第四話 忘れられた王子
第四話です。
王が死んでから二か月。
王都は変わった。
いや。
変わったのではない。
本来の姿に戻ったのかもしれない。
市場では王の話を聞かなくなった。
代わりに聞こえるのは貴族たちの噂だ。
「誰が次の実験を握る」
「どの将軍につく」
「南の領主が兵を集めている」
そんな話ばかりだった。
少年は興味がなかった。
今日も木剣を振る。
朝から夕方まで。
腹が減れば働き。
終われば振る。
気づけば身体つきも少し変わっていた。
細いままだが筋肉がついている。
以前なら持ち上げるだけで苦労した木剣も、今は十数回なら振れる。
それでも重い。
異常なほど重い。
「おい」
突然声をかけられた。
振り返る。
見知らぬ老人だった。
紙は白い。
腰も曲がっている。
だが目だけは鋭い。
「その木剣をどこで手に入れた」
少年は警戒する。
「拾った」
嘘だった。
老人は鼻で笑う。
「その嘘は下手だな」
沈黙。
やがて老人は木剣を見つめた。
「懐かしいな」
その一言に少年は反応した。
「知ってるのか」
「知ってるとも」
老人は目を細める。
「それは先王が若い頃に使っていた訓練用の木剣だ」
少年の心臓が跳ねた。
先王。
やはりあの日の男は本当に王だったのだ。
「なんでそんなものを……」
「知らん」
老人は肩をすくめる。
「だがあの方は変わった王だった」
どこか懐かしそうな声だった。
「兵より前を走り、将軍より多く傷を負い、王宮より戦場にいる時間の方が長かった」
少年は黙って聞く。
「だから民はあの方を好いた」
老人は空を見上げた。
「そして貴族は嫌った」
その言葉だけ妙に重かった。
老人は立ち去ろうとする。
だが数歩進んだところで足を止めた。
「そういえば」
振り返る。
「王子を見たことはあるか」
「王子?」
「先王の息子だ」
少年は首を振る。
王族など見たこともない。
老人は苦笑した。
「だろうな」
そして呟く。
「誰も見ていないからな」
「……?」
意味が分からなかった。
だが老人は続ける。
「先王が死んでから貴族たちは好き放題だ」
「王子はまだ若い」
「力も兵もない」
「だから誰も王になるとは思っていない」
少年は聞いているだけだった。
王の話など遠い世界だ。
自分には関係ない。
そう思っていた。
老人は最後に木剣を見る。
「だがもしあの方の夢を継ぐ者がいるとしたら」
一瞬だけ。
老人の目が木剣へ向いた。
「それはあの王子しかおらんだろうな」
そう言い残して去っていった。
少年はその背中を見送る。
そして再び木剣を見る。
先王の木剣。
夢を継ぐ王子。
知らない話ばかりだった。
だが胸の奥に何かが引っかかる。
あの日の王の背中が浮かぶ。
雨の中。
誰より前を走っていた背中。
少年はゆっくり木剣を握る。
振る。
重い音が響く。
そして気づかない。
運命が少しずつ動き始めていることに。
第四話でした。
今回は先王と木剣について少しだけ触れつつ、後に重要になる王子の存在を出してみました。
まだ主人公と王子は出会いませんが、少しずつ物語の中心へ近づいていきます。
読んでいただきありがとうございました。次回もよろしくお願いします。




