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同じ目

朝の石垣は冷たかった。


夜の間に熱を全部出し切ったあとの石の温度だった。掌を壁面に押し当てると、熱が吸い取られていく——手のひらの皮膚が収縮する感覚。砂岩の粒が皮膚に食い込んで、爪の端に白い粉が入った。四日間で、指先の皮が一枚薄くなっていた。


東端の補修から四日が経っていた。


水路を切った。排水先を確保した。内側に集まっていた水の逃げ道が出来て、壁際の土が乾き始めた。モルタルを混ぜるために石灰を溶いた。石を運ぶ。積む。目地を埋める。乾くまで待つ。また積む。それを繰り返していた。


単純だった。単純でいい。考える必要がない作業が続くと、頭の別の部分が動く。


三日目に、カイは壁の内側から手のひらを離せなくなった。


石を積んだ位置が、頭の中で見えたものと少しずれていた。一層目と二層目の境い目——内側から押し出す力の流れが、当初の設計と数寸違う。外から見ると分からない。内側に手を当てて初めて分かる微妙な歪みだった。


直さなければならなかった。


グランに言った。「ここを」と指で示した。グランは壁に耳を当てた——石に耳を当てた。目を閉じて、一度だけ頷いた。「分かった」とだけ言って、翌朝やり直しの指示を出した。


その翌日、カイは壁に手を当てた。直っていた。




四日目の朝、測量が終わった後だった。


カイは北の石垣の補修箇所に立っていた。新しく積んだ石の一段が、朝の光を受けていた。古い石の黒ずんだ色と、新しい石の淡い砂色が、はっきり境目を作っていた。


掌を新しい石に当てた。


古い石より少し温かかった。乾ききっていない。計算は合っていた。


「カイ」


背後から声が来た。


グランだった。石の斜面を登ってくる足音が先に来ていた——踵を浮かせて指の付け根で踏む、グランの歩き方の音だった。カイは手を壁から離した。振り返った。


グランは石の上に立って、壁を見ていた。


新しく積んだ一段を、上から下までゆっくり見た。何も言わなかった。二度、三度と目が動いた。カイはその間、何も言わなかった。点検だ。


「傾きは」


「ない。測った」


「目地の厚みは」


「均等。三か所計った」


グランは壁に近づいた。右手の親指の腹で、目地の一か所を押した。軽く、二度。その手を離した。


「三日は触るな」


「分かっています」


グランは頷いた。振り返ってカイを見た。


しばらく、黙っていた。


何かを考えているときの顔ではなかった。思い出しているときの顔だった。


グランの目が止まっていた。カイを見たまま、止まっていた。


風が草を揺らす音だけがあった。


「お父上も」


グランは言った。


声が普段より低かった。老棟梁の声のトーンのまま、ただ少し低かった。


「同じ目をしていた」


カイは答えなかった。


グランの言葉が空気の中に残っていた。今日は——何かを確かめるように言っていた。


「どういう目ですか」


カイは聞いた。


グランは少し間を置いた。


「壁を見るとき、壁の先を見ておる目じゃ」グランは壁に視線を戻した。「——お前が壁に手を当てているとき、そういう目をしていた」


カイは何も言わなかった。


「親父がここに来たとき、最初に丘陵の北端に立った。しばらく黙って、それから図面を広げた。そのとき、同じ目をしていた」


「父も見えていたのか」


息が詰まった。掌の冷たさが、急に際立った。声が出てから、短いと思った。だが止められなかった。


あれが父にもあったのか。


グランは頷かなかった。


「わしには分からん」とだけ言った。「わしに見えるのは石と地盤だけじゃ。親父の頭の中は見えん」


「でも、目が同じだと」


「同じじゃ。だからそう言った」


グランは石の斜面を少し降りて、丘陵の方を向いた。


朝の光が丘陵全体に当たっていた。初夏の草が光を受けて、緑が濃く見える時間帯だった。遠くに三街道の合流点が見える——一点から三方に割れる道が、今は草地に向かっている。草だけだ。今は。


「親父は」


グランは前を向いたまま言った。


「ここを見て、すぐに図面を引いた。一日で丘陵の輪郭を歩いて、二日目には手帳に線が入っていた。わしが測量の手伝いをしながら、それを見ていた」


「父と一緒に測量したんですか」


「三週間じゃ」グランは短く言った。「わしは縄を持った。親父が数字を読んで、手帳に書いた。それだけじゃ」


三週間か。


グランは縄の端を持った。父が数字を読んだ。カイが今やっているのと同じだ。


「父は、どんな人でしたか」


聞いてから、手が縄の端を少し強く握っていた。余分な問いだ。


グランは振り返らなかった。


「寡黙な男じゃった」と言った。「だが口を開くと数字が出てきた。わしが六十年かけて知ったことを、三週間で覚えた」


「……」


「お前に似ておる」


グランは言った。確認するように、淡々と。


カイは壁に手を戻した。


石の冷たさが掌に来た。砂岩の粒が皮膚に食い込む。二十年前の父の手が、同じ石に触れていた。




「上申書のことは」


カイは言った。石から手を離さなかった。


「何じゃ」


「父は、上申書が却下されたと分かったとき、何か言いましたか」


グランは少し黙った。


「去り際に手帳を渡されたんじゃ」と言った。「その後、手紙が来た。一通だけ。内容は短かった」


「何が書いてあった」


「『手帳をよろしく頼む』とだけ」


カイは壁から手を離した。


一通だけ。「手帳をよろしく頼む」——それだけだった。手を道具袋の口に入れた。革の表紙が指に当たった。冷たかった。石とは違う冷たさだった。


上申書が却下された——見えていた未来ごと、使えなくされた。その重さが、今のカイの掌に来ていた。


「書いてなかったんですか」


「書いてなんだ」グランは振り返った。「わしもそれを不思議に思った。怒っている文字かと思ったが、違った。普通の字じゃった。落ち着いた字だった」


「なぜ」


「分からん」グランは首を振った。


カイは何も言わなかった。


カイは道具袋の口を確かめた。父の手帳が底にある。重さが手のひらに来た。


「グラン爺」


「何じゃ」


「父がここに来たとき、最初に何を見ましたか」


グランは少し考えた。


「北の石垣じゃ」と言った。「着いた日に丘陵の北端に立って、石垣を見た。それから丘陵全体を見渡した。——そのとき、さっきも言ったが、壁の先を見るような目をしていた」


「同じです」


カイは言った。


「着いた日に北に立った。石垣を見た。そのとき、壁の先に何かが見えた」


グランは黙って聞いていた。


「見えたものが今、設計図になっています。父の設計と重なっている。同じ場所から、二十年越しに同じものを見ていた」


グランは少し間を置いた。


「そうじゃ」とだけ言った。


声が少し低かった。さっきと同じ低さだった。追いかけるものが来るような、少し遅れた低さだった。


「お前の父は、見えていたのじゃと思う」グランは丘陵を見たまま言った。「わしには分からんが——同じ目をしていた。それは確かじゃ」


グランが丘陵を降り始めた。


足音が石の斜面に散った。指の付け根で踏む、荷重を散らす棟梁の歩き方だった。カイはしばらく壁に向かったままいた。


父も、この目で同じ丘陵を見ていた。


頭の中の図面が丘陵の上に浮かぶ。父もそれを見ていた。なぜ受理されなかったのかは、まだ分からない。


分からないまま、建てる。


カイは道具袋を肩に掛けた。父の手帳の重さが底から腰に伝わった。


丘陵を降りる前に、もう一度壁を見た。


新しく積んだ一段が、朝の光を受けていた。砂色の石が、古い黒ずんだ石の上に乗っている。それでいい。


見た目が変わっても、内側の積み方は変わらない。計算した通りに入れてある。


カイは丘陵を降り始めた。


石の斜面を踏む感触が足の裏に来た。岩盤の固さが変わる境界点を、足が読んだ。設計図の上で、その点に線が引かれている——基礎を深く取る場所と、そうでない場所の境界。足が知っている。




村に降りると、グランが宿舎の前にいた。


「飯にしろ」


「今日中に宿屋の基礎の位置出しをしなければなりません」


「飯が先じゃ」


カイは止まった。


グランは宿舎の扉を指で示した。


「中に置いてある。冷めぬうちに食え」


「……分かりました」


宿舎に入ると、卓の上に椀があった。麦の粥だった。湯気が出ていた。グランが作っておいたものだ。カイが朝から上に上がっていることを知っていて、降りてくるのに合わせて用意していたものだ。


カイは椀を手に取った。


陶器の熱さが掌に来た。砂岩の冷たさとは別の温度だった。


食べながら、頭の中では宿屋の基礎の計算が動いていた。岩盤境界点から何尺取るか。まだ揃っていないものがある。


まだ足りない。だが数字は揃う。


問題ない。来週には終わる。


椀が空になった。気づいたのは底を見てからだった。




午後、宿屋の基礎位置の測量をしていた。


縄を張った。杭を打った。角の位置に木炭で印を入れた。父の手帳の配置案と、自分の設計図を照合しながら、寸法を確かめた。


グランが隣に来た。


地面を踏んで、少し黙って、「ここは少し柔らかい」と言った。


「岩盤が深い場所ですか」


「水が集まりやすい。長年で地盤が緩む」


「対策は」


「深さを足すか、砕石を入れるか。どちらでも対応できる。ただし後者の方が早い」


カイは設計図に書き込んだ。砕石の量。深さの変更。


「父の設計にもこの位置に基礎がありました」


「そうじゃ」


「父は対策を書いていなかった」


「気づかなかったのかもしれん。三週間では、雨季を見ておらんからの」


カイは書き込みを続けた。


父の設計は輪郭だった。自分がそこに数字を入れる。


「グラン爺は」


カイは設計図から目を上げた。


「父が去ってから、ずっとここにいたんですか」


「そうじゃ」


「なぜ」


グランは少し間を置いた。一瞬、視線が北の石垣の方へ動いた。それから地面を一度踏み直して、「ここを離れる理由がなかったからじゃ」と言った。「それだけじゃ」


それだけ、という言い方で終わった。カイはそれ以上聞かなかった。


「砕石の調達は」


「ロッホが知っておる。二日あれば来る」


「では次の測量をします」


「ああ」


グランは地面から離れた足を、横に一歩動かした。カイの測量の邪魔にならない位置に移動した。


カイは縄を次の測点に移した。


グランが縄の端を持った。カイが縄を引いた。張力が指に戻ってくる。


二十年前も、同じ張りがあった。グランが縄を持って、父が数字を読んだ。今はカイの指にある。


縄を引いた。張りが指に戻る。グランは何も言わなかった。


カイは縄を張り直した。グランが、それを黙って持ち直した。


頼まれたものを、二十年間持っていた。


---あとがき: |

第5話です。グランが「お父上も同じ目をしていた」と言う——その一言から、カイが初めて「父も見えていたのかもしれない」と気づく話を書きました。

直接的な感情語を使わずに、父への手がかりをカイが静かに受け取る場面を意識しました。グランが測量の手伝いをしていたという過去が、今のカイとグランの関係に重なる構造にしています。

次話もどうかお付き合いください。

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