18.ヴァローショコラ酒
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「ぁあっはっはぁー! おっかねもちーっ♬」
今日届いた口座残高通知を前に、つい歌うような声が衝いて出た。
「お嬢様、そういうのはさすがにお下品ですよ」
クレアが苦笑しながらお茶を出してくれるのに、ぺろりと舌を出した。
「はぁい。クレアに怒られちゃった」
「もう。突然、大人のように働きだしたと思ったら、急に子供っぽいことをされるんですから」
肩をすぼめてクレアのお小言をやり過ごす。
でもだって、本当にうれしいんだもん! これだけあったら、もうあの貧乏な未来はやってこないと思うのよね! ……まぁ、まだ本当の試練はこれから来るんだけど。
死に戻ってから3年が経った。
ヴァローホイップ薬はニキビ治療薬および化膿止めとして特許を取得したのだ。
薬師協会から「何卒!」との、お願いがあったんだよねー。
顔に塗っても垂れてこない蜜蝋が分離してこない製法が、どうしても知りたかったんだと思う。ちょっと試せばわかるんじゃないかと思うんだけど、なんでだろうね? 基礎実験苦手なのかな。正しい製法がそこにあるのにって思うと面倒くさいとか?? 不思議だよね。絶対にすぐ真似されて終わると思ったんだけど。まぁいい。
でも権利を手放すつもりはさらさらないのでぇ(下種笑い)
最初の契約料だけじゃなくて、半年に一度、ヴァローホイップ薬の製法を使った薬全部の売り上げの1割がヴァロー侯爵家へ入ってくる契約にして貰った。
つまり、ちょこっと改変したから違う薬と言い張ることができないようにしただけじゃなくって、他のまるで違う薬に製法を転用した場合も支払い義務を負うようにしたのだ。
私ったら賢い!
これは安売り対策でもあるの。こうすれば、特許料込みで儲けを出さなくちゃいけなくなるでしょう? ウチの器に中身だけ安物の粗悪品を詰め替えられて効果が出ないとクレームをつけられても困るのよね。
粗悪な材料を使ってあるにもかかわらず安くなければ誰も買わないでしょ。たぶん。減るんじゃないかな、うん。
王宮公証人の入った正式な契約なので、嘘をついて利益を誤魔化した日には莫大な罰金と、ヴァロー家への賠償で、儲けが吹き飛ぶどころの騒ぎではないことになる。
まぁね。そういう王宮公証人を入れなくとも我が家は侯爵家だし、そんじょそこらの商人が束になったとしても楯突こうとは思わないはずではある。
前の時みたいに、借金だらけで没落寸前っていうことも今はないんだし。
でも念には念を入れて提案した。
本当は公証人を入れなければ手数料分も我が侯爵家に入ると言われたんだけどさ、そんな提案してくるなんて逆に怪しい気がしたから、めちゃくちゃ強く主張した。
王宮としては手続きしたことで利益が入るし、もし不正が行われたら積極的に介入できるから罰金を徴収する可能性高くなって嬉しいし、侯爵家側から契約を強く提案したことで信用されていると喜んでくれたみたい。
王宮公証課の顔を立ててくれたと、ヴァロー侯爵家に対する扱いが良くなったと父が喜んでいた。
まぁね、ヴァローホイップ薬の製法の特許を取ったのはもう一つ理由がある。
新製品がバカ売れしてるからだ。単純に、領内の薬師さんが過重労働で死んじゃうから。
カカオマスとハチミツ入りのワインを、精りょ……げふんげふん、子宝薬として売り出したら貴族だけじゃなくて売れた。爆売れした。まぁね、あの娼館でも人気商品だったしね。なんかね、飲むと朝まで頑張れるようになるんだよ(白目)
性欲増強チョコレートの酒がメーダ国で発売するのはまだ10年は先のはずだけど。誤差ってことで!
お菓子としてのチョコレートもといショコラはすでに王都で流行ってから、カカオの実は無理だったけど、カカオの実の加工品であるカカオニブは簡単に売って貰えた。頼んだら、すぐに届けて貰えた。
カカオの実が食べられるようになるまでには、かなり重労働なんだって。
硬い実から種を取り出すのも大変で、取り出した種を発酵させて、更に天日干しをして、焦がさないように焙煎、粉砕して外皮を取り除いてようやく可食部分が取り出せるのだ。
ね? そんな職人の勘だよりな作業を素人がどうにかできる訳がなかったのよ。
素直に可食部だけになった塊、カカオニブで満足することにしたわ。当たり前だけど。
で、そんな職人の叡智が詰まったカカオニブにココアバターや乳製品や砂糖を混ぜ込んで練って作るショコラのおいしさは知っていても、その効能については知られてなかったみたい。お菓子にするとおいしい、というだけ。
だから、お勉強熱心で()異国の本まで読めるようになってきた私が、たまたま見つけた異国の薬学の本に書いてあったという情報を父に伝えたのだ。
「ショコラってハチミツと一緒に摂ると子供ができるお薬になるんですって! 私、弟が欲しいなぁ」って。
まぁその本はその頃ようやく写本されてるところで、手元にはまだ無かったんだけどねー。
ちゃんと相談して、写本に情報をつけたして貰っておいたから大丈夫なの。すっごく笑われたけど、ちゃんと教えた通りの作り方のページが増えてて感動したわ。
母が、娘しかいないことを親族に責められてるのを見ちゃったのもある。だからなんとかしたかった。金を借りに来てた糞親族だったけど、それでも嫌味を言ってくるというだけで付き合いをやめられる訳じゃないからね。貴族って本当に面倒よねー。
あ。勿論、母にも特製のポマンダーをプレゼントしといたわ。
私たち娼婦が使っていたのは、排卵を抑えたり子が出来ても流れてしまうようにするお茶なんだけどね。それと反対に、子供ができやすくなる物も、こっそり使ってる娼婦もいたのよ。
専属になってる子とかね。子供ができたら身受けして貰えるという契約は稀にあったのよ。御貴族様で正妻に子供ができない時とかね。
そんな時に使われていたのが、『花の中の花』と呼ばれていたお香だった。
この香りを部屋に立ちこめておくと、子供が出来やすくなる、らしい。私は怖くて使っている部屋の近くにはいかなかった。話によると、甘く華やかでスパイシーな香りがするらしい。
人間の身体って香りに影響を受けやすいみたいで、散々あのお茶を使って乱れていた排卵リズムが整って子を授かって娼館を出ていった嬢は、知ってるだけでも3名もいる。十分な成果だと思う。
『花の中の花』の精油はこの国の高級な香水にも使われていたので、ちょっとお高かったけど手に入れた。でもそのまま渡しても、お母様が使ってくださるとは限らない。
「ならばここは、あざと可愛く娘が頑張るところよね」
クレアに教わりながら刺繍を頑張る。
魔除けになると考えられている香り玉の袋に、お母様のイニシャルとヴァロー侯爵家の家紋をデザイン化して入れてみた。
そういえば今回は刺繍で作品を作ったのは初めてかもと思いつつ、なかなかの出来栄えに満足。うむ、さすが私。人生二回目。
さっそく出来上がったポマンダー(ただし私が作ったのはそれを入れる袋である)に花の中の花の精油を仕込んで、お母様にプレゼントする。
「頑張って刺繍したのです。使ってください」と上目遣いで渡す。完璧だ。我ながら、なんとあざとい。
「あらあら。とても綺麗な刺繍ね。それにいい香り。ターシャの中の私は、こんな甘い香りが似合うのね」
ちょっと誤解が混ざったけれど、慌てることなくにっこり笑って頷いておく。
私の肯定に笑顔を深めたお母様は、その場でドレスのサッシェにぶら下げて下さった。
「嬉しいから皆に見せびらかせるように、毎日持ち歩くわ」
そう言ってくれた通り、お母様はポマンダーを持ち歩いてくれるようになった。顔を合わせる度にポマンダーをちょこっと見せて笑ってくれて嬉しかった。
「あれでは皆ではなくて、お嬢様に見せびらかすためみたいですね」
「本当よね」
クレアと笑い合った。でも実際にお父様にも自慢したみたいで、お父様からハンカチをリクエストされたので、お母様に贈ったポマンダーに入れた刺繍と同じように家紋とお父様のイニシャルをデザイン化したものを入れてプレゼントしてあげた。
何故か額縁に入れられてお父様の書斎の一番目立つところに飾られている。喜んでくれてなによりだ。
父は父で、ヴァローホイップ薬のために集めた領地の薬師たちに即相談。薬効を自分で試すことにしたみたい。
そうしてなんと、その年のうちに母の妊娠が分かった。
翌年の春に生まれたのは珠のような男の子。待望の弟でした! やったね!!
両親の喜びようは凄かった。本当は、一人だけでも男の子が欲しかったんですって。まぁ分かる。貴族家だもんね。
でも、三回目のチャレンジでも生まれてきたのは娘で。両親共に、超がっかりしたというのがあったみたいなのよね。うん。がっかり三女、切ない。
17歳下の弟ができたお陰で、長姉は好きな相手と結婚できると大喜びだった。よかったねぇ。
実は、長姉がずっと片思いしてた相手は伯爵家の御嫡男なんだって。「これで告白できる」と、めっちゃはしゃいでた。そんな人いたんだって皆びっくりよ。
次姉は、「騎士に憧れてるのだが、そもそも騎士学校に行くのも止められていた」と告白されて目がテンになった。ほえー。いいねいいね、人生の目標があるなんてすごい。夢も希望も何もない私としてはそれだけで応援しちゃう。
騎士学校、お金掛かるもんね。女性用の騎士の装備って体型の個人差が大きいから既製品は難しいらしい。中古品は、ぎりぎりまで買い換えない人もいるから傷だらけだしサイズも微妙で、結局フルオーダーするしかないみたい。
だから最低限を一式揃えるだけでも、ものすごーくお高くなる。
前の時に、次姉がいつも難しい顔をしていた理由がようやく分かった。
そりゃね言い出せないよね。侯爵家なのに、めちゃくちゃ貧乏だったもんね。
長姉はピリピリしてたし。(多分、初恋の相手に見合いが来てたとかそういうのだったんじゃないかと推測)妹は役立たずすぎて、誰にも相談できなかったんだろう。ごめんねぇ。
今回は、末の妹が次の買い替え資金も稼いどくから、安心して強くなって来てね!
そうしてあのド屑と揉めたら叩き斬って貰おう。死なない程度に。片手か片足なくたって死なないし。
慰謝料としてヴァローホイップ薬あげるから、きっと化膿しないで済むよ。うん。
弟ができたことで効能に確信を得た父は、張り切って開発を進めた。
「自分と同じ悩みを持つすべての領主、いや男性の力になりたい!」
そんな強く熱い思いで完成した特別なショコラのお酒『ヴァローショコラ酒』は、その濃度によって気分を盛り上げるだけの低価格帯のものと、本気で若さと活力よ甦れな方々のための濃ゆい一杯など、各種用途に分けてシリーズ化して、隠れてないけど表向き隠された我が領の新たな特産品となったのだった。情熱すっご。




