第14話 エルモテ
「さて船で川上に行こうか」
サビオが言った。目の前に見えるのは八蛇河。大型船がすれ違っても余裕があるほどの広さだ。さらに河には魚のいけすや、漁師たちの船が見える。この川にはカワタコと呼ばれるタコが棲んでいる。本来タコは海に棲んでおり、淡水に棲息しないのが普通だ。
これは百数年前にネプチューンヘッドがビッグヘッドシップで川を上り、産卵したタコの卵が川に落ちて住みついたという。
これのキノコ戦争の毒のためか、淡水でも棲むようになった。そのタコを利用したタコ焼きなどの料理が名物になっている。
漁師たちはタコつぼを回収し、漁港で作業をする姿が見えた。
さてサビオたちの目の前には一隻の船があった。古臭く木の匂いがつんとした、人が数人乗れる大きさだ。その船の下には巨大なウシガエルが潜んでいた。このカエルの背に船を乗せ、川を上るのである。
フエゴ教団が調教した船頭カエルだ。調教師が卵からふ化させ、幼少時から調教しているのである。
「ほう、これが噂の船頭カエルか。初めて見た」
「僕たちは司祭学校の見学旅行で見たよ。巨大なカエルでも調教次第でモーターボート並の移動速度になるらしいね」
「いや、モーターボートは言い過ぎだろう。機械と生物では馬力が違う」
イコルが注意したが、サビオはそっと自分の口元に人差し指を立てて当てた。
「普通の人はモーターボートは知らないよ。そもそもエンジンを動かす燃料は教団でも秘匿されているからね。司祭学校を卒業してなきゃ知らないよ。相手が僕らだからスルーするけど、真面目な教団の騎士が聞いたら、君のことを根掘り葉掘り聞くだろうね。それで僕らが認めても君を殺そうとするかもしれないから」
サビオの口調はどこか小ばかにした感じだが、イコルはなるほどと自分の軽率さを反省した。フエルテはそうだっけときょとんとしていた。この点は人それぞれだろう。
イコルたちは船に乗った。サビオは床を数回蹴ると船は川上へ向かう。船頭カエルは船を数回蹴ることで進路を決められるのだ。
すっと動き出すが、人間でオールをこぐよりは気持ち的に早い。すいすいと進んでいく。
数分後にはサルティエラの街並みが遠のいていった。後に広がるのは未開拓の森だ。すぐに川を渡ればいいと思いがちだが、森の中は手つかずであり、モノオンブレ達の庭だ。それ故に獣を捕まえるための罠などが張り巡らされており、モノオンブレが調教した巨大なイエイヌ、カサドルという犬がいる。これは小型のモノオンブレが乗り、獲物を狩るのだ。
そのカサドルは騎士たちを翻弄する。数十年前に森を通り抜けようとモノオンブレを忌み嫌う騎士たちが乗り込んだが、カサドルに喉を噛み千切られ、小さな矢や槍で殺されたという。
なぜわかるのか。モノオンブレが騎士たちの死体を川の対岸にやぐらを建てて吊るしたからである。
川から行けばモノオンブレはあまり手を出さない。その先にモノオンブレの王国、モノレイノがあるのだ。
周囲は森だけである。河は濁っており、遠くでは巨大なヌートリアが川辺に生えたウォーターレタスをむしゃむしゃ食べていた。かつてはスペインでは森は少なかった。キノコの毒で犯された土地や、毒を含んだ雪解け水で生まれた被爆湖をビッグヘッドが喰いつくし、木に変化したおかげで森が生まれたのだ。
カバンに変化したベビーエビルも昔はこの辺りは森はなかったと懐かしがっていた。もっとも知識だけで実体験はないという。
その時川上から船がやってきた。それはでたらめに作られた木造船だった。村にある漁船の方がマシな造りである。
それらが一隻のガレオン船に集まり攻撃を仕掛けていた。こんな川にガレオン船と思うだろうが、この川では珍しくない。小さな船に乗っているのはモノオンブレだ。カニクイザルのモノオンブレ達がこん棒や槍を手にガレオン船を襲っているのである。
「どうやら襲われているようだ。早く助けよう」
「なぜ助けねばならない。俺たちには関係ないだろう」
「関係なくないよ。あいつらは僕らの進路にいる。なら通り過ぎようとしても僕らを狙うよ。それなら積極的に敵を排除して、ガレオン船の船長に恩を売ることが大事だね。何かお礼をくれると思うな。くれなかったら殺せばいいし」
「俺よりひどいことを言うな」
だがサビオの意見ももっともだ。イコルはカニクイザルたちを撃退することにした。
カニクイザルはイコルたちに気づいた。船からぴょんと飛び乗ってくる。ぐらぐら揺れても怯える様子はない。彼らは船に強い性質なのだろう。
イコルはポーズを取り、鼻毛を伸ばした。鼻毛のパンチでカニクイザルたちを殴り飛ばした。フエルテもマッスルスキルで相手を吹き飛ばす。
そこにざばっと河の中から何かが飛び出た。カニクイザルだ。彼らは水の中に潜れるようである。銛を手にしており、イコルに突き刺した。
太ももを刺され、激痛が走る。しかしイコルは我慢した。この程度の痛みで鼻毛を引っ込めるほどイコルは甘い人生を送っていない。オラクロ半島時代では傷の回復をうながすためと称して針を刺され、ナイフで切られ、顔を何度も殴打されたことがあるからだ。イコルの顔が潰れたのもそのためである。
モノオンブレ達は次々と殴り倒されていった。
そこにひと際水しぶきを上げた後、一匹のモノオンブレがイコルたちの船に飛び移った。
巨大なカニクイザルで胸は皮製のビキニを身に付けている。手には皮手袋をはめ、足はサンダルを履いていた。もっとも足ヒレがついている。皮手袋も水かきがついていた。おそらく川で活動するための処置だろう。
胸が大きく、腰も括れており、メスであることがわかる。胸にはリクダコが張り付いていた。
「ワレハ、エルモテ。ニンゲンドモヨ、ジャマヲスルト、シヌヨ」
「エルモテ、エルモテでござるか!!」
今までどこにいたのか、サビオの背中からひょいと顔を出したのはプリンシペだ。
「ホウ、プリンシペカ。イキテイタノダナ。ダガ、モウオマエハ、ワガアルジデハナイ。イマノオウハ、ロホカラペラサマダ。ミノガシテヤルカラ、ハヤクキエロ」
「ぐぐぅ、この恩知らずが!! メスでありながら父上に認められ親衛隊に抜擢された恩を忘れたというでござるか!!」
「ワスレテイナイ。ホントウナラ、ロホカラペラハ、ニクイテキダ。シカシ、イマノワレニハ、チカラガナイ。シンライヲカチトリ、ヤツニチカヅキ、モノレイサマノ、アダヲウツ。ソレハオマエニハムリダ。ダカラキエロ」
どうやらエルモテはモノレイに恩を感じており、その王を殺したロホカラペラは表向き忠誠を誓っているが、いつか殺すつもりのようだ。
プリンシペは顔を真っ赤にしている。父親の仇を討ちたいのに、自分では無理だと言われて腹を立てているのだ。イコルたちも心の中ではプリンシペでは無理だと思っている。
「うううぅ! 確かに拙者は弱いでござる! しかし一族を想う気持ちはだれにも負けないでござる!!」
「オモウダケデハダメダ。イマハニゲロ、ソシテチカラヲツケテ、カタキヲウチニコイ。モットモイマハ、ソコノニンゲンドモヲシマツスルノガ、サイユウセンダガナ」
エルモテはイコルたちに襲い掛かった。彼女はある程度忠義のあるメスのようだ。
イコルたちに襲い掛かるのは、部下を倒されたからである。自業自得であった。
エルモテには隙が無い。まるで武人のようである。イコルたちだけでなく、プリンシペも視野に入れ、構えを取っていた。
余計な遊びはしない。目的のためなら感情を殺し、有効な道を進む。厄介な相手だ。
胸のリクダコがうねうね動いていても、気にも留めていない。
「僕たちはギーガンテというモノオンブレを倒したけど、どう思う?」
サビオの質問に、エルモテは動じていない。
「ギーガンテヲタオシタカ。ヤツハクズダ。ヨワイモノイジメシカデキナイ、イチゾクノツラヨゴシダ。ヤツヲコロシタカラ、カタキヲウツツモリハナイ。シカシ、オマエハウソヲツイテイナイコトガワカル。ワタシノカンダ。ナノデ、ワレハユダンシナイ」
エルモテはさらに気を引き締めたようだ。しかしギーガンテは同族にも嫌われているようである。
彼女は胸に張り付いたリクダコを引きはがすと、大きく口を開けてむしゃむしゃと食べた。
プリンシペはそれを見て怯えた。なんでもリクダコは河の悪霊と呼ばれ、忌み嫌われているという。そのリクダコを食すことで悪霊を喰らう勇者としてあがめられるそうだ。
「相手は気合を入れている。こちらも入れないとね」
サビオが言った。
エルモテはスペイン語で美しいという意味があります。
美しいというよりアマゾネス感があるけどね。




