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マーマンの暑い日々  作者: ベスタ
22/25

22 奈美の憂鬱

 戦いはひとまず収まった。

 しかし、まだ仕事は残っている。ポリフェル城を攻略せねばならないのだ。コノワタを倒さねばカララトを平定したとは言えない。テルは軍勢を引き連れポリフェルに再び侵攻することになった。


「おまえは今回、留守番か」

「何? いっつもいっつも呼ばれるわけないでしょ」


 史郎の言葉に、黄昏ていた奈美はぶっきらぼうに答える。

 奈美とて一緒にポリフェルに行きたいのは山々であったのだ。しかし、今回は別にお忍びでいくような任務ではない。ともすれば今回は威圧的な外見をしたものがいかなくてはいけないのだ。

 背の低いイワシ魚人がいくような任務ではなかった。


 だから能力的には優秀である史郎も、今回は戦場の収拾をつける部隊として残っているのだ。


「そりゃそうだ。別におまえは兄さんのお気に入りってわけでもないしな」

「ふう…」


 史郎の嬉しそうな言葉に奈美はため息をついた。それは前回の選考は運が良かったのだと、遠回しに言っているようなものなのだから。ようやく視線を史郎に向けた奈美はジト目で睨む。


「イヤミ?」

「いや、そういうわけじゃ」


 しどろもどろに言い訳をする史郎をどこか冷めた目で見つつも、ふと脳裏にテルを思い描く奈美。


 実の話、奈美はテルに憧れていたのだ。

 群れのためを思う行動力。たまに見せる決断力。そのどれをとっても十分に憧れるに足りる存在であった。だから、偵察を一緒に行けると知って喜んでもいたし、アピールもしたつもりでもあった。


 しかし、実際のテルは奈美の予想とは違った。

 決してテルは奈美たちに邪な思いを抱くことはなかった。テルは常に必死であった。たまにデンキウナギを踏んだり、エルエイルと戦って負けたりとポカをやらかすのが意味がわからないが、それだってきっと意味のあることだったのだろう。


 そんなテルだからこそ、奈美は距離を取ってしまった。

 憧れの姿と違って、泥臭く、懸命に生きる姿を間近で見て、今更ながらテルもただの魚人であるとわかってしまったのだ。戦いだって菜美に劣り、先ほどだって作戦を無視してフーカを助けようとした。


 そんなテルに奈美は、おそらく幻滅をしてしまったのだろう。尊敬する魚人を挙げろと言われれば間違いなく奈美は真っ先にテルの名前を出す。だが、そういう意味ではない。

 必死にもがくテルは、奈美の中でのテルとは大きく違ったのだ。

 勝手に思い描いて勝手に幻滅して、なんて勝手なんだろうと奈美自身思っているのだが。


「何見てたんだろ、私」




 そんな自己嫌悪に陥っていた奈美を見て史郎は息を飲み込んだ。決心をつけるためだ。自分を奮い立たせるためだ。なぜか今しか言えないと思っていた。

 キョロキョロと周りを見回してあたりに魚人のいないのを確認する史郎。すごく挙動不審なのだが、そんなことにも気づけないくらい奈美は落ち込んでいた。


「お、おほん」

「?」


 わざとらしい咳をする史郎に顔を上げる奈美。よく考えてみればいつもの史郎とは様子が違う。もっと気軽に話をする中であったように思う。



 奈美の中の史郎はいつも真っ直ぐであった。

 ヤリの筋も真っ直ぐで普通であれば簡単に避けられる基本のコースしか史郎は攻撃してこない。しかし、史郎の槍は鍛錬によってその域を超えていた。奈美はその相手をしていたからわかる。ただの突きが徐々に早くなり、気づいた時には避けられない必殺の突きになりつつあるのを。さらに、史郎はその後のフォローもうまい。以前組手をした時には、突きをかいくぐった奈美の拳を足で抑えてしまったのだから。


 あの時は勝てたが武器の有利もあり、奈美の勝率は4割と少し部が悪い。だが、頑張っている史郎を知っているので不思議と悔しくはないのだった。



 そんな史郎が言いよどんでいるのだ。

 なにか大事なことを言おうとしているのは伝わってくるのだが、それが何かはわからない。

 先を促すもなかなか進まず、奈美もなにを言ってくるのかわからず。

 しばらくそんな空気が続いたが、意を決して史郎が言う。


「お、俺と結婚をしてくれないか!?」

「はぁ?」


 ようやく史郎から飛び出た言葉は求婚だった。しかし、いまは戦場でそんなことを言っている場所ではないのだ。いぶかしむような声を勘違いしたのか史郎は一気にまくし立てる。


「確かに俺はテル兄さんに比べて劣っているのはわかっている。それでも俺なりに努力していきたいと思っているんだ。きっとおまえを幸せにしてやりたい。だから、ったのむ!!」

「あー? えーっと」


 奈美にはどうもわからないことがあった。そもそもテルと史郎では史郎の方が強い。それ以外の場所は特に勝ち負けではない問題だ。魚人の人格が優っているとか劣っているとかそんな感覚は奈美は持っていない。

 そもそも努力していきたいと言っているが奈美は知っているのだ。史郎がどれだけ努力しているのか。

 その努力を認められ、多くいる兄弟の中でもヤリ部隊をまとめるゲールラ将軍の補佐に選ばれているのだから。その1つを取っても史郎の努力の量がうかがえるのだ。

 あまり芳しくない奈美の反応に史郎は肩を落とす。


「テル兄さんと嬉しそうに歩くおまえを見て、もやもやしたんだ。最初はなんなのかわからなかったけど、奈美と離れる時間が重なって、訓練の時に奈美がいない日々が続いて、ようやくわかったんだ。俺はおまえが好きなんだってことが。」

「………!」


 それは史郎の赤裸々な告白であった。純粋な告白に奈美は心が少し高鳴るのを感じていた。たしかに、奈美は河にいるとき、いつもの練習ができない自分がいることを感じた時はあった。薄い民の魚人たちを体の動きを教えることである程度ごまかせていたのだが、それでも違和感があったのは確かだ。それを言われているような気がした。


「だから、俺は……!」

「ちょっと手合わせしようか」


 史郎の言葉をさえぎって奈美はいう。この気持ちを確かめたかったから。戸惑う史郎に奈美は告げる。


「史郎が勝ったら、受け入れるよ」

「……!! わかった」


 少しひらけた場所へ行く2人。その周りには他の兵士もいたのだが、2人には関係のないことであった。

 静かに対峙する2人の緊張感に周りは何事だと集まる。

 奈美は体をいつでも動かせるように身構えて、史郎はヤリから棒に変えて腰を静かに落とした。


 周囲が息を飲む中、2人はほぼ同時に動き出す。


「ふっ!」

「はっ!!」


 ひゅる


 空を切る史郎の突き。その突きを見切りギリギリで棒にそって踏み込む奈美。棒の逆側で払う史郎の攻撃をすんででしゃがんで避ける奈美。


「ほいっ!」

「なんの!」


 史郎は払った勢いをそのまま、先端を地面に突き刺し棒高跳びのように大きく間合いを開ける。それを無理に追いかけず奈美は態勢と息を整える。


 奈美は高揚していた。そして実感していた。史郎の言っていたことは正しかったのだと。


 次の史郎の突きに左手で払い、残りの右手で史郎の顔面を狙う。高揚しすぎた奈美は寸止めのことなど頭から無くなっていた。


 バシッ


 奈美の目の前に史郎の拳が寸止めで止まっていた。

 史郎はすぐさま棒を捨てて左手で奈美の拳を止めて右手でカウンター気味に奈美に拳を寸止めしたのだ。


 その、流れるような動きにまわりがどっと沸く。素晴らしい、兵士たちの参考になりそうな戦いっぷりだったのだ。まわりがざわめく中、奈美が言った。


「私の負けだね」


 そういって肩から力を抜くと、みんなの前で少し恥ずかしそうにしながらも堂々と言い放った。


「史郎、結婚しよう」


 静寂が走る。そして、そのあと


「やったぁぁぁーーー!!!!」

「「「「「おおおおおお!!!!!!!」」」」」


 史郎の叫びと人々の祝福の雄叫びが響き渡ったのであった。

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