ラスト・マンザイ
「というわけで、私、行ったんですよ」
「行ったってどこに?」
「家具屋ですよ、家具屋、部屋に必要なものを買い揃えに」
「ははー、なるほど学生さんの一人暮らしには必要だよね、そりゃあ」
「冷蔵庫って言ったらテレビ、冷蔵庫、ほかにもドラム付き洗濯機」
「ドラム『式』ね、ドラムが付いたらダメだよね、楽器はダメよ」
「いや、でもドラムがあったらさ、ラップ音を出すのが楽になるよね」
「それ幽霊の都合じゃん!っていうかラップ音ってドラムで出してたの、アレ?」
「まあ洗濯機はコインランドリーっていう手もあるけれど」
「ん。あるねぇ」
「でも最近は便利な家具用品、増えてきてね、電気ケトルって知ってる?ポッドみたいなカタチなんだけれど―――」
「ああ、電気の力で犬の毛を取るやつね」
「そうそう、そうやってお宅のワンちゃんの毛並みを―――って違うわ。全然違う、違うってば。お湯を沸かすことができるのよケトルは、しかも省エネ!」
「そうなの?」
「ていうかアパートは犬禁止、ウチのところ」
「あらまぁ。それでケトルがなんなの?」
「いや、ケトルはお湯沸かせて、だから便利だなーって思って………」
「オチ、ないのかい!」
「いやいや、他にも家具って言ったらあれだよ、タンス」
「ああ!なるほど必要ですね、本棚―――好きなアイドルのCD入れてね」
「まずは本を入れようよ、そこは!本棚なんだから」
「それを言われると痛いな―――でも、タンスも電気ケトルみたいにハイテクにならないかなあ」
「へえ?収納でも増やせっていうこと?いやあ、でもああいう棚って、昔から変わらないでしょう?」
「変わってほしいのは硬さなんだよね」
「硬さ?硬さって、柔らかさと硬さの―――その、硬さ?」
「うん、実はね………私この前、脚をぶつけちゃって」
「ああー、わかるわかる、足の小指をカドにぶつけるの、たまにあるよね」
「あるあるー」
「あはは」
「えへへ」
「イヤお前、足の小指、ないやろ!幽霊だから!」
「あッ、そっか、しまったァーーーッ!とんだゴーストミスやァー!」
「「ぎゃはははは」」
二人は、ゆっくりと真顔に戻って、俺に向き直る。
「―――という感じです。『一人暮らしを始めよう』ショートコント」
「最新作だよ」
俺は腕を組んで考える。
だらしなく開いた口から、息が漏れてしまう。
「………面白い」
にやけながら、言った。
あかりとゆうめは、見合わせてガッツポーズのような、ハイタッチのような動きを執り行う。
それらの行動が無音だったのがさらにツボった。
俺は面白いと思った。
まあ、自虐ネタしかできないのかい、とかいう奴はいるかもしれない。
だが観客が俺だけなのに、ようやるわ、この二人。
「我々、マッチャニラのラスト・マンザイです」
「………ラストサムライみたいに言うな」
そして変わってなかったんだな、コンビ名。
「―――本当に、ラストステージです」
私たち二人は―――最後だ、と。
初江さんは言う。
先ほどまで、あかりとゆうめ、だったのだが雰囲気が戻った。
「お世話になりました」
その正座からのお辞儀。
もっとも、膝下が透けているので正座には見えないのだが。
「明日、宇喜多さんが来るって」
崇常燈が言う。
「私のこれからが―――決まります」
「………まあ、えっと」
何を言えばいいのか。こういう時。
わからない―――いや、俺はもともとわからないことと知らないことが多かったのだ。
幽霊のことも、そうだし。
「幽霊のこと―――勘違いしてたよ。今まで。怖いだけのものだって」
口から出た言葉。
「怖い以外にも、色んな奴がいるんだな。『向こう』のことはよくわからないが、元気でやってくれ。生まれ変わったら人間になるといいな」
「えへへ………それはまだ」
「男に生まれ変わってもいい。そうしたら、いい若手芸人になれるぜ」
「若手………若手止まりですか?」
「ああ。それがいいんじゃないか。ベテランになったら司会とか進行とか、そういうことがあるからホラ、コントが出来なくなるぞ」
「そんなことはないと思いますが」
「………はは、そうだ。女芸人もアリだな」
「それだったら今、やってたじゃん」
お調子者が頬を膨らましていた。
寂しくなる―――のだろうか。
いや、そもそもおかしかったのだ。
今までが、面白すぎた。
一人暮らしの部屋に幽霊が現れる、なんて。
しかも積極的に笑わせようとしてくる、なんて。
漫才を準備していて、そのネタ合わせの時に俺が予定より早く現れる、なんて。
テツ。
あいつの家のこと、たぶん俺にはどうにもできないけれど。
あの時、知っていてもどうにかなることじゃないけれど。
知ったことを、後悔するレベルの、ものだった。
漫才か。
中学校であいつを、もっと笑わせることができれば。
あいつの前で自虐ネタでもなんでもやれば、俺が容赦ないくらい断トツに面白ければ、あるいは―――。
笑い転げて、ずっとそんな中学時代を過ごせたのかな。
教室よりも、俺よりも、大切なもののために―――そんなものがあったあの男のために。
なんて、思う。
俺がもっとおかしい人間なら………だったらよかったかもしれない。
いや、こんなのも違うな。
やはり、もやもやする。
俺は単に、あいつに負けたみたいで許せないんだ。
五年間も………辛かったこと、隠し通しやがって。
まるで俺が、保護されていたみたいじゃないか。
守られていたみたいじゃないか。
子供みたいに………辛いことをしらない、子供みたいに。
………まあ、でも、実際あの頃は中学生だったから、子供ではあるが。
俺はなぁ………一人暮らしがしたいんだ。
もう十八歳だ、一人で、生きる、大人になる。
それからもっと、役に立つ人間になりたいんだ。
とっとと大人にしてくれよ、神様。
そうしたら人の役に、もっと立てるだろうし――――。
遅くなりました。
ぬるり、と―――骸骨が、宇喜多さんがゲートから出現する。
別に遅れてなどいない、時間前だが、幽霊どもの漫才によって、確かに時間を忘れていたところはある。
出現したゲートの仕組みが俺にはいまだに全くわからないが、霊界の便利アイテムなのだろう。
「いいですか、高次さん。彼女へかける言葉、そのほか何か、言い残したことはありませんか」
宇喜多さんが、向き直って、言う。
俺は―――。




