もう必要ないものだ
あれから季節が変わり、俺は大学生らしく、学業に精を出した。
特別に物語的な面白み、というものはない―――傍から見て、聞いた限りでは、そういうものはない。
勉強、勉強だ。
成績は普通だった。
普通科目というか必修はS評価を取れていることもあったが、周りの奴らも大体Sだった。
そういう講義らしい。
そして頑張って試験に向けて勉強した数理系が、いまいちな評価だったりする。
何がいけなかったのか、原因を究明しなければ。
この問題は―――配られた回答をよく見直せば、わかるのだろう。
わかる………答えは、あるのだろう。
講義の合間は同じ教室の奴らで、何人かで、つるむようになった。
そう、友達。
俺はあれから、友人と話すことは好きになった。
できるようになってきたというよりは、好きになった。
人並みには―――なんて、言い方はおかしいかもしれないが。
テツのことを心の奥に、裏切り者として引っ掛けていた時代よりは、自然に―――人と話せるようになった。
「でさ、その先輩がバイト中に―――」
楽しげに話す友人、高校のころと雰囲気はそうそう変わらない。
だが、彼らにも家族がいて、病気などにはなったことがあるのだろう。
交通事故にあった人は―――少ないとは思うが。
それらすべてはわからない。
俺が知っても、何も変えることができないだろう。
俺はこの世に生を受けたときから骨折すらしてないのが自慢である。
大きな病気も、交通事故にも、遭っていない。
今のところは。
―――そっか、お前、頭いいもんな。
テツのあの言葉は、友人の苦悩に五年間も気づけなかった愚か者の心に、しっかりと突き刺さっている。
………なんて。
くっそ。
なんか………ぶっちゃけて言うと、いらいらする。
俺、何にもいいところないじゃん。
いや―――いいところ、なのだろう。
やはり俺は親の過保護を受けて育った―――いいところで育った。
いいところだけの男なのだ。
俺はあの春学期のことを、というよりも、アパートに幽霊が住み着いてからのことを忘れはしなかったが、でもできるだけ思い出さないようにした。
ゆうめ―――と、下の名前で呼んでみるのも手だったのかな。
いや、そんな、仲でもないか。
一緒に文化祭を荒らした程度の仲である。
思い出すと楽しい、おかしい、いや、寂しい。
それ以外の感情もたくさんあり。
もう考えるのはやめよう、と思った。
願わくば、彼女の生まれ変わった次の人生が、実りあるものであればいいなと―――そこで思考は止め、それ以上は努めて考えないようにした。
別れる時。
もう少しうまいことを、言えたのではないだろうか。
と、後から考えることは、それでもあったが。
いなくなる時の、あまりにもあっさりした感じに、何も言えなかった。
呆然とした。
もっと神聖な儀式だと思っていたのだが、拍子抜けの感はあった。
「なんだか―――長い夢だったような」
春から夏にかけての、とんでもなく常識離れした、夢。
そう思った方がしっくりくる。
「ゆうめ―――か」
いや、まさか本当に夢だったりしないよな?
相変わらず、俺は将来に対する不安を抹消できずにいた。
一緒に過ごしていた人は別の世界に行き、絶縁状態だった友人とは、再び離れた。
あの別れ方は、別れるにしても、ガキの頃よりは納得のいく別れ方だった。
俺は、どこに行けばいい。
友人は目標を定めている。
俺は………俺にだって、目標がある………。
いつか大人になるにしても、仕事をするにしても、たくさんの人を笑顔に出来る―――そんな人間になりたいものだ。
そんな仕事に就きたいな、と―――ずいぶんな綺麗ごとだが、笑うなよ、ガキの頃からそう思ってる。
そうやって食っていきたいとも思っている。
文化祭だって、遊びでやってたつもりはない。
いや、遊んでいたけれども。
面白くないと納得がいかないのだ。
だが、どうやってそこへ向かえばいいのか。
高次天端、十八歳―――人生迷走中。
絶賛、モラトリアムである。
俺はその日、久しぶりに買い物を失敗した。
アロマキャンドルを無意識にカゴに入れ、レジで店員がバーコードを読み取る段階で、気が付いた。
もう必要ないものだ、ということに気がついた。
そもそも部屋で、ロウが減ってきたからそろそろ新しいのを買って来よう、そうしないと宇喜多さんが来れないし―――と考えた時点で、俺はモウロクしているのだ。
習慣って怖い。
一人暮らしイコール幽霊や骸骨が定期的にやって来る、という図式が身に、頭に染みている。
しかし今更返品するという、勇気もなく。
やっぱり買いません―――と店員さんに言うのも悪いので、生来の、自分の失敗を認めたくない性格も手伝って、結局はお金を払い。
使い道を考えながらの帰路に着くこととなった。
なあに、こういうものも使い道がないわけでもない―――いい匂いがすることは間違いないと、そういうプラス思考を発揮し始めた。
布団にひたすら消臭スプレーする日々から脱する、いい機会かもしれない。
さわやかリフレッシュの香りにも、飽きていた頃である。
思い出した。
いいこともある。
俺は一つ、自信を手に入れたのだ。
実家から送られてきた、新聞の切り抜きだ。
妹がくれた。
それは六月末の日付だった。
―――高校文化祭のお化け屋敷に、本物の心霊現象か
そんな見出しだった。
隅っこの、手のひらの半分もないくらいの、小さな記事だったが。
やった―――と思った。
どうだ、テツ。
これは俺の勝ちだろ。
俺の方が面白いんだ。
勝負、勝負だ。
なんか、いやなこととかあっても。
俺と、もっと。
大学の友人の誰にも、もちろん自慢できないが―――いつかテツと会った時に、話そう。
なんなら、酒を飲める歳になって。
それまではこの記事を、お守りに入れておくのもいいな。
「こういうニュースばっか増えればいいんだがな」
最近は暗いニュースが多いから。
―――そう呟く。




