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証拠にする

紙の感触が、指先に残っていた。


夜通し残っていた。何の証拠になるのか——その問いも一緒に残っていた。炉が冷えた石の静けさを放っていた。外が白んでいた。カイは机の前に座ったまま、炭筆を置いた。机の端に、昨夜書いたものが並んでいた。冷えた空気が紙の表面を引いていた。触ると薄かった。追放状と変わらない重さだった。


一枚目——ヴァルスの発言を書いた記録帳の、昨日のページ。日付、時刻、来訪者の名前と人数、発言の内容。「私が握りつぶした」という一文は鉤括弧で囲った。ヴィルが扉の内側で書き取ったものと照合するために、自分でも書いた。


二枚目——父の手帳の末尾を写した紙一枚。炭筆で写した、消されたインクの跡。インクで塗り潰した下から、筆の動きだけが浮いている。その輪郭を、見えた通りに写し取った。


カイは二枚目を光にかざした。


朝の光が紙の繊維を透かした。炭の線が浮いた。末尾の署名欄の位置に、払いがあった。名前の一字目だけが残る、大きな払いだった。文字の始点の角度が見えた——書いた人間の癖だった。ヴァルスが昨日「手帳を見た」と言った。その手の癖が、紙の上にある。指先が紙の端で止まった。呼吸が、一拍遅れた。


問題は、これが何の証拠になるかだった。


カイは紙を置いた。


父の手帳の末尾に消されたインクがある。ヴァルスは昨日「父の手帳を見た、私が握りつぶした」と言った。二十年前のことだった。その発言が記録帳にある。消されたインクがヴァルスの筆跡だと証明するには、ヴァルスが書いた別の文書が必要だった——書記に渡した却下通知、辺境伯が署名した正式な文書、どこかに押印があるはずの書類。


それはまだない。


今日あることは——手帳の末尾の写し、一枚。昨日の発言の記録、一ページ。この二つだけだった。


それで今できることをする。


カイは記録帳を開いた。工程表のページを出した。炭筆を持った。今日、グランに北東角の基礎修正案を見せる。ヴィルには昨日の記録の写しを渡す。城門北側の杭の最終確認を午前中に終わらせる。


数字が入った。




ヴィルが来たのは朝飯の後だった。


集会所の扉を開けて入ってきた。帳面を袖から出しながら前髪を払った。机の上を一度見た——紙二枚と記録帳が並んでいた。


「おはようございます。昨日の記録の照合をしたいんですが、今いいですか」


「どうぞ」


ヴィルは帳面を開いた。「俺の控えが十三行あります。発言は六つに分けて書きました」


「見せてくれ」


帳面がカイの前に来た。ヴィルの字は大きかった。一行に情報を詰め込む書き方だった。発言の内容と、直前の状況と、カイの返答が同じ行に入っていた。カイは自分の記録帳と並べた。


食い違いは二箇所あった。


「ここ」カイは帳面の四行目を指した。「辺境伯が言った順番が逆になっています」


ヴィルは覗き込んだ。「ああ——『処分された』と『法の範囲内だ』の順番ですよね。どっちが先でしたっけ」


「処分された、が先でした。それから法の範囲内と言いました」


「分かりました」ヴィルは訂正を書き入れた。「もう一箇所は」


「最後の行。『今は誰も聞かなくていいです』は俺が言いました。辺境伯が言ったように書いてあります」


ヴィルは確認した。眉を寄せた。「あ、本当だ。俺の間違いです。訂正します」


「後で写しを一部くれ。記録帳に挟む」


「はい。——それと」ヴィルは帳面を閉じかけて、止まった。机の端の紙二枚を見た。一枚目の記録帳のページは分かった。二枚目の薄い紙——炭の線が走っているだけの白紙を、ヴィルは一度見た。


「それは」


カイは二枚目を手に取った。ヴィルに向けた。


「父の手帳の末尾にある、消されたインクの跡を写したものです」


ヴィルは受け取った。光にかざした——カイと同じことをした。炭の線が浮いた。払いの跡が見えた。


ヴィルは動かなかった。帳面が指の間から少し傾いた。紙を持つ右手と、帳面を持つ左手と、どちらも止まったまま、光の中にいた。息を一度だけ、静かに吐いた。喉が動いた。帳面を持つ左手の指が、ゆっくり紙を握り直した——手放せないのか、手放さないのか、どちらか分からない動き方だった。それだけだった。


ヴィルは帳面を開いた。何かを書こうとして、止まり、口を閉じたまま紙を見た。


「父上の手帳に消された署名がある」ヴィルは言った。声が低かった。いつもの速さではなかった。「昨日、辺境伯が『手帳を見た、私が握りつぶした』と言った。この写しと昨日の記録が一緒にあれば——つまり、辺境伯が関わっていたことの記録が、二方向から残る、ということですよね」


「今はそれだけです」


ヴィルは紙をカイに返した。帳面を持ったまま、一瞬動かなかった。


「証拠になりますか」


「今は、まだなりません」


「でも——ヴァルスが関わったと分かっても、使えなければ」


「使える日が来るかもしれない」カイは記録帳を閉じた。「今は記録する。それだけです」


ヴィルは帳面の角を親指で叩いた。


「辺境伯は放置するんですか」


「相手にしない」


ヴィルは顔を上げた。カイを見た。何かを言いかけて、口を閉じた。また帳面の角を叩いた——今度は二回。


「……分かりました」ヴィルは言った。帳面を袖に入れた。「では俺は石材業者への入金確認を午前中に終わらせます。昨日の記録の写しは昼前に持ってきます」


「頼みます」




グランが集会所に来たのは、ヴィルと入れ違いだった。


扉を開けるなり机の上を見た。紙二枚と記録帳。グランの目が一度止まった——老棟梁の確認の目だった。


「おはようございます」カイは言った。「北東角の基礎修正案を見てほしいです」


「飯は食ったかの」


「食いました」


グランは鼻から息を出した。「そうか」


机の前に来た。カイが羊皮紙を広げた——第二城壁の設計図だった。北東角の位置が三尺北に動いていた。大人の歩幅で二歩ほどのずれだった。水脈を避けたラインが赤の炭筆で引いてあった。基礎の深さが書き込まれていた。張り出し部——城壁の上端から外へ張り出す庇状の突出——の位置が追加されていた。上方からの矢を受け流すための構造だった。


グランは指先で北東角をなぞった。曲がったまま治っていない人差し指の第二関節が、紙の上を静かに動いた。


「張り出し部の重さは計算したか」


「はい。岩盤までの深さと基礎幅を使いました。問題ありません」


「基礎幅は」


「二尺。昨日の測量の数字です」


「城壁上端からの高さは」


「五尺上げます。矢が城壁上端に届いても、ここには当たらない角度で出します」


「よかろ」グランは少し顎を引いた。


老棟梁の指が、張り出し部の位置で一度だけ止まった。動かなかった。その指の重みが紙に落ちた——押さえる手ではなく、確認する手だった。カイはその止まり方を、承認だと読んだ。


「辺境伯が来たな」グランは設計図から目を離さないまま言った。


「来ました」


「返ったかの」


「返りました」


グランは何も言わなかった。指が設計図の上をゆっくり動いた——北東角から城門の方向へ、寄り道するように動いた。止まらないための動き方だった。


机の端の紙二枚に目が来た。一秒、止まった。その目が設計図に戻った。戻ったとき、目の速さが少しだけ違った——遅かった。何も聞かないと決めた目の速さだった。カイも何も言わなかった。


「石工が一人、今週から追加で入れる。経験十年の男じゃ」


「ありがとうございます」


「礼はいらん。必要だから入れるんじゃ」


グランはそのまま設計図から手を離した。


「城門北側、午前中に行くぞ」


「はい」




城門北側の杭は、午前中に終わった。


グランが地面を踏んで確認した。足の裏で地盤の固さを読む——老棟梁のやり方だった。カイが杭を打ち込んだ。木槌の衝撃が腕から肩まで返ってきた。岩盤に当たると音が変わった——鈍い音から締まった音に切り替わる。その瞬間、手首の震えが消えた。振動が骨を通って静止した。四尺、安定していた。


「深さは十分か」グランが横に来た。


「四尺です。岩盤に当たりました」


「もう一本、南に寄せて打て」


「はい」


木槌を構えた。次の杭を当てた。打ち込んだ——同じ締まった音が返ってきた。手首の下で地面が応えた。グランが足で地面を押した。「よし」それだけ言った。


測量紐を巻き取りながら、カイは北を見た。


北林の縁が見えた。昨日、ヴァルスの馬車が来た方向だった。今日は何もなかった。蹄音もなかった。石畳の振動もなかった——足の裏が今日の静けさを確認していた。昨日あったものが今日はない。その静けさが足の裏から腰まで上がってきた。体が、今日は来ないと知っていた。


グランが横に立った。炭筆を出した。記録帳に何かを書き始めた——自分の記録を自分でつけるのは、老棟梁の流儀だった。


「昨日の記録は写しを残したかの」


「ヴィルが昼前に持ってきます」


「そうか」


グランはそれ以上言わなかった。記録帳に地盤の数字を入れた。深さと地質と、今日の天気と、石工の名前。日付を入れた。


カイは測量紐を袋に収めた。


父が二十年前にハルムに来た。上申書を書いた。握りつぶされた。左遷された。死んだ——それが事実だった。その事実の周りに、今、数字が増えていた。記録が増えていた。ヴァルスの発言を書いたページ、消されたインクの写し、歴代管理人の記録の年表、陳情書が返付された書記の署名。


どれも今すぐ何かになるものではなかった。


だが今日の杭の位置は数字になった。記録帳に入った。明日の石材入荷で数字になる。来週の城壁の一段目が積みあがれば——カイは一瞬、北東角の張り出し部を頭の中に置いた。三尺分のずれ、二尺の基礎幅、五尺の高さ。石材は灰色で、雨に濡れると黒ずむ。その重さが地面に刻まれれば、どんな言葉も覆せない。ヴァルスが何を言っても、壁が立っていれば答えになる。


言葉で返さない。


建築物で答える。


カイは道具袋を肩に掛けた。


「問題ない」


グランが顔を上げた。老棟梁の目が来た。


「来週には終わる」


グランは何も言わなかった。記録帳を閉じた。炭筆を収めた。それで全部だった。




昼に、ヴィルが記録の写しを持ってきた。


帳面から切り取ったものではなく、別の紙に書き直した清書だった。ヴィルの大きな字で、十三行が整理されていた。カイは記録帳のページと並べた。


写しを記録帳に挟んだ。


「カイさん、一つ聞いていいですか」


「どうぞ」


「辺境伯は——これからもまた来ますか」


「来るかもしれません」


「来たらどうしますか」


「今日と同じことをします」


ヴィルは少しの間、何かを考えていた。帳面の角を親指で叩いた。一回、二回。


「辺境伯が来るたびに発言を記録する」ヴィルは静かに言った。帳面を持ったまま、訳すのではなく、確認するように。「来なくても壁を積む。どちらの日も、同じことをする」


カイは記録帳を棚に戻した。


「同じことをします」


ヴィルは帳面を袖に入れた。「了解しました」それだけ言った。余計なことは言わなかった。


扉を開けて出て行くとき、一度だけ振り返った。帳面を袖に収める手が、いつもより遅かった。


カイはすでに設計図を広げていた。


城門北側の数字が入ったページだった。今日の杭の位置、深さの確認、基礎幅の最終数字——炭筆がそこに動いていた。ヴィルは何も言わなかった。扉を閉めた。




夜になった。


城門の基礎案が一つ仕上がった。明日グランに見せる。石材業者への確認書を一通書いた。東壁ラインの残り区間の測量は明後日に入れる。ヴィルに連絡しておく。


記録帳を開いた。


今日のページに日付を入れた。城門北側の測量完了、杭数八本、岩盤確認済み、グランの同行あり。ヴィルの記録の写し照合完了、差異修正済み。石材業者確認書作成——送付は明朝。


書いてから、一度止まった。


道具袋を手に取った。底まで手を入れた。革表紙の感触が来た——使い込まれて角が丸くなった、薄い手帳だった。角の丸さが指先に来た。父がこれを毎日触れていた。二十年前のハルムで、同じ丸さを指先で感じていた。その同じ革が今ここにある。指先が表紙の上で止まった。冷たかった。縫い目の段差が一本、親指の腹を横切った。父の体温はもうない。


取り出さなかった。


指が革を離れた。まだ足りない。今ではない——今取り出せば何かが決まってしまう気がした。何が決まるのかは分からなかった。縫い目の硬さが指先に残ったまま、足の裏が止まれと言っていた。


触れただけで戻した。


父の手帳は道具袋の底にある。消されたインクの写しは記録帳に挟んである。ヴァルスの発言は記録帳のページにある。日付がある。書き取った者の名前がある。


今はそれで全部だった。


炭筆を持った。指先に炭の粉が着いた。設計図を広げた。


第二城壁の外壁線が机の端から端まで広がっていた。城門が二箇所、北と東に開いていた。北東角の張り出し部に、今日新しい数字が入っていた。城壁を積めば——雨に濡れても動かないものになる。


炭筆が止まった。北の方向で、かすかに風が鳴った。


炭筆が動いた。


問題ない。来週には終わる。



あとがき: |

第17話です。ヴァルスが去った翌朝——カイはヴィルと記録の照合をして、消されたインクの写しを見せます。「証拠になりますか」「今はなりません」「でも——」「いつかなるかもしれない」。ヴィルの確認は「辺境伯が来るたびに発言を記録する。来なくても、壁を積む。どちらも同じことをする」でした。カイはその日も城門の杭を打ち、グランに設計案を見せ、夜に工程表を更新しました。相手にしない、というのはただ無視することではなく——建築物で答え続けることだと思っています。ここまで読んでくださりありがとうございました。

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