24 うっかり寄生虫
その後、死体を処理しポリフェル城の後片付けを行なった後、城中の者たちを一堂に集めさせて一二三がこれからの方針をポリフェル城の人たちに説明していた。
数日もすればカリウム城からムジナもくるので、テルもカララトの政治を手伝うことになるのだろう。それまではひとまず休みとなった。
薄い民は河に戻って行った。
いずれ河にも魚人の街が作られるということなので、あとで名付け親になってほしいとテルは頼まれている。
「俺でいいのか?」
「ぜひ、テル様につけていただきたいです」
カッターにそう言われたのでまた、テルはいつか立ち寄った時に名前をつけなければならない。とはいえやはりすぐには名前は思いつかないので、街ができてから改めて呼んで欲しいと思っているのだった。
おめでたいこともあった。
テル達がポリフェル城を攻略している間に、史郎と奈美が結婚をしていたのだ。帰ってきてからテルは本当に驚いた。しかも、奈美の方から求婚したのだという。
テルが聞いた噂では元々、史郎の方が奈美に惚れていたらしい。テル達がポリフェルに偵察に行っている間、そわそわして落ち着きがなかったという。テルとしては普段の史郎からはそんな姿は想像できないのだが、誰の目から見てもおかしかったらしい。
奈美からのプロポーズはみんなが見ていたことだ。それを本人達に聞いたのだが、
「兄さんもそういうんですか? 史郎からプロポーズされたから、それを受けたんですよ」
「そうなんですよ」
奈美も史郎もそう言っているのでそういうことなんだろう。そういうことにしとこう。
「あの穏やかな目はきっと信じていないと思う」
奈美が何か言っているが、今のテルは穏やかな心で眺めていた。照れ隠ししたいという年頃なのだろう、きっと。
フーカはあれからテルと一緒に行動をすることが多くなった。どこに行くにもべったりとついて離れないのだ。
テルとしてはフーカを信頼する、と子離れをする親の心境で見守っていたので、今べったりされるともんにょりとしてしまう。
嬉しいような、成長していないような複雑な気分だ。
ただ、テルとしてもこの状態で嬉しいのでそのままでもいいような気がしている。
「次はあっちにいこう」
「いいよ」
テルはフーカと腕を組んで歩く。
今はフーカの防具を買いに店を渡り歩いているところだった。なにせフーカの防具である革のジャケットはボンジモにとられている。その変えを買いにきているのだ。ついでに服もいくつか買おうと思っている。
腕を組んで歩けばもちろん、フーカの脅威の0歳児の脅威的な部分が腕に当たることになる。
テルは邪な気持ちは持たないが、脅威的なことは確かだった。
「お邪魔虫は退散するッスねー」
「ノエか。どこに行くんだ?」
「城の資料室で勉強してくるッスよ」
「気をつけろよ」
ノエはテルの口から這い出るとふよふよとすこし泳ぎ、1mサイズになるとテクテクとポリフェル城に歩いて行った。
ノエがてくてくとポリフェル城を探索していると、一二三がお菓子を持って部屋に入って行くところに出会った。
「おや、ノエさん1人ですか。珍しいですね。一緒にお菓子なんかいかがです?」
「おお、いいッスね。お邪魔しまッス」
ノエは一二三と一緒に部屋に入って行った。
一二三が与えられている部屋は粘土板の山となっており、資料室よりも資料がありそうだった。
その資料の山に埋もれるように奥にある椅子を持ち出してノエに差し出す一二三。ノエはありがたく座ると机の上に置いてあるお菓子にかぶりついた。
「ううっん。おいしいッスね。これはなんなんッスか?」
「ブドウというものです。海藻の一種ですね。小さい粒がプチプチしてるんですよ」
「こんなものがあるんッスねー」
そうやってある程度ブドウを食べてからノエは一二三にきいた。
「で、ご用件は?」
「ああ、バレてましたか」
一二三は頭をかきながらあはは、と笑ってごまかす。ノエはブドウを食べながら一二三の話を聞こうとしていた。
「テル兄さんの件です」
「まあ、そうッスよねー」
というかテル以外の件でノエに用事があるはずもない。一二三はノエを真剣な表情で見ていた。
「確かノエさんが伝言役でしたよね。テル兄さんにタコス様の1番魚人であると伝える」
「そうッスよ」
事も無げに答えるノエ。その反応に意図的なことがあるのを感じて一二三は訪ねた。
「なぜなんです? テル兄さんはまるで自分が1番魚人であることを、知っていないような振る舞いをしている。そのことで一体何があるというんですか?」
そう、テルは自分が1番魚人であることを知らない。だから、決定権を委ねられるとなぜ自分が?という反応を必ずしてきたのだ。1番魚人であるという自覚があるのであれば、決してしない反応である。その都度、理由をぼかして説明をしてきた。
「あなたは聡明な寄生虫です。だからきっと何か理由があるはずだ。あなたはテル兄さんに害となることは決してしないので今までこういった話をしてきませんでした。
しかし、その理由が私たちには全くわからない。だから教えて欲しいのです。私たちに、テル兄さんが1番魚人だと伝えないメリットを」
「簡単な事ッスよ」
一二三の真摯な説明にノエはへらっと答える。
「テルさんは優しい性格ッスからねえ。きっと1番魚人になったら張り切ると思うんッス」
「それはいいことでは?」
一二三の言葉にノエは首を振る。
「そうかもしれないッス。でも、テルさんは不器用な性格でもあるんッスよ。きっと責任に潰れてしまうと思うんッス」
「…………」
一二三にもそれはなんとなく予想できた。周りのためにただでさえ走り回って常に心配しているのがテルなのだ。そういう意味ではたしかにテルはネガティブである。
「今みたいに役職が全くないくせに責任を押し付けられて「ええっ!?」ってテンパってる方がまだテルさんの実力を発揮できるんすよ」
「確かに。……でもそれでは周りに示しが「だから」」
一二三の言葉に被せるようにノエが言葉を挟んだ。一二三はノエを見るとその少女は
「だから、自分が1番魚人であることを『うっかり』言い忘れているんッスよ」
たはは、と笑って言った。
そのノエの言葉はすべての責任を自分が取る、と言外にいっているのであった。
テルがおかしな動きをするのはノエが『うっかり』言い忘れていたから。テルが責任ある態度を取れないのはノエが『うっかり』言い忘れていたからなのだ、と。
一二三はその覚悟に押されていた。ノエはテルの心を守るためにあえて泥をかぶっているのだ。
「それではノエさんが不利すぎるのでは?」
「自分はただの寄生虫ッスから。いざとなれば別の魚に移動するんすよ」
そういうノエは少し悲しそうであった。
一二三はノエに頭を下げた。ノエが忘れていることに堂々と感謝を示すことはできない。それはテルを特別扱いすることだからだ。
えらいのにえらくない、それでは誰も上を目指さない。それは会社であろうが軍隊であろうがありえないことだった。えらい人は偉そうにしているのも仕事のうちなのである。下の人々は頑張ってああなりたいと思うものである。それが今のテルには足りていない。
だが、一個人としては一二三はノエに感謝しているのだ。テルは言われてみれば確かに、組織の上に立って指揮をするような人物ではない。今は組織に必要な人物であるが、一二三個人的には精神面で支えてくれている人物だと考えている。だから、ノエの対応には感謝していることを示したかったのだ。
頭を上げた後、一二三はノエに提案した。
「ノエさんには何か返さないといけないですね」
「じゃあこのブドウっていうのをもっともらいたいッス。きっとテルさんも気にいると思うんで」
「わかりました。届けさせておきましょう。あと、勝手にタコス様にもさっきの件は伝えちゃいますね」
「いいんじゃないんスか?」
あっけらかんとノエは一二三の部屋を出る。最後に振り返って
「ごちそうさまッしたー」
とテクテクと大きな髪を揺らして、ノエは歩いていった。
この後、一二三の進言を聞いたタコスは、これまたこっそりテルが1番魚人であることは秘密に、という命令が出たのであった。




