44.王妃の器
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そう考えていると、視線を感じてハッとする。しまった。
「し、失礼しました。えっと、でもその、……私がお聞きしたいのはですね、私が王妃に相応しいと本当に思っていただけているのかどうかであって」
いくら陛下が対等であると言ってくださっている部屋であろうとも、頭の中をモッチの新芽ショコラでいっぱいにして会話をブッチしていい訳がない。ある訳がないのよっ。
慌てて謝罪する私に、陛下がため息をついた。やばばばば。
「まだ分からないのか。これは難しいな」
「ターシャは自己評価が低いので、はっきりと言葉にしないと通じませんよ」
これは困ったなと笑う陛下と一緒になってバルまで笑いだした。
え、なにこれ。どういうこと?!
「ターシャ・ヴァロー。私が考える王妃の器とは、民の生活を守るために尽くせる者であること、そうして民の笑顔を我が事のように喜べる者だ。簡単そうで、これが意外に難しいのだ」
輝く金の瞳をやや伏せ気味にしながら、私を諭すための言葉を紡ぐ陛下の声が、小さな部屋に響いた。
確かに、守るべき相手が増えれば取りこぼす者が出ても仕方がないのかもしれない。仕方がないとはいえ、取りこぼされた方は堪ったものではないと思う。
陛下を前にして脳内で食欲全開にしてしまう私には、広く平らに国の隅々まで心を配るのは難しいことにちがいない。とても私にできる気がしない。
しょんぼりと落とした肩を、バルの手が励ます。
「ごめん、バル。やっぱり私にはむりぃ」
「ちがうよ、ターシャ。君はすでにそれを行いつつあると、陛下は認めて下さっているんだよ」
「は?」
あ。また間抜けな声を出しちゃった。やば。
なんだろう。終わったなーって思っているからだろうか。気が抜けてしまったみたいだ。
いつものように令嬢を装えない。
「デレル子爵領のことも、王妃を担ぎ出すことで新たな産業へと結びつけることを考えていたようだな。リュシュパン伯爵領のドラゴン対策もだ。一つの悩みを、もう一つの悩みと併せて解消する。素晴らしい視野の広さと知識の豊富さだ。尊敬に値する」
ぎしりと背もたれに身体をあずけ肘をつきながら、陛下がまるで歌うように楽しそうな声で続ける。
ちょっと気が抜けすぎだと反省していたところを褒められて、こそばゆい。
「あの……お褒めに預かり、光栄です」
こそばゆすぎて、頬が熱い。きっと顔が赤くなっているに違いない。
この部屋に呼び出された時にバルが淹れてくれた紅茶はすっかり冷めてしまっていたけれど、熱くなっている喉に気持ちいい。
「これでも駄目か。お前の婚約者は、なかなかの強敵だな」
「そこがいいんですけどね」
父と息子がこそこそと何か言い合っているけれど、聴こえない。むむっ。
「だからな、私はターシャ・ヴァロー、君ならば、ラインバルトの隣に立ち、この国の未来をより豊かで笑顔の多い素晴らしい物にしてくれると確信しているのだ」
「はい! ありがとうございます! そうですよね。参謀としてなら、不肖ターシャ・ヴァロー頑張れると思います!」
思わず立ち上がって礼をとり、陛下のお言葉を受け取った。
なのに。プーッと二人が同時に噴き出した。
さすがにこれは失礼すぎると思うのだけれど。ちょっと。どういうことなのよ。
怒りの表情を隠さずにいると、一通り笑って気が済んだらしい陛下が、目元にたまった涙を指でふき取りながら取り成しの言葉を口にした。
「あぁ悪かった。まさかここまで通じないとは思わなくてな。ターシャ嬢、私は君より王妃という地位に相応しい令嬢は他にはいないと思っているよ。勿論、ラインバルトの伴侶としてもね。それを伝えたつもりだったのだが、まさかあそこまで直接表現してさえ言葉の表面しか受け取って貰えないとは思わなくてね。つい面白くなってしまった。すまないね」
目元に笑いを滲ませたままの陛下から謝罪を受ける。受けたけど……これは。え?
「え。あ。し、シツレイシマシタ」
どう受け止めればいいのか分からなくて、正解を求めて横を見れば、バルも同意を表すように深く頷いている。
え?
え、ホントに?!
驚きに震えていると、すでに父であるヴァロー侯爵のサインの入った婚約証明書が差し出された。
「ホンモノだ」
呆然と見つめていると、あっさりとバルの手で取り上げられ、陛下の手元に戻された。
さらさらと、一番下の最後の空欄へ、陛下が署名してしまった。
そうしてその指に嵌められていた、指輪の形をした個人印を押す。
「貴族の婚約婚姻は国王の承認が必要なのだが、今回は父親である私が国王だからな。ふふっ。これでこの婚約は正式なものとなった」
「ありがとうございます」
「アリガトウ、ゴザイマス」
バルが頭を下げて感謝の言葉を口にしたのにつられて、一緒に頭を下げ感謝の言葉を口にする。
なんとなく片言になってしまったのが悔やまれる。
恥ずかしー。




