第19話 dawn against night
確実に命中する銃弾……魔弾。
それを意味づけるかのように銃弾に刻まれた文字『ᛇ』……Eihwazは死の意味を持つ。
だが、それだけで魔弾であると信じた訳じゃない。そもそも魔弾など……。
僕は、邪念を振り払うように頭を振ると、深い溜息をついた。
グッと銃弾を握り締め、込み上げる悔しさを歯に噛み締める。
考えなくても気づいていた事だ。
ただ……そんなものが本当に存在するのかと疑っていただけだ。
こんな状況にでもなっていなければ、ここまでの確信は得なかっただろう。
それに……。
また……溜息だ。
レイフもオリヴァーも、ウェズリーやシリルにしたって一発の銃弾で命を落としている。
彼らの戦闘能力は、かなりのものだ。正面きっての戦いで彼らに敵う者は中々いないだろう。
僕は握り締めた手を広げ、再び銃弾へと目線を落とす。
こんなものでもなければ倒せやしない……そう思う事が自分自身でさえも魔弾の存在を納得している。
「カイ……!」
自分に応えて欲しいと言うように僕を呼ぶグラディス。僕は彼女を振り向かず、掌に乗せた銃弾の『ᛇ』の文字を指でそっとなぞる。
「……グラディス・ファーリー。コレはお前の仕業か?」
横目にグラディスを睨む。
その目に殺気を感じたのだろう、グラディスがビクッと肩を震わせたのが分かった。
だが、それは一瞬の事で、グラディスは口元に笑みを浮かべて不敵に笑う。
そして、僕の手から銃弾を摘み取り、僕の前に立つと自身の目の前に翳した。
「ねえ……カイ。命なんてものは自分に確かなものじゃないって事が分かるでしょう?」
クスリと笑うと、僕へと真っ直ぐに目線を移した。
「何を言っている。僕が訊いている事に答えろ」
「だから答えているじゃない? 命なんてものは自分にとって確かなものじゃない……」
グラディスは、目の前に翳した銃弾を見つめると、こう言葉を続けた。
「誰かの手に委ねられるもの……ってね」
その言葉に僕は不愉快に顔を歪めた。
「そう思わない……? カイ」
悪魔だ、魔女だと言われた女、グラディス・ファーリー。
人の所業とは思えない残酷さに、その存在の欠片も残すなと骨も残される事はなかった。
だが……。
人の所業とは思えない所業……。
グラディスを生きたまま焼き殺したのは『人』だ。
グラディスの言っている事は否定出来るものでもない。
人の手によって命は奪われる。事実、僕自身だってそうだ。
僕が睨んだ時に、グラディスが体を震わせたのもその言葉にあるのだろう。
命を、その存在を奪われるという恐怖を身をもって知っているのだから。
まあ……それは自業自得とも言えるものではあるが。
火に焼かれながらもグラディスは笑っていたとウェズリーが言っていたが、その笑みは恨みの表れだ。
恨みを表す事で周囲の者へ恐怖を植え付け、呪いを纏わせる。
そして災いが起きれば、それは魔女の呪いだと決定づけられる。
恨みを残した魔女はその呪いで生き続ける……か。
僕も……そうなのだろうか。
意識を象ったこの存在は恨みによって現れたもの……。
そう思うと微妙にも気分が落ちていくが。
惑わされるな。
恨みに駆られて復讐の為にここに立っている訳じゃない。
戦う目的は復讐などと。
僕がやるべき事はそんな事じゃない。
グラディスは、またクスリと笑みを漏らすと、僕の手に銃弾を握らせる。
そして、包むように僕の手に触れながら再び口を開いた。
「私があなたを狙った訳じゃないわ。誰かを狙った誰かがこの銃弾を命中させた……その者にとっての意図そのものって事よ」
そう言い、グラディスは僕から手を離した。
「私はね……カイ。委ねているだけなのよ……」
その声はまるで……悪魔の囁きだ。
選択肢を無くした者への提言は甘い蜜だ。
だがそれは明確に表されている答えではない。その者の中で明確になる答えだ。
グラディスが狙った訳ではなく、誰かを狙った誰かがこの銃弾を命中させた。その者にとっての意図そのもの……グラディスの言ったその言葉こそが答えだ。
選択肢も提言も『力』に置き換えれば理解し易い。
委ねるとはその力をどう使うか、という訳だ。
人の心を闇へと誘う、グラディスの妖艶さは誘惑そのものだ。
リディアとは真逆だな……。
レミュの言葉が思い起こされる。
『サーがお訪ねになられた邸宅の主はレディと呼ばれる、わたしたちにとっての希望なんです』
リディアが光ならグラディスは闇だ。
リディアの邸宅に足を踏み入れた時、大きく長いダイニングテーブルには食べきれない程の豪勢な料理が並べられていた事を思い出す。
『どうぞ、お好きなものを召し上がって』
あの時、リディアがどう思い、どう考えていたのか。
それをリディアは明かしてくれている。
『満たされようと過度になってしまったら、そこから抜け出す事なんて考えなくなるでしょう? 飲めば飲む程、お酒に溺れてしまうようにね。それに……カイ、あなたもレイフも食事よりも求めたいものがあった……それがあなたたちの証明よ』
無力さを思い知らされた時、望むものは、やはり力だ。
だが、その力の源は何処からくるものなのか……それが僕たちの意思に大きく関わる。
並べられていたあの料理にも、そういった意味は含まれていた。
まあ……なんにしても、試されていたという事は不愉快ではあるが、試される事で自分の意思もはっきりとする。
「だからね、カイ……その手に握った力は願いを叶える為にある……あなたは今、その力を手にしているのよ。私はその行方が知りたいの」
「それは……この銃弾の行方という事か。僕に纏わり付くのもその為か? お前の恨みの籠った銃弾……その呪いの結末という訳だ」
「あら。それを言うなら戦場だって同じようなものでしょう? 戦い合うなんて呪われてるわ。その勝敗だって呪いの結末じゃない?」
「ふん……勝てば呪いにも打ち勝てると?」
「ふふ。それは思う側にあるものでしょう? 捉え方は各々……逆に勝利を得る事が呪いにもなるのよ。その……銃弾に刻まれた文字のように……ね……?」
意味を含めたグラディスの笑みに僕は眉を顰めるが、そう思う部分もあった。
僕の思う事を察したのだろう、グラディスは満足そうな笑みを見せる。
「確かめてみるといいわ。あなたの意思でこの先がどう変わるのかをね……?」
ノイズが走り、空間が乱れ始める。
その乱れが治まると同時にグラディスの姿は消え、僕は元の迷路の中にいた。
銃弾は手の中に残ったままだ。
僕は手を開き、銃弾へと目線を向ける。
『ᛇ』Eihwazの下に……『K』
これは僕のイニシャルを『ᛇ』Eihwazに繋げるように刻んだのか……?
死に……繋がるように。
ふざけるな。
魔弾など……!!
苛立ちと共に銃弾を投げ捨てる。
コロコロと転がっていく銃弾を目で追っていたが、その様に眉を顰めた。
……止まらない。
それどころか、階段通路を上がっていく。
僕は、銃弾を追った。
グラディスを信じる訳ではないが……。
転がっていく銃弾がクリスティアンのところに導くとでもいうのか。
階段通路を上がり下りしながら、先へ先へと向かう。
(サー)
「……ああ」
また新たな扉が僕の前に現れた。
躊躇う事なく歩を踏み出せば、その扉は自然に開かれる。
扉の中に広がる光景……。
雨の次は。
……炎。




