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39.王太子妃ってどういうこと?!



「聞いてないです!!」

「でも、金の瞳の持ち主に関する説明はしてあるよね」


 断固とした態度で抗議しているというのに、ラインバルト殿下は心底心外そうにするだけだった。

 でもね。あなたのその目、笑ってますから。

 なぜ抗議されているのか分からないという雰囲気を醸し出しているけれど、私にはわかる。

 これは私を、言葉で丸めこもうとしているんだ。間違いない。


 負けるものかと思うけど、でもでもでも、美形しかも好みの顔というものは、笑顔の圧が激強い。つよつよだ。


「そ、れは聞きました。聞きましたけど! でもだからって、第二王子であるラインバルト殿下が王太子だなんて! おかしいじゃないですかぁあぁぁぁぁ!」


 声の大きさで、美形の笑顔という圧をはね除ける。

 王太子妃ってことはよ? 未来の王妃ってことじゃないの! そんなこと、受け入れられる訳がない。許されないわ。


「第一王子殿下のお立場はどうなるのです。お兄様だって、とても優秀なお方だと聞き及んでおります」


 そーだそーだ! 弟が兄より上に立つなんて。国が二分されかねない。良くないぞ。


 まぁそんなことよりなによりも、娼婦だった記憶を持つ私が、国母になるなんて。無い。ないない。ありえない! 無し寄りの無しというより、そりゃもう絶対無しなんだわ。


 いやそりゃね、今この時、この身体はまっさらよ。キスの一つもしたことがない、完全完璧な純潔だ。けれど。魂はけがれきっているというかなんというかこう。駄目なものは駄目なのよ。


「第一王子である兄上の瞳は青だ。それでも他に誰も琥珀の瞳を持っていないなら立太子できたかもしれない。だが、私がいる。私は、初代国王の力を揮える証となる琥珀色の瞳を持って生まれ、幼い頃から国王となるべく教えを受け、研鑽してきた」


「それは、そうです、けど」


 指摘されてみれば、至極当然なことだと思って口籠る。

 たぶん私も、友人として横で聞いているだけだったなら「なんでそんなことも分からないの?」と首を傾げることすらしていそうだ。


 それでも、じーっと恨めし気な視線を送ってしまうのは、仕方がないことじゃない?


「というかね、長兄の愛する恋人は伯爵家のご令嬢なんだよ。グレーの瞳が、吸い込まれそうなほど綺麗なんだってさ。伯爵という爵位は高位貴族だけれど、金の瞳を持たない第一王子が立太子するための後ろ盾にはなれない」


「しかし」


「高位貴族であるヴァロー侯爵家の令嬢であり、金の瞳の力を発動して領地を助けたターシャ嬢ならば、初代国王の御力がどれほどこの国の未来にとって重要であるか誰よりもよく分かっているはずだ」


 じっと目を見つめられて、視線を彷徨わせた。


 死に戻る前のヴァロー侯爵家およびその領地の有様は、酷かった。酷すぎた。

 知識を持ち帰り、悲劇を食い止められた私には、あの力がなくなっても構わないとは到底言うことはできない。

 自分の領地は助かったから、なんて言えるはずがない。


 黙り込んでしまった私に、ラインバルト殿下は笑いかけた。いたずらっ子の瞳で。


「それにね、なにを気にしているのかは分からないけれど、私はターシャ嬢が元の性格のままだったら好きになっていないんだ。ごめんね?」


「は?」


「ヴァロー侯爵家に私と同じ歳の薄茶色の瞳の令嬢が生まれた時点で、君は私の婚約者候補、というか王族の誰かの婚約者候補となった。でも、調べてみたら大好きな侍女のスカートの後ろから出てこないような引っ込み思案で重度の人見知りだというじゃないか。とても未来の王妃には選ぶことはできないからね」


「そ、そうですよね」


 くやしいけれど、間違いない。前の私は、クレアとしか話をしようとしなかったし、クレアが死んでからは世界で一番不運で不幸な存在だと自分を可哀想がっていた。


 全然、可哀想なんかじゃなかったのに。


 もっとずっと不幸な子どもなんか世界にはたくさんいて、衣食住に困るという言葉は私の生活レベルに対して使っていい言葉じゃなかった。


 親からの愛だって、私が気づかなかっただけでちゃんとあった。


「前の、ターシャが死に戻る前のヴァロー侯爵領が受けた災害の復旧が遅れていたことについては推測しかできない。多分だが、王族の婚約者の家であるにも関わらず国からの補助が薄かったのは、申し訳ないがまだ誰の婚約者になるか決めかねていたのだと思う。だから予算をどこから出すか、どの規模の補助を出すか、決めかねているうちに時間が経ってしまったのだろう」


「そう、ですよね。誰も手を、あげないですよねぇ」


 自然と目線が下を向く。恥ずかしくて顔を上げていられなかった。

 当たり前だ。あの私には、王妃どころか王子妃だって無理。それどころかどんな高位貴族夫人のお役目だって果たせないことは明確だった。


 ハリケーンの被害を受けたのはヴァロー侯爵領だけじゃないんだから、王太子妃の婚約者家への補助金とただ初代国王の血を濃く残す貴族家婚約者の家に対する補助金には雲泥の差がでる。出て当然だからこそ、なかなか復旧支援金について決められなかったのだ。


 侯爵家の娘として生まれた義務もなにもかもを放棄していた前の自分が、これほど情けなく思ったことはない。ううん。何度も馬鹿だったと後悔してきたけれど、今回が一番胸に刺さるものがある。


「前にも言ったと思うけれど、何度でも言うよ。私は、死に戻って、大好きな侍女と家族と領地の民のために頑張ったターシャ・ヴァローを好きになった。愛しているのは、今の君だけだ。激しく後悔したんだろう。辛い思いをたくさんして。けれど、そこから君は、よく頑張った。私は困難を乗り越え、周囲に笑顔をもたらした君を尊敬している」


 弾かれるように、顔を上げる。そこにある琥珀色の瞳にやわらかな視線で見つめられたまま告げられた言葉。その意味が頭の中にしみこんだ瞬間、ぶわっと頬が熱くなった。


「そ、そうですか」


 そう答えるのが精いっぱいで、せっかく上がった顔を背ける。駆け引きどころじゃない。頭の中はまっしろだ。


「それに」


 そっと、私の頬を、ラインバルト殿下の手が包み込んだ。視線を合わせられる。琥珀色の綺麗な瞳。私だけを見つめる殿下の顔は、いたずらっこの表情に戻っていた。


()()ターシャ・ヴァローと初めてのくちづけを交わすのは、私なんだろう? それ以外も。なら何の問題もない。まぁ私としては夜の百戦錬磨だったとしても問題ないんだけどね」


 くすくすと笑って告げられて、目を瞬く。


「バル!!!」


 瞬間、頬の熱さが照れなのか怒りなのか分からなくなった。


「あはは。やっと前みたいに呼んでくれた。私のターシャ、愛しているよ」





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