第1話『異世界召喚と無能の烙印』
俺の人生は、わりと平凡だったと思う。
成績は中の上。運動神経も悪くない。友達もそれなりにいるし、特別な悩みだってない。
強いて言えば、毎朝の登校が面倒くさいくらいだ。
そんな、ごく普通の高校二年生だった俺、神崎蓮は今――。
「よくぞ参られた! 異世界の勇者たちよ!」
知らないおっさんに、勇者と呼ばれていた。
……いや、誰だよ。
目の前には立派な玉座があり、その上には豪華な服を着た白髪の老人が座っている。
左右には銀色の鎧をまとった騎士たち。
天井には巨大なシャンデリアが吊り下げられ、足元には見たこともない模様が青白く輝いていた。
そして俺の周囲には、見慣れた制服姿のクラスメイトたちがいる。
「え、ここどこ?」
「さっきまで教室にいたよね?」
「待って、スマホ圏外なんだけど!」
あちこちから困惑した声が聞こえてくる。
当然だ。
つい数分前まで、俺たちは六時間目の数学を受けていた。
窓から差し込む午後の日差し。
黒板に並ぶ数式。
眠気と戦いながら、俺は授業が終わるのを待っていた。
すると突然、教室の床に見たこともない魔法陣が現れたのだ。
誰かが悲鳴を上げた。
次の瞬間には、視界が真っ白になっていた。
そして気づけば、この状況である。
どう考えても普通じゃない。
「……蓮」
不意に、制服の袖を引っ張られた。
振り向くと、栗色の髪を肩まで伸ばした少女が、不安そうにこちらを見上げていた。
白石陽菜。
家が近所で、小さい頃から何かと一緒にいる幼なじみだ。
小学校も中学校も同じ。高校まで一緒になったのだから、なかなかの腐れ縁だと思う。
「ねえ、蓮。これって夢じゃないよね?」
「残念ながら、たぶん現実だな」
「だよね……」
陽菜は小さくため息をついた。
「どうしよう。私たち、帰れるのかな」
「まあ、帰る方法くらいあるだろ」
「……蓮って、こういうときも落ち着いてるよね」
「慌てても状況は変わらないからな」
「それはそうだけど……」
陽菜は俺の袖を握る手に、少しだけ力を込めた。
昔からこいつは心配性だ。
小学生の頃、俺が木登りをして落ちたときなんて、本人より大泣きしていたくらいである。
「大丈夫だって」
俺がそう言うと、陽菜は少しだけ表情を和らげた。
「……うん。蓮が一緒なら、ちょっと安心かも」
「俺も状況は全然わかってないけどな」
「もう、そこは格好つけてよ」
そう言って、陽菜はようやく笑った。
いつもの笑顔だった。
「静粛に!」
突然、玉座の隣に立つ男が声を張り上げた。
「これより、レグナス王国国王陛下から直々にお言葉を賜る!」
騒がしかったクラスメイトたちが静まり返る。
国王と呼ばれた老人は、満足そうに頷いた。
「勇者たちよ。突然の召喚、さぞ驚いたことであろう」
ええ、そりゃもう。
「だが安心するがよい。我らはそなたらを歓迎する」
歓迎。
なるほど。
人を勝手に連れてくることを、この世界では歓迎と呼ぶらしい。
「現在、我が王国は魔王軍との戦争のさなかにある。このままでは、いずれ人類は滅びの道をたどるであろう」
国王は重々しい声で続けた。
「そこで我らは、古の秘術を用い、異世界より勇者を召喚したのだ!」
……嫌な予感しかしない。
「勇者たちよ! どうか我らに力を貸してほしい! 魔王を討ち、この世界に平和を取り戻すのだ!」
国王が両手を広げる。
周囲の騎士たちが、一斉に拍手を始めた。
クラスメイトの何人かは、その言葉に目を輝かせている。
「マジかよ! 異世界召喚じゃん!」
「俺たち勇者ってこと!?」
「魔法とか使えるのかな!」
どうやら、状況を楽しみ始めた連中もいるらしい。
適応力が高くて何よりだ。
だが、俺にはひとつ気になることがあった。
「あの、質問いいですか?」
手を挙げると、国王の視線がこちらに向いた。
「うむ。申してみよ」
「俺たち、元の世界に帰れるんですか?」
その瞬間、場の空気がわずかに変わった。
国王は一拍置いてから答える。
「……魔王を討伐すれば、帰還の方法も見つかるであろう」
なるほど。
つまり、現時点では帰り方がわからないわけだ。
ずいぶん無責任な話である。
「そうですか。ありがとうございます」
俺はそれ以上追及しなかった。
今ここで騒いだところで、状況が変わるわけでもない。
それに、国王の背後には武装した騎士が何人もいる。
下手に逆らうのは得策じゃないだろう。
「蓮、ありがとう」
隣から陽菜が小声で言った。
「何が?」
「帰れるかどうか、聞いてくれて」
「俺も知りたかっただけだぞ」
「ふふっ。そういうところ、昔から変わらないね」
陽菜は少し嬉しそうに笑った。
……何がそんなに嬉しいのかは、よくわからない。
「では、勇者たちの能力を確認させてもらおう」
国王の言葉に、クラスメイトたちが再びざわめいた。
「能力?」
「ステータスとかあるのか?」
「やばい、めっちゃ楽しみ!」
玉座の横から、白いローブを着た老人が進み出る。
老人の手には、大きな水晶玉が抱えられていた。
「こちらは、神より授けられし能力を見極める鑑定水晶でございます」
老人は水晶玉を台座に置いた。
「これに手を触れれば、皆様のスキルが明らかになります」
おお、と歓声が上がる。
どうやら、この世界には本当に魔法やスキルが存在するらしい。
少しだけ興味が湧いてきた。
「それでは、お一人ずつ前へ」
最初に呼ばれたのは、クラスの中心的存在である男子生徒だった。
「天城悠斗、前へ!」
「はい!」
天城は堂々と水晶玉に手を置いた。
すると、水晶がまばゆい金色の光を放ち始める。
「こ、これは……!」
鑑定士の老人が目を見開いた。
「固有スキル《聖剣術》! しかも階級はS級!」
周囲がどよめいた。
「なんと! 伝説の勇者に匹敵する才能ではないか!」
国王も興奮した様子で立ち上がる。
「素晴らしい! 天城殿、そなたこそ我が王国の希望だ!」
天城は少し照れたように笑った。
「いえ、俺にできることがあるなら、頑張ります!」
……絵に描いたような勇者だな。
その後も鑑定は続いた。
《精霊召喚》A級。
《剣豪》B級。
《高速詠唱》A級。
どうやら異世界から召喚された人間は、かなり優秀なスキルを持っているらしい。
「次、白石陽菜!」
「は、はい!」
名前を呼ばれた陽菜が、緊張した様子で立ち上がった。
俺の方をちらりと振り返る。
「蓮、行ってくるね」
「おう。頑張れよ」
「うん!」
陽菜は大きく頷き、水晶玉に手を置いた。
すると――。
パァァァッ!
これまでとは比べものにならないほど、眩しい白い光が広がった。
「なっ……!?」
鑑定士が驚愕の声を上げる。
「こ、これは……固有スキル《聖女の加護》!」
場内が一瞬、静まり返る。
「しかも……S級です!」
「なんと! 聖女まで召喚されていたとは!」
国王が玉座から身を乗り出した。
「素晴らしい! 白石殿、そなたは我が王国にとって、かけがえのない存在となろう!」
クラスメイトたちから歓声が上がった。
「陽菜すごーい!」
「聖女ってめっちゃレアじゃん!」
「いいなー!」
陽菜は困ったように笑っていた。
どうやら、本人が一番驚いているらしい。
やがて俺のところへ戻ってくると、陽菜は小さく息を吐いた。
「び、びっくりしたぁ……」
「すごいじゃん、陽菜」
「えへへ……そうかな?」
「ああ。S級だってさ」
「でも、私、ちゃんと使えるかな……」
「陽菜なら大丈夫だろ」
そう言うと、陽菜は少しだけ笑った。
「うん、頑張ってみる」
そして、とうとう俺の番が回ってきた。
「次、神崎蓮!」
「はいはい」
俺は台座の前へ進み出た。
「蓮、頑張ってね」
すれ違いざまに、陽菜が小さく声をかけてくる。
「おう」
軽く返事をして、水晶玉に右手を乗せた。
ひんやりとした感触が伝わってくる。
しばらく待つ。
しかし――。
「……ん?」
何も起こらなかった。
先ほどまで眩しいほどの光を放っていた水晶は、静かなままだ。
鑑定士が眉をひそめる。
「もう一度、お願いします」
「はい」
手を離し、再び触れる。
やはり何も起きない。
周囲がざわつき始めた。
「え、神崎だけ光らなくない?」
「故障とか?」
「そんなことあるの?」
鑑定士は水晶玉を何度も確認した。
そして、信じられないといった表情で呟いた。
「……スキルが、ありません」
その言葉に、王宮が静まり返った。
「なんだと?」
国王が低い声を上げる。
「鑑定水晶が反応しないのです。この者からは、いかなるスキルも確認できません」
「つまり……無能ということか?」
「残念ながら、そのようです」
無能。
なかなか失礼な言い方をしてくれる。
まあ、結果が出なかったのは事実だけど。
俺はもう一度、水晶玉を見つめた。
そのときだった。
――ピシッ。
小さな音とともに、水晶玉の表面に細い亀裂が走った。
「……?」
何かがおかしい。
そう思った瞬間、水晶の奥に文字のようなものが浮かび上がった。
――《権限確認》。
だが、それは一瞬で消えてしまった。
「神崎蓮!」
国王の声が響く。
「そなたには、勇者としての適性が認められなかった」
先ほどまでの歓迎ムードは、どこへやら。
「我が王国に、無能を養う余裕はない。そなたには王宮から退去してもらう」
……おいおい。
ずいぶん急な話だな。
「兵士よ。その者を連れていけ」
「はっ!」
国王の命令と同時に、二人の兵士が俺の両脇に立った。
「こちらへ」
「……わかりましたよ」
俺は小さく肩をすくめた。
抵抗したところで、面倒なことになるだけだ。
兵士に促され、玉座の間の出口へと歩き出す。
「え……神崎、本当に連れていかれるの?」
「スキルがないだけで……?」
クラスメイトたちの困惑した声が聞こえてくる。
先ほどまであれほど騒がしかった王宮は、すっかり静まり返っていた。
ふと振り返ると、陽菜が呆然とこちらを見つめていた。
俺は軽く手を振る。
陽菜は何か言いかけたようだったが、その声が届くより先に、重い扉が閉まった。
――ガタン。
こうして俺は、異世界に召喚されて早々、勇者失格の烙印を押された。
……いや、展開が早すぎるだろ。




