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19.或る美食家さん賛歌



 まぁこのお酒の売り上げに関しては私には関係ない。お家での食事がよくなったり、新しくドレスを作って貰ったりした程度だ。


 ではなぜ私がこれほどお金持ちになったかといえば。


 ショコラと本で浮かれ切っていたけれど、あの時、もう一つ届けられたもの。


「デュラム小麦、育ってよかった!」


 そうなの。お願いしておいたデュラム小麦の種籾。あれが、めちゃくちゃいい感じに育っちゃったのだ。


 試験的に育てるだけのつもりだったんで、今ある農地とは離れた場所に農場を作るつもりだった。ヴァロー侯爵領で育てている小麦と交配したら農家さんたちが困っちゃうから。


 だから今ある小麦農地から離れてて、でも孤児院の子供たちに手伝ってもらうために孤児院の傍で、陽当たりと風通しの良い場所を、とかいろいろな条件をあげていった結果として孤児院の裏手、丘の上を選んだのよ。



 一応は孤児院と教会にはそれぞれ井戸があるし、最悪そこにポンプでもつけて汲み上げ易くして、簡易的な水路でも作ろうかなーとか考えてたんだけど。


 そうしたら、デュラム小麦ちゃんってばむしろ湿気に弱くてすぐに根腐れしたり、葉っぱに黴生えちゃうから、水はギリギリで育てていいというか、むしろ乾燥に強い。高台でも大丈夫どころか風通しもよくて最適だった、という訳。


 奇跡じゃない?


 製粉も、本当にデュラム小麦は胚乳が硬いらしくて他の小麦と同じように風車で挽くのは難しかったけど、石臼に水車を繋げた昔の製粉機なら粒大きめの、中粗挽きと言えるくらいまでは粉状にできることが分かった。まぁすっごく時間はかかるみたいだけどね。


 そうして美食家さんの資料を基にパスタを打って切り分けて乾燥させてみたら、その時点で結構ちゃんと私の記憶にあるメーダのパスタだった。


 たしかに不格好だったり、歯ごたえがありすぎだったりはしたけれど、この国の一般的なパスタであるニョッキとは全く違う新食感で、むしろこの噛み応えがありすぎるのがいいと職人さんたちには大好評だった。


 丸めた形で乾燥させるので携帯性もよくて、旅の食事の定番スープに突っ込んで好きな硬さまで煮込んで食べると良さそうだと、仕入れにきた商隊の人から提案されてやってみたら最高だった。

 硬く焼しめたパンよりずっと応用がきくし、何より美味しいのだ。


 今は、水分量や捏ね時間、乾燥方法などの検証を進めて貰っている。

 場合によっては、二度挽きするとか、製粉方法も変えてみるべきかもしれない。

 成形の仕方もいろいろあるみたいだし。


 試してみるべきことはまだまだたくさんある。


 それにしても、ここまであまりにもスムーズ過ぎない? って思ったんだけど。でもスムーズだからといって何も問題はないのだった。


 なにより、美食家さんの手記様さまなのである! すごいよ、或る美食家さん!!


 だって私が覚えているのなんてあまりにも大雑把すぎる情報だったから。

 季節ごとのデュラム小麦の畑の様子もスケッチされてた。


 ホント、食に対する情熱をものすごく感じる。


 そうそう。手記の内容に感動してたら、あの商人の彼に「これを持ってきた私の目の付け所にも感謝するべきでは?」と言われたのよ。


 だから「名前も名乗らない商人見習いには、感謝の捧げようもないわ」って返した。

 声が上ずったりしないで普通に言えたのか自分でも分からないわ。どっきどきしてたわ。


「私の名前を知りたいと言わなかったので。ご令嬢からも自己紹介を受けていなかったですしね」


「そういえば。そうだったかしら。ごめんなさい、ヴァロー侯爵家三女ターシャよ」


 こういう時、知ってる癖に、と言っちゃうのは野暮というものよね。

 できるだけ気取って答えてあげた。


「私のことは、バルと呼んでください」


 平民に氏はないものね。

 相変わらず分厚い眼鏡だけど。その向こうで、私を見る目が、笑っていた気がする。



「彼の手、暖かかったな。私の手より一回り大きかった」


 なんとなく、あの手を思い出して自分の手を摩る。


 出会ったときはほとんど変わらなかった背丈もぐんぐん伸びて、今は頭一つ分くらい差ができた。

 バルは、会う度に少年っぽさが抜けていき、大人びてきた。


「格好よく、見えちゃうのが、くやしい」


 私は全然変わらないのに。少しは背が伸びたけど、それくらいだ。


「次はいつ会えるだろう」


 ……はっ。また彼を思い出してた。しかも思いの馳せ方が、ちょっと変質者っぽくなかったかしら。駄目駄目。私は淑女。もう14歳なのよ。


 もう。こんな風に思いに浸るの、何度目なのよ、私。


 クレアの生暖かい視線が痛い。ううう。もしかしなくても口に出してたのかしら。最悪だわ。

 しかも何も言われないのが、さらに心をえぐってくる。くっ。


 もしかして自分は惚れっぽいのだろうかとうなだれる。そんなの嫌すぎると首を何度も横に振った。

 もうとっくに冷めて飲みやすくなっていた紅茶を飲んで心を落ち着かせる。


 でも、3年近くたってようやく名前を教えて貰えた。うん。ずっと聞きたかったのに、聞かなかった私がアレなんだけど。我ながら、ちょっとというかかなり馬鹿だと思うわ。奥手すぎないかしら、今回の私。


 いいえ、そんなことはないわね。前のターシャが今の年の頃は、使用人ですら異性同性問わず、気安い口を利く相手なんかいなかった。


 冗談どころか単なる日常の会話すらしていなかったもの。それを思えば、ものすごい進化なのかも。


 うん。私は頑張っている!


 とにかく。美食家さんの手記に、捏ねるための台は大理石がいいと書いてあったので、それを作って。


 木で作った枠に金属線(ワイヤー)を掛けて渡した製麺機(キタッラ)(伸ばした生地を上におき、麺棒を転がして押し付けることで麵状に切り分けるんだって!)の絵もあったから、それも作って。


 乾燥させるための台もいっぱい作って。


 もちろん保管に適した倉庫も作った。孤児院作るついでに頑丈なの作っちゃった。いざとなったら、ここにも避難者を収容できそうだ。


 あと、宿泊施設とか商業施設区域も作ることになった。なっちゃった。


 まだ計画だけだけど。とりあえず今はテント村と屋台で対応してもらってる。だってほら、もうすぐハリケーン来るし。建ててもすぐ壊れちゃうかもって思うと平地に作るのを応援するのはためらう。





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