24.ハリケーン
■
ハリケーンは記憶にある通りの激しさで、寝静まった夜のヴァロー侯爵領を襲った。
屋根が飛んで行ってしまったり壁に穴が開いてしまった家もあった。
けれど死者はゼロ。
元小麦畑に造っておいた調整池や周辺の刈り取りが済んだ小麦畑へ水を流し込むようにしておいたのが功を奏した。
街は水没することはなかった。
家が壊れた人たちは、すぐに近くの教会(建て直しはしてないけど補修済)に駆け込みそこで保護してもらえたそうだ。よかったよー。
でもさすがに、庭に植えていた大きな木が倒れこんで壁に穴があいた衝撃で、ベッドから転げ落ちて腰を打ったのはねぇ。防ぎようがない。うん。ご愁傷様だ。運が悪かったとしか言いようがない。
でも、家族が見捨てずにちゃんと教会へ連れていってくれたのは凄いと思う。
そういうのいいよね。
収穫したばかりの小麦の保管は各個人ではなく高台の倉庫だったから、水浸しになったり泥まみれになって黴に侵される心配もない。勿論、契約した分の納品予定の小麦も無事だ。
家が壊れて住むところを失くした領民は少なく、彼らも朝になって避難先の教会から元孤児院へ移動して貰った。
そこでゆっくりと心と体の疲弊を癒して貰ってから、これからについて相談を受けるつもりだったんだけどね。
先に孤児院へ避難していた職人たちが、入れ替わるように街へと繰り出し、あっという間に補修してくれたのだ。吃驚した。
あ。職人たちは雨が降ると分かった時点で、古い方の孤児院に移動してもらっていたの。すっごく感謝された。でも避難したのは一緒なのに、まさか率先して街の復興に手を貸して貰えると思わなかった。直しているところを見つけた時には、本当に驚いちゃった。
「どうして」
「この領地の人たちには良くしてもらってますからね。勿論、領主様方にも」
まぁこれについては無料という訳でもなかったけどね。
相談した結果、領主としてヴァロー家から材料費を支払うことで落ち着いた。本当は賃金も出すといったけれど、「勝手に修理しといて料金を受け取るなんて、詐欺師になった気分になる」と笑って断らわれた。
一月後には、元通りとまではいわなくても、いつも通りのヴァロー侯爵領に戻っていた。
被害は最小限に抑えることができた、ということだ。
「ありがとう、ターシャのお陰ね」
「そんな! お母様が、慈善事業として教会の建て直しの許可と予算を優先してくださったお陰です」
「でも、私には高台の教会と孤児院がそれほど困窮していると知ることはできなかった。忙しさにかまけて、慰問に行きやすい場所だけ訪れて、そこで見た範囲のことしかしなかった。怠慢だったわ」
「おかあさま」
「そうだ。ヴァローホイップ薬も、ヴァローショコラ酒も、デュラム小麦と乾燥パスタもだ。ターシャが教えてくれなかったら、今頃このヴァロー侯爵領がどうなっていたか。想像するだけで恐ろしいよ」
実際には、そのすべてが無くて。ヴァロー侯爵家は没落寸前、領地の経済は壊滅状態に陥った。
──皆が不幸になるのを、阻止できた。
じわじわと実感が湧いてきた。胸も頬も熱い。
「クレアぁぁぁ」
ムズムズする気持ちを持てあまして、大好きなクレアにすがる。結局私は、甘えたなのだ。
思うまま、少しごわついた侍女服に顔をうずめる。
「まぁ、お嬢様ったら」
笑顔で頭を撫でて貰うと、ホッとした。
「ターシャちゃん、そこは『おかあさま』でしょう?」
「『おとうさま』でもいいんだぞ」
「ふふふ。そこはターシャがひそかに憧れているわたくしでしょ」
「わ、私でもいいぞ。鍛えているから、抱き上げることもできる」
二人の姉まで参戦してきて、私は恥ずかしいやら嬉しいやらでパニック寸前だった。
こんな風に家族で集まって冗談を言い合うことができるなんて。
今でも私が死に戻った理由は分からない。けれど、それでも、その奇跡に感謝した。
「ありがとうございます」
幸せで。幸せすぎて。
口から感謝の言葉が滑り出ていく。
これ以上の幸せを望んではいけない。
何故か、すとんと、そう思えた。




