第8話 ムエルテ
「さあはりきってサルティエラへ行こう!」
まだ肌寒い朝、ピノペンディンテン村の門の前でサビオが伸びをしながら叫んだ。まるで子供が朝から家族とともにピクニックに行くのが楽しみな様子である。
イコルとフエルテも一緒にいる。彼らはヤギウマがひく馬車で移動することになっていた。馬車の中は狭く、荷物と人でぎゅうぎゅう詰めだ。汗や獣の匂いで鼻が曲がりそうである。
イコルとしては自分のスキルを発動させ、さっさと目的地まで行きたいくらいだった。自分にはその実力と能力がある。それをサビオに話したら舌なめずりして、手をいやらしく蜘蛛のように動かした。
「ならボクらは君に抱きつくよ。フエルテが前で、ボクは後ろでいいかな? もちろん君の乳首をつまむけどいいよね?」
「馬車でお願いします」
このように朝からしゃべるのもうんざりしていた。周りの騎士たちもサビオの奇行に振り回され、げっそりとしている。フエルテはよくわからない。長年の付き合いで慣れているので動じてないのだろう。ヴァカ司祭は通常運転だ。
彼は近いうちに恋人をこの村に呼び寄せるつもりらしい。その人の三つ編みは猛獣使いの鞭並みにするどいとのことだが、イコルにとってはどうでもよかった。ヴァカ司祭が股間を抑え、涎をたらす姿は気持ち悪い。
サビオは昨晩のことを聞いてこなかった。たぶんどうでもいいことなのだろう。人前でやるのが好きかもしれない。
さてピノペンディンテン村とサルティエラを繋ぐ街道は敷石舗装されている。レスレクシオン共和国では古代ローマ文明のようにすべての道は首都コミエンソに繋がっているのだ。馬車や旅人も頻繁に通っている。
商人がほとんどで彼らは自らの脚で商品を求めているのだ。大体20年前から目立つようになっている。一昔前ならサルティエラからくる塩の商人くらいしか村に入ることはなかったらしい。今ではほとんどの村はフエゴ教団の支配下にある。
もっともオルデン大陸の西方だけが未開拓なのだ。その原因は進化した猿人類モノオンブレである。彼らは人間並みの体格を持ち、知性は打製石器や磨製石器を持つ原始人並みだ。狩猟が主で獣を狩り、果実などを採集している。人間を襲うのは縄張りに入ったときだけだ。
そもそも彼らが今さら人間たちに戦いを挑むのかわからない。エビルヘッドがリーダーになっているから、エビット団のしわざというのが一般的な考えだ。
「でも上層部はエビット団が犯人とは思ってないようだよ。だってモノオンブレが襲撃してきてもビッグヘッドが現れないんだもの」
「俺もその話を聞いている。俺とアモルが猛毒の山に向かう途中ビッグヘッドたちがしつこく襲ってきたが、今回はまだその影を見た事がないな」
サビオとフエルテが言った。フエゴ教団でも一般人はあまり細かいことは気にしない。単純にエビルヘッドが悪者で、すべての災厄はそいつのせいなのだ。難しいことは理解できないから、簡潔にするのがほとんどである。
イコルにしてもエビルヘッドの悪名が広がることに反対はしない。しかし効果的に広める必要がある。今回のようにモノオンブレたちを利用したやり方は困る。彼らは別の使い道があるのだ。この件でモノオンブレ達を駆除する形になるのは避けねばならない。
「うわー、助けてくれー!」
旅人たちが逃げてきた。何が起きたのか訊ねたが無視される。よほど切羽詰まった状態のようだ。
「ウッゲッゲ!!」
街道の方から地鳴りが聴こえた。それはヤギウマの大群である。ヤギウマとはキノコ戦争の時にキノコの胞子で巨大化したノヤギのことだ。当初は単眼だったり、足がないなどの奇形が多かったが、今では持久力があり寒さにも耐えられる品種が生まれている。
ヤギウマは全部黒い。さらに乗っているのはタイワンザルだ。
タイワンザルとはオナガザル科の哺乳類である。台湾特産で、山地に大群で暮らしていたという。大きさ・体色は灰褐色でニホンザルに似るが、尾は長く、台湾おながざるとも呼ばれていたそうだ。
ヤギウマに乗るタイワンザルのモノオンブレは巨大なアライグマの頭蓋骨を肩当ての代わりにしていた。手には鋭く磨かれた磨製石器の槍や斧を持っていた。
先頭のヤギウマは黒くてひときわ大きく、まるでアフリカゾウ並みである。それにモノオンブレが跨っていた。
黒いローブを身にまとい、獣の骨で作られた鎌を持っていた。顔はこれまたアライグマの頭蓋骨で作られた仮面を被っている。西洋の死神のような格好だ。
「ウッゲッゲ! ワタシハ、ムエルテ。キサマタチ、ニンゲン、ミナゴロシダ!!」
ムエルテの指示で他のモノオンブレたちは一斉にイコルたちに襲い掛かった。
「ウッゲー!!」
モノオンブレたちは斧で近くにいる弱そうな旅人たちを殺そうとした。しかしサビオが颯爽と手で止める。モノオンブレは振りほどこうとしたが、突如ばちんと弾ける音がすると、焦げた臭いが立ち上がった。モノオンブレの目と口から白い煙が出ている。
サビオの力だ。彼は体内電気を利用してモノオンブレを感電死させたのだ。
「ボクは司祭サビオだよ。デンキウナギと犬の間に生まれた子供さ。ボクの電撃は一味違うよ?」
サビオの背後には逃げてきた旅人たちがいた。彼らはモノオンブレだけでなくサビオにも怯えている。スキル持ちを見たのは初めての人間が多いようだ。
わざわざ自分のことをしゃべったのも、周囲の人間の感情を逆手に取り、スキルの力を増すためである。
「ふん。ここは私も活躍しないとな!!」
イコルはフロントダブルバイセップスのポーズを取った。鼻毛が伸びてモノオンブレたちを掴んでは投げ、掴んでは投げを繰り返している。
フエルテもマッスルスキルで、モノオンブレを筋肉の振動が生み出す風で切り裂いた。
「ホウ、ナカナカヤルナ。デハ、ワタシガアイテダ!!」
ムエルテはヤギウマから飛び降りると持っていた鎌を使って攻撃してきた。
サビオは鎌を掴もうとしたが、すぐに手を引っ込める。そしてブリッジして回避した。
サビオの後ろには中年男性が立っていたが、胴体を真っ二つに切り離される。
それを見てサビオの目は細くなった。舌打ちするとムエルテに突進した。
懐に飛び込もうとするが、ムエルテが蹴りを出したのだ。
そのアッパースイングはかのアメリカの野球選手ベイブ・ルースを彷彿させる威力である。過去に教団が保存した動画で観たことがあるからだ。
ムエルテの武器は鎌だけではない。気持ちを引き締めねばとサビオは誓った。
「ニンゲン、ムエルテトハ、ドンナイミダ?」
「ムエルテとは死だ。この国がかつてスペインと呼ばれた時代のな!!」
ムエルテ。その容貌は西洋の死神にそっくりだ。モノオンブレがわざわざこの格好を選んだのも人間の文化を理解している証拠である。知性はかなり高い。サビオは戦慄した。
「ダガ、コブンタチガ、マケテイルナ。ココハヒコウ」
周りを見回すと、イコルによって殴り飛ばされた者や、フエルテが生み出した風に切り刻まれ血の海に沈んだ者が広範囲で見えた。モノオンブレたちもイコルたちを恐れ、襲おうとしない。逆に弱い旅人を狙おうとしても、邪魔される始末だ。
ムエルテは両足をばねのようにして跳んだ。そして黒いヤギウマの跨ると口笛を吹く。それを聞いたタイワンザルのモノオンブレたちは撤退を始めた。
「逃がすか!!」
イコルは負けて逃げ去る敵に向かって、鼻毛の拳を振るう。しかしムエルテの投げた鎌によって妨害された。
手下たちがヤギウマに乗り、逃げ去るのを見て、ムエルテも後を追った。
「しんがりを務めるとはな。なかなかやる」
「状況をよく判断する頭脳を持っているね。あの手の敵は手強いよ」
イコルとサビオはムエルテの背中を見てつぶやいた。
本当は死神でもいいのですが、スペイン語だとディオス・デ・ラ・ムエルテなので、長いのです。
死を意味するムエルテにしました。
ちなみに英語で死神はグリム・リーパーです。




