕在でしょうか。ネット上に蔓延るあなたに対しての思いを形にしました」


 ネットに蔓延る思いと言われて、スミカはSNSや掲示板のコメントを思い浮かべた。それらの集合知を聞かせていたのだろうか。だが普段からエゴサをかけるスミカにとって、こんな声は聞いたことがない。


「人は自分を脅かすものを警戒しますが、自分を終わらせる要素に関しては見て見ぬふりをする性質があります。ただあなたが見逃しただけです。州中スミカというアイドルを終わらせる急所にほかならないから」


「違うっ」


「もう、最初から誰も応援なんてしてなかったんですよ。同情で人を集めているだけ。あなたのアイドル活動は、それだけのことだったのです。たとえあなたがそう思っていなくても、他の者は違います」


 やめて、それだけは言わないで。スミカの心が砕けていく。言葉は無情に続いた。


「あなたはアイドルの資格がなかったんです。故に戦いの道を無意識に求めたのでしょう? なにかをやっていれば、空虚な自分を直視せずに済む。偶像も暴力も、ただの気を紛らわせるだけのもの。すでに終わっている人なのですよ」


 耳をふさぎたくても入り込む声。

 思考を素手で掴まれて異様な気分だった。声はなおも続く。


「そうしてあなたは、また友達を傷つけるのです。その感触を味わってください」


 またもや景色が変わった。目をつぶりたくても潰れない現実が目の前に広がっていた。


「──ぁ」


 両手のひらに肉を割く感触が広がる。金髪の小柄な少女の胴体が、白銀の銃剣に貫かれ、苦悶の声を上げた。


 そうして自分の中に悲鳴が広がっていった。

 また、友達を傷つけてしまった。

 なんど同じことを繰り返せば──。














「しっかりしろよ、スミカ」

 吐息のような声をスミカの耳が捉えた。

 この手が突き刺している、彼女からだった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ