狂気の沙汰
『本日未明、第1結仁場地区の住宅街で、男性が血を流して倒れているのを発見されました。
現場は人通りの少ない道路で、被害者は胸に鋭利なもので刺され、即死したとみられます。』
『このような殺人事件は7回目で、警察は同一犯のものと見て捜査を続けていますが、未だ犯人は見つかっていません』
『また、以前————』
近くの路上テレビで、そんなニュースが流れている。それを聞いた2人の男、おそらく中学生と思われる姿の奴らが話している。
「また殺人事件だってよ」
「めんどくせー。
どうせならうちの教師とかやってくんねーかな。そうしたら学校休みになんのに」
「いやそれは不謹慎だろ」
そうかー?とゲラゲラ笑っている。ニュースの内容など特に気にも留めていないのだろう。
自分達の近所で起こった事件だというのに、他人事だ。もともと、この地区にはそういった人間が多い。
まあ、こんな世界では当たり前なのだが。
————ああ、イライラする
今すぐに、何も知らないあの男どもを追いかけて、殺してやりたい。胸にナイフを突き立てて、これがお前たちの罪だと吐き捨ててやりたい。
だが、今は駄目だ。人通りが多すぎる。
殺し洩れがあっては困る。そいつらに、警察へ通報されたら一巻の終わりだ。クソが。
ぐるぐると、殺意と使命感が渦巻いている。
衝動に身を委ねてはならない。力尽くで感情を抑え込むと、すぐにその場を離れた。
「はぁっ、はっ!」
強迫観念が心臓を縛りつける。
足りない、まだ、圧倒的に、不足している。
この世界を壊すには、まだまだ足りないのだ。
ふらふらとおぼつかない足取りで歩いていたためか、壁にぶつかった。気づけばもう夜だ。
動かなくてはならない。
もうすっかり手に馴染んだナイフを片手に、夜の路地を徘徊し始める。
狂いそうな思考の中、ふと弱気が浮かぶ。
あと何度、俺は俺を殺さなくてはならないのだろう。
————決まっている。“俺”がいなくなるまでだ。
覚悟とは言えない情けない決意、それを固めて前を向いた。
暗闇が広がっている。星の瞬きも月の明かりも、黒い闇に塗りつぶされて、視界を確保させるのは街灯のみ。後は、住宅の光もあるが、世界を照らすには至らない。
音という音は途絶え、足音だけが世界に生物が存在する証拠として響いていた。
2つの、足音だけが。
目の前に人影を見つけた俺は、駆けだしていた。ナイフを振り上げ、相手の胸に吸い寄せられるように手が向かい、突き刺す。
幾度も繰り返した行いだ。慣れた感触を手に感じてからだがこわば
「ぅ?」
かるいしょうげき
胸に何かがはえている
手元をみてもナイフの先にはなにもない
なにもなくてでもむねになにかはえている
————刺された?
————刺された。刺されて、胸を、おれが、たおれる、いたい、なにが、どうして、
カッターナイフが転がった。刃に血がぬらぬらと、弱い光に反射しているのが見える。
倒れている俺は、ただ見上げることしかできなかった。
“俺”が俺を見下ろしている。殺意を持って、憎しみを持って。
————ああ、やっぱりか
納得が頭を巡った。
前回、前々回、それ以前は全く違ったが、今回はこうなるという予想があった。虫の知らせとでも言うのか、とにかくそういうことだ。
後は、“俺”に全てを託すだけ。 託させて、欲しい。
思いに気づいたのかはわからないが、近づいてきて、俺のそばにしゃがみ込んだ。
声は出ない。喉が血で塞がれている。
もう、ながくはない。
————お前が、次の
「ああ、“俺”が次の犠牲者だ」
「俺で、最期にする。させてみせる」
————そうか
目は霞んだ。呼吸は消えている。最後の役目を果たした耳は、もう何も響かせない。
久々の、そして永遠の眠りが近づく。
————長かった。
この世界の真実を知ってから、ずっと使命に焼かれていた。怒りが全てを喰らいつくそうになって、それでも理性が対抗して。いっそ狂ってしまいたかった。
————けれどもう、それも終わりだ
安堵と共に、その眠りに呑み込まれた。
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『No.1049がNo.1027に殺害されました。これにより、No.1027に記憶が復元・再生されます』
部屋にそのアナウンスが響き渡る。
画面を注視していた研究者たちは顔を見合わせ、口々に話しはじめた。
「珍しい」
「このようなことがあり得るとは。やはり危険だ」
「早急に対策を考案する必要がある」
「しかり。監視員を数名残し、残りのものは会議室へ移動せよ。これから会議を始める」
慌ただしく動き出す研究者たち。そして数分も経たぬうちに、監視員を除く全ての人間が消えた。
部屋では物音1つせず、実験場のいたる所に設置されている監視カメラからの情報が、生命の無い世界を映していた。
会議室では、代表者と思われる男が研究者たちに語りかけていた。
「諸君、我々は本日午後10時に未だ例を見ない事例を観測した。これは深刻な問題であるが、同時に喜ばしい情報である。なぜなら、」
そこで一度言葉を切り、集まった者たちを見回す。
「これでまた一歩、我々の夢の実現に近づいたからだ」
「さあ、祝おう皆。そして導き出そう、答えを」
「我々の、新しい世界を創るために」