プロローグ 『無いと』
夜の空は黒くはない。濃紺の深い闇に黒く見えるのは、形を成したものだ。
闇に馴染めばその形も分かる。それが木々や建造物、人の姿であるという事が。
だが……。
形を成さないものは、うっすらと白く浮かび上がるものだ。そしてそれは、次第に形を成していく。
僕は辺りを見回した。
豪邸であった雰囲気を残し、廃墟と化した邸宅。窓ガラスは割れ、散らばったままの破片は寂しくも僅かな光を残していた。
手入れされる事のなくなった木々は生い茂り、伸び放題の蔓草が荒廃さを際立たせていた。
庭園を飾っていただろう噴水は落ち葉に埋もれ、今や潤される事はない。
いつ崩壊してもおかしくない程の邸宅だ。
ザアッと風が木々の葉を揺らして吹き抜けると、ボーンと邸宅内から時を示す音がした。
住んでいる者などいるはずもなく、僕は一人でここに来ている。他に人が来ているとも思えないし、思ってもいない。
だけど……。
僕は、邸宅の二つ扉へ両手を掛け、大きく開くと言う。
「時間……だろ?」
僕の声に反応し、荒廃した邸内に照明が一気に点灯すると、絢爛豪華な邸宅に変わり、背後にした庭園の噴水には水が溢れ出した。
驚く事はない。僕は分かっていて来ている。ここは、必要に適う場所だ。
中へと進み、一つの部屋で足を止めると、大きく長いダイニングテーブルの先へと僕は目を向ける。
……視線を感じる。だだじっと僕を見る視線だ。
僕に目線を向ける影が姿を象った。
「あら……ようやくディナーを共にする気になったのかしら……?」
クスリと揶揄うような笑みが交えられた声に、僕は無愛想に返す。
「ディナーにしては遅い時間だがな」
「ふふ……待ち侘びたわ。招待状を何度送れば来てくれるのかと随分と待っていたのよ。『k』を無くした……」
長い黒髪のオリエンタル系の女が頬杖をつきながら小首を傾げ、妖艶な笑みを見せて僕に言った。
「『night - ナイト -』様……?」




