第1話 追放されました(独り言がうるさかったと後から聞きました)
本作は全35話予約投稿済みですのでエターなるはありません
「……それでも今日まで帰ってこられたのは俺がいたからだと思うけど」
言った瞬間、焚き火の周りが静まり返る。
俺はその理由に気づかないまま、リュックの紐を結び直していた。
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少し前に戻る。
「カナト。お前をパーティから外す」
ヴァルトさんがそう言ったのは、夕飯の後だった。
怒鳴らなかった。声を荒げなかった。穏やかで、まるで明日の天気を告げるような口調。それがかえって怖かった。
「上位依頼に向けてパーティの戦力を最適化する必要がある。お前の模倣スキルは、補助としてはまあ使えた。だが上位の敵には通用しない。これは感情ではなく判断だ」
感情ではなく判断。
その言葉がやけに頭に残る。
俺——カナト・ミレルは、Cランクの冒険者だ。スキルは「模倣」。相手の技を1時間だけ再現できる。それだけ。弱くはないが、強くもない。そういうスキルだ。
スキルというのは生まれたときから決まっている。世界樹が自動で割り振る。本人に選択肢はない。俺のは「模倣」だった。それだけは、最初から決まっていた。
「……わかりました」
他に言葉が出ない。もともと言葉が多い方でもないし、反論するほどの自信もなかった。
ヴァルトさんは静かにうなずいた。
カインが隣で視線を泳がせているのが見えた。若い剣士で、去年パーティに入ってきた。今夜は妙に落ち着きがなく、何か言いたそうな顔をしている。でも口は開かない。
ドリスは弓をメンテナンスする手を止めていた。こういうとき感情を顔に出さない人間だ。ただ、手が止まっている。それが全て。
俺はリュックを引き寄せて、荷物をまとめ始めた。
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問題の独り言は、そのときに出た。
本当に独り言だった。
声に出しているつもりはなかった。頭の中で整理していただけだ。でも時々、考えていることが小声で漏れる。自分では全然気づかない。
「……それでも今日まで帰ってこられたのは俺がいたからだと思うけど」
焚き火が揺れた。
全員、固まる。
俺はリュックの底に詰め込んでいた救急キットを取り出して、紐の結び直しを続けた。
重くなった空気には気づいた。でも、荷物の整理中だったし、別に今さら何かを言いたかったわけでもない。
しばらくして、ヴァルトさんが口を開いた。
「……それは」
「あ、ギルドカードは返さなくていいですか? パーティ登録は向こうで解除できると思うので」
ヴァルトさんが何かを言いかけて、止まった。
俺はその沈黙にも特に気を留めず、ロープをひとつ脇に置く。
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「カナト」
ヴァルトさんが続けた。いつもの穏やかな声。
「誤解しないでほしいが、お前の偵察情報は助かっていた。これは本当のことだ」
「そうですか」
「上位依頼では生死に関わる局面が増える。模倣では対応が難しいというのが私の判断だ」
「……そうですね」
返しながら、俺は頭の中で別のことを考えていた。
「……俺がいなかった依頼で何が起きたかは、俺が一番知ってる」
また静まり返る。
カインが小さく息を飲んだ音が聞こえた。
ドリスの手が、また止まった。今度は長かった。
俺は独り言を言ったことに気づいていない。本当に。ただ、当時の記憶がよぎっただけだ。三ヶ月前、俺が体調を崩して休んだ依頼で、カインが腕に大きな傷を負った。あの一件のことを、なんとなく思い出した。それだけだ。
ヴァルトさんは何も言わなかった。
珍しかった。あの人は大抵、間を埋める言葉を持っている。
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荷造りが終わったのは、それから十分後くらい。
リュックを背負って立ち上がる。焚き火の明かりで、三人の顔がぼんやり見えた。
ヴァルトさんは静かにこちらを見ている。カインは視線が定まらない。ドリスは弓のメンテナンスを再開していたが、目は手元を見ていなかった。
「お世話になりました」
俺は頭を下げた。
特に言い残すことも、思いつかない。
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野営地の出口まで来たとき、後ろから足音がした。
「カナト」
カインだった。
振り返らなかった。
「……なんですか」
足音が止まる。カインは何かを言おうとしていた。それは気配でわかった。でも言葉は来ない。
しばらく待った。
来なかった。
「じゃあ」
俺は歩き出した。
後ろで、カインが何かを言いかけた気配がした。でもそれは、俺が森の暗がりに入る前には聞こえなくなっていた。
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街道に出るまで、一時間ほど歩いた。
夜道は静か。虫の声と、自分の足音だけ。
人と話さなくていい。気を遣わなくていい。独り言が名言になることも、もちろんない。なにしろ周りに誰もいない。
なんとなく、息がしやすかった。
「……思ったより清々してるな」
口から出た言葉に、自分で少し驚く。
こういうことを思うのは薄情だろうか、とも思った。でも嘘をついてもしかたがない。気持ちは正直だった。
「おっ」
声がした。
街道の脇に、荷台を引いた老人がいた。馬が草を食んでいる。行商人らしかった。夜営の準備をしていたようで、こちらに気づいて顔を向けている。
「若いの、夜道を一人か?」
「はい、まあ」
「どこへ行く?」
「……まだ決めていないです」
老人はしばらく俺を見てから、ゆっくりうなずいた。
「……思ったより清々してるな、か。いい言葉だ」
聞こえていたらしかった。
「別に大した意味では」
「人生だろう、それは」
「は」
「何かを手放した後で清々している。それは正しい手放し方をしたということだ。良い旅を、若いの」
老人は荷台の方へ戻っていった。
俺は少しの間その場に立っていたが、特に言うべきことも思いつかないので、また歩き始めた。
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街道をしばらく行くと、前方に人影が見えた。
旅人らしき人物。こちらに向かって歩いてくる。
すれ違いざまに、その人物がこちらに一瞬だけ視線を向けた。
女だった。
年の頃は俺と近いくらいか。旅装で、腰に小さな鞄をいくつかぶら下げている。表情は読みにくい。
「……」
女は何も言わない。俺も何も言わなかった。
ただ、すれ違った後で、その女が歩みを一瞬止めたような気がした。
振り返らなかった。別に確かめる理由もない。
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街道を一人で歩きながら、俺はこれからのことをぼんやり考えた。
ギルドカードはある。食い物を買う金は少しある。次の宿場町まで歩けば、とりあえず身の振り方を考えられる。
スローライフ、という言葉が頭に浮かんだ。
誰にも注目されず、適当な依頼を受けながら、静かに暮らす。それが理想。
悪くない未来だと思った。
誰にも名前を呼ばれない一日。誰かに依頼されない一日。それが何日も続く場所。——それだけが、今の俺の目標だった。
思ったのだが。
「……なんか、嫌な予感がするな」
独り言が、夜風に混ざって消えた。
それを聞いた者は、この場に誰もいない。




