第8話 second night
忠誠を誓う僕に、レディは微笑んだ。
「まるで叙任式みたいね。サー・カイ・ウィットフォード」
ふふっと笑みを漏らして、僕をそう呼んだ。
「それでいいんじゃないか?」
「そうね。私はリディア・ハーシェルよ」
「リディア……」
僕の目線が彼女の長い黒髪とその容姿に向いた。
リディアは自分の髪に触れると答える。
「ああ……これ? 母が東洋人なの」
「そっか……」
「どうかした?」
「いや……ラドもそうなんだ」
「そう……見つかるといいわね」
「ああ。見つけるよ、必ずね」
「ええ、必ず」
彼女は、自分にも誓うようにそう口にし、頷いた。
邸宅を後にする僕をリディアが見送る。
「カイ……」
この大きな邸宅にたった一人……夫を探し続け、戻って来るのを待っている。
誰に頼る事も出来ず、だが、頼れる者を見つけた彼女にとって、思いを告げられるその者との会話はひと時の安らぎでもあるのだろう。
その気持ちは分かっている。
少し寂しげな表情を浮かべる彼女に僕は答えた。
「ディナーは全てが済んだ後にご馳走になるよ」
そう答えた僕にリディアは笑みを浮かべた。
「ふふ。それならそれは陽が昇る空の下にしたいものね」
「はは。それじゃあ、ディナーって言わないだろ」
「そうね。でも……」
「リディア?」
「ディナーは出発よりも帰還の方が味わい深いでしょう?」
僕は、邸宅を後にし、レミュのいるグレイブへと戻り始める。
月も星もない、僅かな灯りさえないこの世界は、常に同じ色だ。
それでも闇に飲まれる事なく歩を進める事が出来る。
僕が歩く中、ゆらりゆらりと白い靄が戯れるようにもついて来る。
また懐かれたみたいだな……。
困ったなと、ふうっと息を漏らす僕だったが、次の瞬間に妙な気配を察する。
腰に下げた剣を手にし、その気配を前に剣を構えた。
距離を取ったか……。
だが、これは……。
……囲まれてるな。
レミュの言葉が頭に浮かぶ。
『サーのお力を利用しようとするだけの悪意をもった招待状は、お返しさせて頂きました。それは信用に値しない輩です』
僕について来るように周りを漂っていた靄がない。
……成程。隙を窺っていたって訳か。
一瞬の油断が命取りだ。
やはりこれは……狙われてるとしか言いようがない。
僕が妙な気配だと感じたのも……。
剣のグリップを握る手に力を込める。
この剣に触れようとしたからだ。
「もう……これ以上、何も奪わせない」
消えたと思った靄が再び浮かび、僕へと向かって来た。
隙がなければ、力ずくって訳かよ。
僕は、剣を振り翳し、靄を目掛ける。
「……っ……!」
カッティングエッジは靄を捉え、確かに当たっているが。
……切り裂けない。
それならと、剣の構えを変え、切先を向ける。
靄を突くように切り込むが、やはり同じだ。
破るのは一瞬だけで、直ぐに元に戻ってしまう。
……ポイントで狙ってもダメか。
靄は靄って訳かよ……まあ、亡霊って訳なんだろうが。
「チッ……」
アンダーワールドにオーバーワールドの自然原理、微妙に組み込むなよな。
そこは常識の範囲、超えてろよ。せめてバラバラに散る、とかなっ。
だが……どうしたもんか。
この靄たちは、レミュたちとは違い、言葉を話さない。
僕に群がるのはレミュが言った言葉にあるのだろう。
『わたしがこうして姿を現せたのは、サーのお力なのですから』
それなら触れさせる訳にはいかないな。
だが……どうする。
僕は目だけ動かし、何か方法はないかと辺りを確認する。
うん……?
あれは……。
甲冑だ。
無惨にも無数の甲冑がバラバラに転がっている。
じゃあ……この靄は……。
靄が甲冑に潜り込むように溶け込んだ。
……死んだ事には気づけない。
バラバラになった甲冑がそれぞれ合わさり、生きているかのように立ち上がる。
「チッ……!」
僕の剣は両刃のハーフソード。
フルメタル相手に斬撃は無駄……刃がダメになる。
それなら……。
甲冑の隙間を突く……!
狙うは首。
胴と頭の間の僅かな隙間に勢いよく剣を差し込む。
キンと金属が擦れる音が短く響き、甲冑の首が飛ぶ。
一体の甲冑を倒せば、次、また次とキリがない。
左右の足の踏み込みを即座に切り替え、前後左右に剣を振り、甲冑の首を落とすが……。
全部で何体だ……? 囲まれているのは明らかだが、武器を持たない甲冑は、体術の接近戦を好んでくる。
それだけに距離を詰めて来るが、剣を生かす距離がなければ攻撃力は落ちる。
右に振った剣が甲冑の首を捉えたが、距離を詰められた所為で力が入らず、食い込んだ。
クソッ……抜けない。
甲冑に素手での打撃は、自分の手を痛めるだけだ。
甲冑の手が僕へと伸びる。
……マズイ……!!
「頭を下げろっ……!!」
突然、響いた声に剣から手を離し、その場に屈んだ瞬間、金属の打撃音と共に甲冑の首が一気に薙ぎ倒されていく。
お陰で甲冑に食い込んでいた剣が解放され、僕は落ちてくる剣をグッと掴んだ。
ガランガランと甲冑がバラバラに転がり、靄が逃げるように去っていく。
ザッと地を擦る足音に僕は振り向いた。
ポールアックス……長柄の斧のような武器を持った男が僕の前に現れた。
圧倒的な打撃力。甲冑相手には最適だ。
男は僕に近づくと、僕に手を差し出した。
僕は、男の手を掴んで立ち上がる。
「助かった。ありがとう」
「いや……甲冑のあんな僅かな隙間を突けるとは、中々の腕だね」
「だが……こんな場所で戦闘になるとは思いもしなかったからな……油断した」
「はは。俺も初めはそう思ってた。だが、この武器が手元にあったからね……武器に教えて貰ったってところかな」
「アンダーワールドに堕ちて、ポールアックスを既に手にしていたのか……じゃあ、気づくのは早かっただろ?」
「まあね」
甲冑との戦いは、この男との引き合わせだったのかと感じた。
「名を聞いても?」
「ああ。俺はレイフ・リッジウェイ……闇を彷徨う、ただの『ナイト』だよ」




