表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
[k]night [silent - k - 黙示]  作者: 成橋 阿樹
第一章 使命
2/9

第1話 knight to night

 その日は雨が降っていた。

 暗雲が立ち籠めた空は不穏を伝え、時間さえも狂わせた。

 昼か夜かも分からない程の暗さに……闇が落ちる。

 背中に感じる冷たい雨が、僕の体温を奪って行く事に何も感じなくなった。


 僕の前にはもう。

 ……朝は来ない。



 息が切れ、走り疲れて立ち止まった。

 どのくらいの距離を走っただろう。何故、走って来たのだろう。

 何処に向かうとも知れずに、ただただ走り抜けて来た。

 まるで、迷い込んだ迷路から出口を探すかのように。

 いや……探していたのは出口じゃない。

 僕は……。


 迷い込んだのは以前は豪邸であっただろう家が建つ敷地だ。

 廃墟と化し、人を寄せ付けない不気味さを醸し出している。だが、行き場を失った僕に扉を開けるのを躊躇う事はなかった。


 扉を開くと目の前の光景は一変し、眩しい程の照明で光に溢れていた。

 暗い中を進んで来た僕には、煌びやかな照明が眩し過ぎる。

 目を細め、ゆっくりとその明るさに目が慣れると、人の姿が目に捉えられた。

 黒く長い髪を揺らして、出迎えるようにも僕へと近づいて来る女……。


 妖艶な美しさは目線を逸らす事を許さず、その場を動かずにいる事までも強制した。



 女は、歓迎するようにも笑みを見せて口を開いた。

「ようこそ。アンダーワールドへ」


「アンダーワールド……?」

 眉を顰める僕に女は言う。

「あなた……本当は気づいているんじゃないかしら? ここに辿り着いた理由を」

「理由って……」

「探しているんでしょう?」

「探している……」

 確かに僕は探していた。

 だけどそれがなんなのか、はっきりしたものがなかった。


 彼女はクスリと笑みを見せると、僕の頬へとそっと手を触れる。

「冷たいわね……まるで氷のようだわ。その体も心も……全て。このままでは凍りついて動けなくなってしまいそう……」

 揶揄っているようにも感じた僕は、不機嫌に顔を歪めた。

「答えるべきはそんな事じゃないだろう。ここはどういった場所なんだ?」

「ふふ……ここはね……あなたのように理由が分からない者が来るところよ。そして理由を知りたいと思う者が辿り着くところ……」

 触れられても何も感じない。

 僕の感覚がなくなっているのか、彼女の体温が感じられないからなのか。


 ああ……そうだ。

 微かにも思い出される記憶。


 雨に体温を奪われ、何も感じなくなっていた。

 冷えていく体。寒さに耐え切れず、その感覚から逃げ出すみたいに。

 そして僕はここに迷い込んだ……。


 探していたのは出口じゃない。

 まるで体を脱ぎ捨てたみたいに、意識だけが彷徨っている感覚に今、はっきりと気づく。

 そして、それを決定づける言葉を、彼女が興味深そうな笑みを浮かべて僕に言った。


「あなた……誰に殺されたのかしら……ね?」


 探していたのはその理由だった。

 普通とは言い難い不可思議を目にし、それでも恐怖など微塵も感じず足を踏み入れたのは、頭の何処かで気づいているものがあるからだ。

 それが彼女の言葉で明らかになる。


「そして、何故殺されたのかしら……?」


 クスリと漏らす笑みは、探るようにも僕の意識の奥に触れるようだ。

 彼女は僕から手を離すと、邸内の奥へと進んで行く。

 僕は少しの間、彼女の背中をその場で目で追っていたが、僕を振り向く彼女が誘うように見せる笑みに、足が動いた。

 長い廊下だ。一体、幾つの部屋があるのだろう、重厚感のある扉はそれぞれに造りが異なっていた。

 案内されるように進んだ部屋には、大きく長いダイニングテーブルに豪勢な料理が並んでいる。


「どうぞ、座って」

 入り口から近い端の席を僕に勧め、彼女は僕から離れた向かいの端の席に座った。

 僕が座った途端、空のグラスにワインが注がれていくが、そこに姿はない。

 姿が見えるのは僕と彼女だけだ。

 奇怪ともいえる現象に、彼女の言葉が事実である事を納得させる。


 アンダーワールド……死者の世界、か。


「お好きなものを召し上がって」

「こんな心境で……口に出来るものなんか……」

 そもそも、僕が既に死んでいるのなら、食事なんて必要ないだろ。

 彼女はワインを一口飲み、グラスを置くと、ふふっと笑う。


「それは正しい選択ね」

「正しい選択? なにがだよ……」

「死者が空腹を訴えて、ここに並ぶ料理に手を伸ばし、口にすれば……」

 クスリと漏らす笑みに思惑が感じ取れる。

「おい……お前……」

 僕は訝しげに眉を顰めた。

 彼女は、楽しげな様子でこう続けた。


「二度とオーバーワールドには戻れない。理由が分からなくても知りたくても、食事が進む度にそんな事は忘れていくわ。ここで私と永遠を過ごすのよ。可も不可もないこの世界で……ね?」


「それは、満足するって事なのか?」

「満足? それは違うわね。言ったでしょう? 可も不可もないって。ただの虚無よ」

 ふうっと退屈そうに溜息を漏らす彼女に僕は言う。

「……あんたもなのか?」

 彼女も僕のように彷徨って、ここに辿り着いたのだろうか。

「そうねえ……探しているのは私も同じって事かしらね」

「あんたも探してるって……? あんたはここの(あるじ)だろ。死者を呼び込むだけが理由じゃないのか?」

「そうね……死者を呼び込んで探しているのかもしれないわね」

「会いたい奴でもいるのか」

「ええ、いるわ」

「それじゃあ悪かったな、意に適う相手じゃなくて」

 呆れたようにもハッと溜息を漏らす僕に、彼女は答える。

「適っているわよ。例え扉を開こうとも条件が揃わないと、ここはただの廃墟にしか見えないわ」

 強くも響いたその声に、僕は怪訝な表情で彼女を真っ直ぐに見た。

「条件?」

「そう……条件……」

 彼女は僕の目線を受け止め、こう答えた。



「『ナイト』の条件よ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ