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第7話 教会の地下で

「ここが今夜の寝床だ」


 ヴァカ司祭に案内されたのは地下牢だった。ピノペンディンテン村のフエゴ教団の教会にあるもので、石造りで日が一切差さない暗く冷たい場所である。イコルはひとり連れて行かれたのだ。

 牢は左右に3部屋で、全部で6部屋ある。大体6畳ほどの広さで洋式トイレが設置されていた。

 牢には誰もいない。普段は教団に逆らう人間を押し込め、教育する空間なのだ。床や壁には黒いしみがついている。


「サビオの説明では君はエビルヘッド教団の人間だ。一応サビオ司祭の管理下ということで君を牢屋にいれることになっている。勘弁してほしい」


 ヴァカ司祭は頭を下げた。牢内には上質なベッドが置いてある。そもそも夕食はサビオたちと同じものを食べていた。もっとも別の場所でひとり寂しく取っていたが。

 フエゴ教団ではエビルヘッド教団を危険視している。人間を憎み死を願うビッグヘッドという怪物の王様エビルヘッドを崇拝しているのだ。レスレクシオン共和国ではエビルヘッドに荒らされた村は多く、多くの村人はエビルヘッドを忌み嫌っている。新年はエビルヘッドの木像を吊るし、村人が木の棒で思いっきり叩いた後、火にくべることで新年を祝う風習があるのだ。

 その一方でエビルヘッド教団の司祭などは信者と違い理知的であることも知られている。ひたすらフエゴ教団を敵対する信者より、司祭の方が、まだ話が通じるのだ。

 イコルの場合は異端審問官という役職だが、教団内でも地位が高いと推測される。下手に拷問にかけるより親切にした方がよいのだ。それにイコルもスキルを持っている。騎士たちを無駄死にさせる理由はない。


「構いません。むしろ雨風がしのげる場所を提供していただけるだけで満足です」


 イコルは頭を下げて礼を言った。ヴァカ司祭もそれを聞いて満足したようだ。

 サビオたちは教会の部屋をあてがわれている。


「そう言ってもらえてよかった。ところで君は鼻毛と耳毛を操ると言うが、オラクロ半島出身なのかね?」


 ヴァカ司祭が質問してきた。いったいどういう意味なのか。答えはすぐわかった。


「違います。オラクロ半島は5歳の時に修業のために暮らしたことがあるだけですね」

「そうか。向こうはティシモ教団が布教活動しているが、それ以前だとディオカペリ教団が幅を利かせているからね。彼らは髪を神の化身として扱っており、毛を操る能力を国民全員が取得しているという話だからな」


 ヴァカ司祭がうんうんとうなずいた。ひとりで納得している様子である。


 ちなみにディオカペリ教団は120年ほど昔にエビルヘッドが設立した教団だ。人間たちに毛を操るスキルを習得させたのである。

 スキルは簡単には身に付かない。普通の人間ではまず無理だ。そこで数十年前から念呪草を育てた。神応石を肥料にした特別製だ。それを煎じて飲むと平均的なスキルを身に付けることができる。もっとも先天性の人間に比べれば力は弱い。

 今ではフィガロの下流にあるガリレオ要塞の近くで育てていた。現在はオラクロ半島に輸出している。煎じたお茶はディオカペリ教団しか飲めないことにしていた。

 その後修業をして毛を操るのである。女なら三つ編み、男なら弁髪だが、イコルのように鼻毛と耳毛を操るケースもあった。毛で戦うことをディオカペリ戦法と呼んでいる。


 この事はフエゴ教団も知っている。ティシモ教団はフエゴ教団から分裂したのだ。やることはフエゴ教団と同じだが、ティシモ教団は緑の少ないオラクロ半島において緑化活動をしている。死んだ人間は墓石の代わりに木を植えるのだ。埋葬する前に身体を細かく切り刻むのである。数十年後には立派な木に育ち、死者は生きている者の役に立つようにするのだ。


 さてヴァカ司祭はいきなり司祭の服を脱いだ。服の下は立派な筋肉の鎧を身に付けている。50代らしいが日々の練習で体系を維持しているのだろう。年を取れば筋肉は成長しないからだ。若い頃に鍛えた筋肉をたゆまぬ努力で繋ぎとめてきたことにイコルは敬意を表した。身に付けているのは黒いパンツのみである。


「ふふふ。サビオから聞いたよ。君の鼻毛はモノオンブレたちをも近寄らせないとね。それに男が好物だというじゃないか」


 ぐふふといやらしく口元をゆがめた。イコルは不快になる。


「私は男より女が好きですよ。今はほしくありませんが」

「まあそうだろうな。サビオはわざと自分を変人として見せているからね。君の性癖を疑ってなどいないよ」

「では、あなたは何を望むのですか?」


 するとヴァカ司祭は尻を向けた。黒毛に覆われた尻は筋肉でぷりぷりになっている。


「私の尻をぶってくれないか」


 そう言ってイコルに尻を突き出す。イコルは頭が痛くなってきた。よく見ると尻にはうっすらと鞭で打たれた傷がある。それも古傷だ。


「私の妻は人間だった。顔はバッファローである私にしてみれば不細工だが、肝心なのはその気性なのだ。妻は私を乗り回した。かつてアメリカと呼ばれる国の西部ではロデオという暴れ牛を乗り回す競技があったという。妻は私を見事乗りこなしたのだ。ところが妻は4年前に他界した。息子はふたりいて長男は跡を継ぎ、次男は歌姫ボスケと結婚したのだ。フエゴ教団は再婚を認めているがやはり伴侶はいかにうまく尻を叩くかにあると思うのだよ」

「……それで私を妻にしたいのですか」

「そんなわけないだろう。男と結婚など冗談ではない。実はオラクロ半島出身の女性がいてね。40歳くらいだが二本の三つ編みを自在に操るのだよ。だがどのようなものかはまだ味わっていないのだ。試しに君のディオカペリ戦法を私の尻にぶつけてほしいのだよ」


 要は懸想している女性の代わりをやれと言うわけだ。正直やりたくないし、こんなところを人に見られたら真っ暗になってしまう。


「人払いは完璧だ。文盲で口のきけない信者がいるから安心だよ。おもいっきりぶってくれ。ぶたないと君を逆に責めるけど問題ないね?」


 イコルはうんざりした気分になった。あくまで尻を叩けばいいのだ。イコルは早めに終わらそうとポーズを取る。フロントラットスプレッドのポーズを取る。

 鼻毛が伸びて拳の形を取った。それを平手にして高速でヴァカ司祭の尻を叩く。

 ぱちんぱちんと音が地下牢の中に響いた。


「おう! これは効くゥ!! こんな強いのは初めてだぁ!! はぅぅん!!」


 ぱちぱちぱちんと小刻みに叩き込む。鼻毛ごしでも人を叩く衝動は響いてくる。なんとも嫌な気分になった。

 フロントラットスプレッドのポーズを取りながら、バッファローの亜人の尻を叩く。気分が暗くなるのも当然であろう。


「だがッ! 亡き妻は! ただ叩くだけではなかった!! そこには愛! 愛があったんだ! あう! もっとぶって! あお! いっちゃう!!」


 ヴァカ司祭は漏らした。じょばーと小便を漏らしたのだ。鼻の突く臭気が漂うがイコルの鼻は塞がっているので問題なかった。

 ヴァカ司祭は恍惚な笑みを浮かべていた。口元をだらしなくよだれをたらしている。


「ふぅ、なかなかよかったよ。しかし少々乱暴だったな。男の力がこれなら彼女の方は……、ぐふふ」


 ヴァカ司祭は司祭の服に着替えた。そして後片付けをする。


「イコルよ。フエゴ教団司祭ヴァカの名において、あなたに危害を加えさせないことを誓います。あなたは私にただならぬ恩をくださった。その報いに必ず答えます」


 ヴァカ司祭は真顔でひざまずき、恭しく言った。それを見てイコルは何とも言えない気分になる。先ほどまでの痴態を見ていると、滑稽に思えてきたし、自分自身もなんともいえない気分になる。

 その間背中にはカバンに変化したベビーエビルが張り付いていた。彼はつんつんと突きこう話した。


「ああいうのをマゾというのだよ。君の場合はサドだね。実はマゾはオーストリアの作家ザッヘル=マゾッホが由来で、サドはフランスの貴族マル=ド=サドが由来なのだ」

「そういう雑学は知りたくなかったです。というかサドじゃないよ」


 イコルは力なくつぶやいた。

サディズムはフランスの貴族で小説家のマル=ド=サドがモデルです。

マゾヒズムはオーストリアの作家ザッヘル=マゾッホがモデルです。

ふたりは同年代では活躍していません。

オーストリアの精神医学者クラフト=エビングの造語です。

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