38.ラインバルト・エードルンドの気持ち
一話前の分も文字数載せときました(嘘)
みんな大好きヒーロー視点♡
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「論外だ」
渡された報告書を読んだ感想は、その一言に尽きた。
久しぶりに生まれた金系統の瞳を持つ高位貴族の令嬢。まぁ実際には薄茶という方が似合っている程度。それでも角度によってはそれなりに光って見えるようだが。
琥珀色の瞳を持って生まれた王族の一人として、その血を薄めずに次代へと繋げていくことも義務だと幼い頃から教え込まれてきた。
だから自分の婚約者候補だという侯爵令嬢について調査を依頼したんだけど。
「引っ込み思案で、専属侍女以外とはろくに口も利かず、肝心の瞳の色も他人と目を合わせるのが苦手で長く伸ばした前髪で隠して過ごしている、なんて。こんなの王妃どころか王子妃としてだって不適格だ」
いや、高位どころか下位の貴族夫人として家の差配を取り仕切ることだって難しいのではないだろうか。
「この娘を私の妻にするなんて、どんな罰だ」
長兄が持ち得なかった“金系統の瞳の持ち主”として生まれた次男という立ち位置だけだって面倒でしかないのに。
その妻として迎える第一候補が、こんな役立たずだなんて。
「絶対に嫌だ。長兄に押し付けて『愛ゆえに王位継承権を放棄して侯爵家に婿入りする』と言わせてやろう」
そうすれば、王位を継げない言い訳も立つだろう。
それきり、自分とは関係のない人物として忘れてしまっていた。
それからたった半年後。
私の人生は変わった。
「は? ヴァロー侯爵から極秘事項の件で報告があったというのですか?」
父王から執務室へと呼び出された。その内容に、片眉が上がる。
侯爵からの極秘事項の報告を受けて私が呼び出されるとすれば、その内容は初代国王の御力について。その一つしかない。
「そうだ」
「ヴァロー侯爵というと……まさか、あの引きこもり三女が? ありえない」
前に読んだ報告書を思い起こし、笑い飛ばした。
「失礼な言い方をするな。彼女はお前の婚約者候補だぞ」
「あの引きこもりを王妃にしたら、国が滅びますよ」
「お前は自分の頭が良いことを自慢しているようだが、そのような態度でいては誰もお前についていこうとはしないぞ」
「でも、この瞳がある限り、私の王位継承は確定。家臣たちは頭を下げてついてくるしかないんですよ」
仕方のない奴だと父王が首を振る。
そうして大きく息をはくと、父の顔から国王の顔つきになった。
「朝、目覚めてからの三女ターシャ嬢の言動が別人のように変わったらしい。そして目覚めたとほぼ同時に、専属侍女の怪我を言い当て破傷風の治療を強引にさせている」
「破傷風というと、あの死に至る怪我ですね」
「あぁ、そうだ。侍女はその時、小さな傷だと思って仕事を休んでもいなかった。それを無理やり医師の診察を受けさせたらしい」
「そういえば、ヴァローホイップ薬なる蜂蜜を使ったニキビ治療薬ができたのもつい最近ですね」
農業が盛んなヴァロー侯爵領らしい特産品を考え出した物だと思っていたのだが、もしかして、と口に出してみると父王が頷いた。
「そうだ。あれもターシャ嬢が寝起きに叫んだことがヒントそうだ。そうしてあの豪奢な容れ物を提案したのも、使用感を高めるためにクリーム状にする方法について考案したのも彼女だそうだ」
「馬鹿な! あの人見知りという言葉では足りないと報告書にあった令嬢がたった半年でそれほど変わるなんて、まるで初代国王の……」
息継ぎ少なく、一気にそこまで言ったところで、自分が何を言おうとしたのか気が付いて言葉を切る。
「そうだ。初代国王の御力を使った歴代国王のようだろう?」
にやりと笑った父王の顔が憎たらしくて、言い縋る。
「……しかし、ターシャ嬢のヴァロー侯爵家に降嫁があったのは、もう三代も前のはず」
「あぁ、そうだな。そうして、ヴァロー侯爵家に薄茶色の瞳を持って生まれた初めての令嬢だ」
「降嫁した王女とは似ても似つかないという話ですが」
報告書につけられてきた似顔絵を思い浮かべる。陰気な長い前髪と、俯き加減で肩の落ちた姿勢の悪い姿は、とてもではないが聡明であったという王女とは比べ物にもならない。
「今は、長かった前髪をばっさりと切って綺麗になっているそうだぞ」
「……」
「所作も一気に美しくなっているそうだ。良かったな」
「どういう意味ですか」
「そのままだよ」
そうして。彼女がメーダ語の本を探しているという話を聞いて、それを届ける役を引き受けた。
化けの皮をはがしてやるつもりだったのに。
私から見ても、彼女は本物だった。
本当にメーダ語を読み、本にすら書いていない知識をもち、自領を襲うハリケーンという脅威から民を守るべく奮闘していたのだ。
なんということだ。あの報告書にあった令嬢と、本当に同一人物なのだろうか。
前の彼女とは会ったことがない。自分で拒否したからだ。なのに、それが妙に悔しいし、勿体ないことをしたと胸に後悔が渦巻く。
それにしてもどんな人生を過ごしたら、これほど民たちの生活を思えるような令嬢に生まれ変われるのだろう。
どれほどの辛酸をなめたのか。
けれど彼女は明るく笑って過去を乗り越え、民に尽くす方法を模索していく。軽やかに。鮮やかに。
それが痛快で愉快だとすら思っていた私は、考えなしの馬鹿だった。
「あー。ハリケーン来るの、来年だよ。でもこのままテント村で寝ているところにハリケーンが来ちゃったら……」
ハリケーンが到来が刻々と近づいてきたある日、彼女は不安で押しつぶされそうになっていた。
細くて小さな肩だった。メーダ語で書いているハリケーン対策のノートを捲り、ペンを握る手も小さい。小さなその手は、焦りからなのか不安からなのか、震えていた。
そこに座っていたのは、大人顔負けの知識とそれを活かせる知恵を持つ華々しく痛快に活躍する令嬢などではく、ただの14歳の令嬢だった。
報告書にあった通りの、侍女のスカートに隠れて生きてきた自分に自信のない少女がそこにいた。
王族として生まれた瞬間からその重責を背負わされてきた自分とは違って、侍女のスカートの陰に隠れていきてきたような少女が背負うには、あまりにも重い未来。
その重い荷物を半分持たせて欲しいと願う。
そう思った時には、恋に落ちていたのだろう。
彼女から、隠し事をもつ苦しさだけでも取り除いてやりたくて、聞き出さない約束をした。──本当は初代国王の御力で時を戻してやり直しているのだろうと分かっていたけれど。
きっとやり直す前の人生は、彼女にとって思い出すのも辛いほどの傷になっているんじゃないかと思ったから。
そうでなければ、とっくに信頼する侍女や母か姉にでも打ち明けているだろう。
後ろ暗く話したくないからこそ、胸に秘めておくしかないし、誰にも話せないから苦しいのだ。きっと。
だから無理やり聞き出すのではなく、甘いショコラを口元へ運び、笑い合った。
ターシャによる対策は功を奏し、ヴァロー侯爵領は大きな被害を受けずに済んだ。
また周辺地域に対して、自領が被害を受けた時のために備蓄していた品々や集めていた人材を派遣するなどして、あっさりと被害を最小限に食い止めてしまうなど大活躍だった。
これでなんの憂いもなく、一緒になかよく学園生活を送れると思った私は短絡的すぎた。
周辺地域までもその優しい手を伸ばした彼女は、女神とまで称されるようになっていた。男子生徒のみならず女子生徒たちからも憧れの存在で、油断も隙もあったものではない。
早々に、彼女を婚約者としてしまえばよかった。
そうすれば、こんな風に教室で威嚇するように自分たちの仲を匂わせるだけなんて遠まわしなことをしなくて済んだのに。
ハリケーンが過ぎるまでは彼女としてもそれどころではないだろうと様子を見ていたのは失敗だったと思っても今更だ。
一応、ヴァロー侯爵家には正式に婚約を結びたいと申し入れをしてあるけれど、ターシャを溺愛するようになった家族全員が、「ターシャ自身が望まない限り婚約を受け入れることはできない」と言ってきた。くっ。でも、私もそう思う。
私自身が、初代国王の御力を次代へと繋ぐために選ばれた者同士としての婚約ではなく、彼女に伴侶として望んで欲しいと切に願う気持ちが強くあった。
「学園で共に過ごす時間を持つことで、自然と想いあえるようになっていけたら」
だが、その知見の広さが有名になりつつあった彼女の元には数多の相談という事業が持ち込まれていく。
楽しそうにそれらに取り組む彼女も、一緒に生徒会役員として働く彼女も魅力的だった。
羽虫のように彼女に群がる男子生徒どもを牽制しつつ、彼女の隣を死守した。
傍にいれるだけで、楽しかった。幸せだった。ずっと見つめて、誰より傍にいた。
──だから、最終学年に上がる前くらいから、彼女の様子が変わったことに、すぐに気が付いた。
遠い国からやってきた留学生の顔を見た途端、顔色が変わったことにも。
それ以来、彼女は本当の意味で笑わなくなった。
遠くを見ていることが増えた。
誰を探しているかなんて、すぐに分かった。
──あいつか。あの男が、彼女が時を戻してしまうほどの後悔をさせた存在か。
初代国王の御力を使った王族たちは皆、死ぬほどの後悔に襲われた時、時間を戻す。
それは自分の為ではない。誰かを救えなかったことに対する後悔でなければ、発動しない王の力だ。
てっきり専属侍女の死に至る怪我に気づかずにいた自分を責め、それに気を取られている時にハリケーンに襲われて領民を失ったことが切っ掛けで力を発現させたのだと思っていたが、違うらしい。
たぶんきっと、前の彼女は、あの男に恋をした。そうして死ぬほど後悔をした。
そう想像するだけで、胃の腑が捩れるほど苦しかった。
どうしようもない黒い想いが胸に渦巻く。嫉妬だ。なんと醜い気持ちなのか。
嫉妬に揺り動かされて、彼女の部屋に押し入った。
婚約者候補でしかない状態だというのに、勢いで、婚約者だと言い張った。そうでも言わないと強い立場に出れなかった。
それは反省すべき行動であったけれど、後悔はしていない。今でも。後でいくらでも怒られよう。
その結果として、彼女に残った未練を断ち切らせることに成功し、この腕に抱くことができたのだから。
決して口にしようとしなかった前の人生への後悔を、そうして今の彼女が隠していた私への想いを口にしているのを聞けたのだから。
「あいしてる、ターシャ・ヴァロー。卒業したら、結婚して」
ずっと告げたかった愛の言葉に頷いてくれた愛しい彼女を手に入れられたから。
長すぎたかしら。
半分に切るべきだったかも。




