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マーマンの暑い日々  作者: ベスタ
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20 仕返し

 テルはずっと待っていた。その時が来るのを。

 苦内から適宜連絡を受けていた。そしてフーカが敵からの攻撃を受けつつ逃げて来ているのを知っていた。知っていたからこそ助けようとしていたのだが。


「出てはいけません。テル様。ここは耐えてください」

「それはわかる。だけど、」


 テルはフーカを助けたくて飛び出したかった。これは戦争である。そのために逃げる、という被害が出る選択をしても最後に勝てるのならばと選んだ作戦である。

 しかし、フーカはテルにとって保護対象である。

 それを失うのであればテルはなんのために戦って来ていたのかわからないのだ。


 誰かがボンジモを相手にしなければいけないのはわかっていた。

 なのでここは防御力に自信のあるフーカが適任なのだ。他のものではきっとすぐにボンジモに殺されてしまうだろう。戦闘力が高く、防御力も高いフーカしか、この役はできなかったのだ。


 テルだって頭ではわかっている。わかっているのだが、心は決して穏やかではないのだ。苦内の説明も理解はしているのだが。


 今テルが突撃を仕掛ければここに引きつけて逃げた味方に申し訳が立たない。そして、一気に不利な状況で戦わねばならなくなり勝利は遠ざかる。それもわかってはいるのだが、フーカが集中攻撃を受けている中で焦りばかりが募る。


 すでに部隊の大半が戻り反撃の準備は整っている。もはや個人のわがままが通用するレベルを超えている。これは戦争なのだから。

 それでも助けようとするテルに苦内が言った。


「フーカを、信頼してあげてください」

「!!」


 苦内の言葉でテルの体は止まる。

 それはタコスの言葉も思い出させる。0歳児といえど魚から魚人になった時点である程度の能力は付いているのだ。そもそもいつまでもテルが保護しているばかりではいけないのだろう。

 いつかフーカもテルの元を離れる時が来る。それは死に別れかもしれないし、他に好きな相手ができればテルから離れていくのだろう。それは遠い未来かもしれないし、近い未来かもしれない。


 そもそも今頑張っているのはフーカである。その頑張りを無駄にしようとしていると知って、テルは槍を強く握りしめた。


 思えばテルはフーカと約束していた。

 戦いが始まる前に、死なないと約束していたのだ。だからテルはその約束を信じることにした。

 フーカはいい子なのだから。


「わかった。フーカを待つ。ありがとう苦内。フーカを見守っていてくれ」

「はい、わかりました」


 苦内はテルの様子が落ち着いたのを見ると安心して偵察に戻って行った。テルが後ろを振り向くと仲間達も心配そうにしていた。きっと言葉には出さないがみんな苦内のようにフーカを心配しているのだろう。そして、苦内と同じように信頼しているのであろう。


(だから、フーカ。早く帰ってこい)




 息を飲んでじっと待つテル。そして、ついにその時はやってきた。

 崖の上からテルに向かって来るフーカ。


 そのまま、急いで泳いでテルにぶつかるようにして止まる。

 フーカはボロボロであった。服のあちこちは破け、体に青あざを作っている。来ていた革のジャケットは途中で脱げたのだろう。それでも彼女は笑顔でテルの顔を見たのだ。


「………おかえり」


 とても小さい声だったが確かにテルの耳には聞こえていたフーカの声。笑顔がクチャっと潰れ、泣きそうな顔になった途端、顔をテルの胸に埋める。きっと泣き顔をテルには見せたくないのだろう。


 テルも泣きそうになったが、残念ながらここは戦場である。そんな余裕はない。だからテルも短く答えることにした。


「ただいま」


 テルも小さく答えた。フーカには聞こえなかったかもしれないが、その代わりとばかりにテルはぎゅっと強く抱きしめフーカの頭を撫でた。フーカは顔を上げなかったがそれでいい。


 彼女は約束を守ったのだから。


 テルは崖の上をきつく睨みつける。

 そこにはカララトの魚人であるボンジモや、その他の魚人達が大群でこちらを覗いて来るところだった。


 昔のテルであれば頭を抱えていただろうか?

 それとも作戦大成功とはしゃいでいただろうか?


 それはきっと意味のない考えなのだろう。『今』のテルはにっと笑った。かけがえのないものを抱きしめているのだ。


(負けるわけがない)


 テルはチャンスを逃さないように叫んだ。


「反撃開始だッ!!!!」


 テルのその言葉を聞いた瞬間、余市率いる左軍400名、一三率いる右軍400名が同時に魔法を唱える。魚人が扱える唯一の魔法。水流魔法だ。

 水の流れが一気にカララト軍の左右をすり抜ける。

 てっきり魔法が直撃すると身構えていたカララト軍は、この肩透かしな魔法にすぐさま反撃をする。


「待ち伏せだ!! こちらも迎撃!!」


 ボンジモの指示に魔法部隊がタコス軍に直撃コースの魔法を打ち込む。


 バシュバシュバシュバシュ……


 無数に放たれる魔法をかいくぐって激突するタコス軍とカララト軍。互角のぶつかり合いを繰り広げる両軍であったが、次第に不利になっていくカララト軍。

 それを感じ取り寒気を覚えるボンジモであった。


「なぜなぜなぜなぜ? なぜ我が軍の方が押されているのだ?」


 数はカララト軍の方が上であるのだ。それに2度の敗戦はタコス軍にもをダメージを与えているのだ。絶対に数ではカララト軍の方が押している、そのはずなのに。


「ぐ、ぐわあ!!」

「くそっ!!」

「ひ、ひぃぃ!!!」


 聞こえるのはカララト軍の不利な声ばかり。タコス軍の魔法部隊の魔法は当たっていないにもかかわらず、だ。

 再びタコス軍の魔法が発射される。しかし、それはカララト軍をかすめるものの、見当違いな方向へと飛んでいくものばかりであったのだ。

 再度、カララト軍の魔法が発射される。


 ひやり


 ボンジモの背筋を冷気が駆け上る。思わずブルリと震えたボンジモは、ふと、その寒さが幻覚ではなく実際の冷気であることを悟った。


 どういうカラクリかはわからないが、このタコス軍はカララト軍に冷たい水をかけているのだろう。体も思考も鈍くなっているボンジモはそこまでしか考えられなかった。

 目の前にティガが迫っていたからだった。


「今までの鬱憤をはらさせてもらう!」

「おのれおのれおのれ、ぬかせ!!」


 ボンジモは拳を振るう。他の兄弟がどこへいったのか、このボンジモにはもうわかっていない。なぜなら、


 ギュギュン

 バギィィィン…


 拳と拳が高速ですれ違いギリギリで交わしたティガに比べ、反応の落ちたボンジモでは対応しきれなかったのだ。

 その結果、ティガの強烈な拳がボンジモの頭を粉砕した。

 それは一瞬であった。ティガは仲間に振り向くと指示を告げた


「まだ敵はいる。一気に畳み掛けるぞ!」

「「「「おおおおお!!!!!」」」」


(俺は1人で満足してやる。後は任せたぞ)


 部下を引き連れてティガは、まだおさまっていない戦場を駆け巡っていった。

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