27.どんな戦いでも、最初が肝心
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「ヴァロー侯爵家三女ターシャにございます。皆様、一年間よろしくお願いいたします」
教室の入り口で淑女の礼をとり、名乗りを上げた。
前回、入学初日にこうして名乗りを上げてから入室してくる生徒がほとんどだった。
後ろの扉からこそこそと入ってしまったことを後悔したけれど、結局進級した時も恐怖が先にたって一度も名乗りを上げないまま入室してしまっていた。そのことは今も後悔してる。
あの後悔を繰り返すまいと心に決めてきたのだけれど、名乗りを上げたのに教室内がシーンとしいて居た堪れない。
おかしいな。前の時は挨拶をしたご令嬢に挨拶を返したりしながら交流していてた記憶なのに。ものすんごく羨ましかった。だから今回こそと思ったのに、私はまだ何か間違えているの? 仲良くしたいと思って貰うには、まだ何か足りないっていうの?!
お金を稼ぐだけじゃ、足りなかったというのかしら。まぁね、幼い頃から交流するとかなかったしね。ヴァロー侯爵家、王都からちょっと遠いからね。
平静を取り繕いながら、頭の中でぐるんぐるんと思考を巡らす。
昔の私が顔をのぞかせる。あぁ、今すぐ走って家に帰りたい! クレアに抱きついて泣き言を漏らしたい。背中を摩られて、甘やかされたい。
なんてね。負けないわよ。ここで逃げてちゃ、ド屑男にだって勝てないってことだもの。
静かな教室に笑顔を向ける。覚えておけよ、私と今、仲良くなろうとしなかったことを絶対に後悔させてやるからな。全員の顔を覚えるために、教室内にいる一人ひとりと視線を合わせて嫣然と微笑んでやった。くそがぁっ。
最後ににっこりと完璧な笑顔を浮かべて、空いている最前列中央の席にでも座っていることにする。
確か、教師が来るまでは自由に席に着いていてよかったはずだ。
そう思って足を踏み出そうとしたところで、教室の後ろから近づいてくる人がいることに気が付いた。
「ごきげんよう、ヴァロー侯爵家三女ターシャ嬢。ラインバルト・エードルンドだ。一年といわず、よろしく頼む」
中性的な美形がひとり。立ち上がって声を掛けてくれてホッとして顔を見上げた。
けぶるような濃いまつげに縁どられた美しい瞳が、まっすぐにターシャを見ていた。見ているというより、むしろこの視線は観察しているようだ。ふーん。
輝くような銀色の髪と、明るい琥珀色の瞳。なにより、その氏姓。なるほどなるほど。
「王国の若き太陽ラインバルト第二王子殿下へ、ご挨拶申し上げます」
「あはは。ここは学園だ。王子とか殿下とかやめてほしいな」
先ほどの入室時の礼より、より深く腰を下ろして最上級の礼をとった私に、殿下が笑いだした。軽く手を振り、学園でクラスメイトとしての振る舞いを許してくれる。
すっごい作り笑いだ。きんもっ☆
「久しぶりだね、ターシャ・ヴァロー嬢。学園で会えることを楽しみにしていたよ」
久しぶりってどういうことよ。私、王都になんて来たの初めてなのに。
少し思案するように視線をずらし、頬へ片手を当てる。
「失礼ですが、どなたかとお間違えではございませんか。ヴァロー侯爵領は王都から遠くて。災害のこともあって余裕もなくて、わたくし、学園入学のために初めて参りました」
しまった。嘘じゃないんだけど、王族に割く時間はねぇと直球で伝えすぎかしら。
「ふふ。相変わらず、君はおもしろいことを言うね。ターシャ」
「ふえ?」
突然、呼び捨てされて、顔を向ける。
笑ってる顔に、見覚えはない。
でも、その声は、知っている。知っていた。
カッと怒りが湧いてきて、体が震える。
「だ、騙したわねっ? あなた商人だなんて言って我が家に出入りして、どういうつもりなのよ、バル! ……あっ、」
周囲の視線を忘れて喚き散らしてしまった。
なんということだ。いきなりボロが出ちゃったぞ。
今更両手で口を押えても意味はない。目を閉じたって一緒だ。無かったことにはできない。分かってる。
分かってるけど、怖くて周りを見る気になれない。
「あはは。私は一度だって自分を商人だなどと言った記憶はないよ。ターシャが勝手にそうだと思い込んだだけだ」
楽しそうに笑う瞳が、柔らかく私を見つめている。
「ううう。嘘つき」
王子? 平民だと思ってたのに。単なる貴族ですらなくて、一気にすべてを飛び越して、王子様ってどういうことなの!??!?!!?!?
恨めしさに、言葉の選択が甘くなってしまったわ。駄目だめ。衝撃が大きすぎてぽろぽろと悪口が口から……げぼんげほん
噎せた振りで誤魔化そうとする私の手を取ると、商人もとい王子様は、そこへ唇を寄せた。
「酷いな。私と君の仲なのに」
「どんな仲だというのですか。変なことを言うのはやめてください!」
慌てて手を取り返そうとしたけど、細いくせに力が強くて取り返せない。
「ショコラを私が手ずから食べさせてあげただろう?」
きゃーーー!!! 周囲から大きな歓声が上がる。
思わず自由な方の手で耳を塞ぐ。熱い。
「わ、忘れてくださいませ! 私も忘れましたわ」
そうよ。平民じゃなかったとしても、王子様相手じゃどうにもならないということに違いないんだから。
「あはは。それ、忘れてないってことだよね。いつもみたいにバルって呼んでよ。私を愛称で呼べるのもターシャだけだよ」
「ギャーーー!」
ぐいっと腰を引き寄せられて、今度こそ本気の悲鳴を上げた。




