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みどり  作者: 香南
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再び春

「碧!」

 港君に声を掛けられて、僕は立ち止まり、振りかえった。

 僕の手は紐を握っていて、その先には中型の白い犬がいる。ヨータだ。

 自転車に乗った港君が僕らの傍らに止まる。暑そうに半そでのTシャツをパタパタやった。

「あれ、港君。バスケットの練習?」

 港君は日焼けした顔で頷いた。それからしゃがんで、僕の横にいるヨータの頭をなでた。

「よー、久しぶりじゃん」

 ヨータはされるがままになっていた。港君はヨータの頭に手を乗せたまま、ふと呟いた。

「こいつ、結構年取ったよなー」

 僕は頷いた。人が五・六歳年を取る間に、犬はかなりの早さで年を取る。飼い始めは引っ張られるくらいだったのに、今は横に付いて歩いている。

「でもこいつ、いつまでたっても偉そうだよな。最初見た時も思ったけどさー」

 ああ、そうだ。あの時もこのぐらいの時期だった。

 僕は景色をぐるりと見た。青い空と、鮮やかな緑。道や家は変わったけど、世界の鮮やかさはあの時からかわんないな。

 港君も同じ日を思い出したみたいだ。笑いながら言った。

「あん時さあ、おれかなり驚いたよ。おまえが別人になったみたいでさー。ぼうっとしたようなおとなしい奴だと思ってたのに、一緒になって声張り上げあってさ」

 僕は確かにあの時変わったんだと思う。別人になったとは思わない。でも思い返してみると、それまでの僕の頭は霧がかかったみたいになってたんだと思う。何かを見ているのに、ぼやけているような。でも、なんなんだろう?何かきっかけがあったかな?

「おれが思うに」

 港君の声で、僕は現実に引き戻された。

「あん時って、こいつが乗り移ってたんじゃねえ?」

 港君が指差す先には、ヨータの瞳があった。

 僕は笑いながら答えた。

「そうかもね」

 港君が去った後、僕はヨータと並んでゆっくりと歩きながら、考えた。

 乗り移ったというのは案外当たっているのかもしれない。いや、乗り移ったと言うのは言い過ぎでも、ヨータの力みたいなものを貰ったというか。

 横にいるヨータは、年をとったのが原因だけでなく、あの時の足の怪我が尾を引いて歩みが余り早くない。

 あの時怪我を代償に僕に力をわけてくれたんだろうか?

「ヨータがしゃべれればな。どんなこというんだろうな」

 一度止まって座った僕は、ヨータの顔を見た。そしてなんだかしらけてしまった。確かに偉そうだ・・・自分の足を犠牲にして僕に力をくれるなんてとても思えない。むしろなんとかしてどっかから二人分力をぶん取ってきそうな感じだ。僕はあの遠足以前のことをよく覚えてないけれど、そういえばいつも散歩の時は先頭きって歩いてた気がするなあ。

「ヨータ、もしかして自分が主だと思ってない?」

 話し掛けてももちろん返事はない。ただ表情のない目がこちらを向くだけだ。でも僕は、多分ヨータは当然だと思っていると考えた。 

 犬の視界は、赤一色なのだという。

 それでも僕は、ヨータには世界がこんな風に鮮やかに見えているんだろうなと思えた。



これにて完結です。

読んでくださったそこのあなた様へ大きな感謝を!

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