71話:シアトル留学とブッチャードGと帰国
2013年、最終週の土曜日、8月24日朝、6時半に、ハンナとケイトと佐織が、シアトル港・ピア69に集合し、7時半発の高速フェリー・ビクトリア号の乗船手続きを終え、乗り込んだ。出発して、徐々に速度を上げて、時速30ノット「60キロ」以上で、水しぶきを上げて、順調に海の上を突っ走っていた。しばらくは、海の景色を眺めていた。
しかし、飽きてきたので、自分の席について、心地よい、船の揺れで、夢の世界へ。しっかり、寝て起きると、30分ほどで、ビクトリアの歴史的建造物の並ぶ華やかな「インナーハーバー」近くの港に着いたとアナウンスが流れ、出発の支度をした。港を降りると、パスポートだけで、カナダのeTAは免除された。
その後、船を降りると、「花の街」と言われるビクトリアのキレイに手入れされた花達やイギリス統治下の面影を残す建物などを見て「やっぱり来てよかった!」と3人で言った。「ブッチャートガーデン」行きのバスのチケットを買った。その後、近くの超高級ホテル「フェアモント・エクスプレス」へ、外観はまるで、お城の様でとても素敵だった。そのため、数枚の記念写真を撮った。
その後、ブッチャートガーデン行きのバス停留所へ行き、バスに乗って到着した。ビクトリアのダウンタンから30分行ったなんだか、辺鄙「へんぴ」な場所にあるこの庭園は、元セメント工場の鉱石場跡地。こ元々は、セメント工場会社の社長夫人が。心を慰めるために始めた庭園が、今カナダから史跡に指定されるほどの美しい庭園となった。庭園中のいろいろなところに無料の雨傘が置かれていて、とてもありがたい。
庭園内は、もう入るなり美しい花、花、花で、なかなか歩が進まないくらい。シアトルでよく見かける花も多いけど、とにかく色が違う。シアトルでは一色しかみかけない花にも様々な色の種類があって、本当にキレイ。そして、素晴らしく、よく手入れがなされている。半分弱を一時間かけて歩いた後、ランチかアフタヌーンティーをということでガーデン内の レストランへ。
イギリス風のかわいらしい内装のレストランで、ランチとアフタヌーンティと両方オーダーできるということで、3人とも、スープ、ティーセットをオーダーした。味がきつくないし、甘すぎもしない。パンもしっとりしていてパサパサしていない。シアトルよりも美味しいと感じた。そして確かにアフタヌーンティは見た目と違ってかなり分量があり、真ん中の段の多くをお持ち帰りとしてもらった。
16時半過ぎのバスでビクトリアのダウンタウンへ戻った。17時半のフェリーにチェックインをして、18時にビクトリアを出発。約2時間45分の船の旅は女3人で、おしゃべりしているうちに過ぎていき、シアトルの港に着いた。その後、タクシーに分乗し、21時には、佐織は、ホストファミーに着き、ホスト・マザーに、お土産を渡してシャワーを浴びて、床についた。
翌日、7時に起きて、朝食とり、4週間、お世話になった、ホストファミリーの人達とハグして別れを惜しんで8時に家を出た。9時に空港のJALの搭乗カウンターへ行き、手続きをとり、近くのカフェで待ち、11時過ぎの飛行機で飛び立った。その後3時間眠った。また食事が出て食べ、映画を見たりして、時間を過ごした。また眠りについて起きると、あと1時間で成田空港に到着とアナウンスが流れた。
16時前に成田空港に到着して、新横浜行きの高速バスに乗って18時半に新横浜プリンスホテルに着くと、父が迎えに来てくれていた。家に帰り、母とおばあちゃんに、お土産を渡し、夕食をとった。その後も時差もあって、眠れず、0時過ぎまで話をして、みんな、床についたが、佐織は、目が冴えて、寝れず、うつらうつらしてからねた。翌朝、起きると10時過ぎていた。




