成長
4月13日、金曜日。午後17時。
今日の授業が終わった後、幸磨は家に帰ってすぐマリアから貰ったガーベラの種を植える準備
を始めた。最初取りかかったのは、卵のパックを再利用した育苗ポット作りから。
卵パック上下を切り離した後、卵を入れる部分が尖っている方のパックの底に切り込みを入れて
小さな穴をあけ、そこから用土を入れて水をかけて種をまく。そして穴のあいていないパックを受
け皿として使い、それを日陰で管理する。種まきが成功すれば、1・2週間で発芽するとのこと。
「こう君、ガーベラの水やり忘れちゃダメだよ?適度に水をやらないと枯れちゃうからね」
「分かってる。忘れないようにするよ」
「それにしても、まさか押し入れで育てる方法があるなんてね~。なんかきのこ栽培みたい」
ネット検索の結果、押し入れで発芽させる方法を発見。それを知った幸磨が『試しにやってみる
か』と半信半疑で押し入れの中で育てる方法を採用した。
「種から育てるの難しいって聞いたけど、まぁ~やってみなきゃ分からないよね~」
「まぁ、やると言ったからには…成功させたいかな」
「そうだね。マリアちゃんとお母さんに喜んでもらいたいしね」
「…うん」
「とは言っても、植えたばっかりだからまだ芽出ないよねぇ~。早く出てほしいなぁ~」
ところが、この話をした二日後。幸磨が部屋の押し入れを開けて見ると、そこには可愛らしい
小さな芽が顔を出していた。あまりにも早すぎるこの発芽に幸磨は疑問を抱いたが、そういうこ
ともあるかなと思い、水やりを終えて押し入れの襖を閉めたのだった。
4月16日、月曜日。
今日の一時間目は体力測定。種目は握力・走り幅跳び・反復横跳び・上体起こし・長座体前屈
・立位体前屈・ソフトボール投げ・長距離持久走1500m・短距離走50mで一学年まとめて
行うのだが、希愛中学では特殊なルールに基づいてA・Bの2つのチームで別れての測定になっ
た。(ちなみに男女別々である)
「俺と炎樹はAチームで、こう君がBチームかぁ…こう君、一人で大丈夫?」
別々のチームになり、月冴は一人になる幸磨を心配する。
「大丈夫だよ。一時間の辛抱だし…」
幸磨が月冴に答えた直後、Bチーム担当の女性教師が集合の声を掛けた。
「Bチームの生徒は集合してくださーい!」
「あっ、行かなくちゃっ。じゃあ、二人共頑張ってね!」
幸磨が教師の所まで走って行くのを見届けた後、Aチーム担当の男性教師が集合の声を掛けた
ので二人も歩いて向かった。
「月冴、お前はどう思う?」
「何が?」
「この体力測定のチーム分けだ。学校側のことだから、あれに関係していることだとは思うが」
「んなことして誰が得するんだよ」
「分からない。けど…念のためだ」
炎樹がその先まで言おうとしたが、月冴は最後まで聞かずに次のように答える。
「別にお前に言われなくても、出さないつもりだったよ。それに本気出しても俺以外に強い奴
なんてこの学校にはいないだろうしね」
寂しいそうな目で青空を見上げて答える月冴に炎樹は「そうだな」と短い返事をする。
それは決して自分に過信しているわけではなく、生まれ持った力を全力で出しきれぬことの
悲しさと悔しさが彼を寂しい気持ちにさせたもの。
炎樹はそれを知っていて、あえて彼に何も言わなかったのだ。
同じようで同じでない力を持った者同士でしか分からない悩みを…。
その後、体力測定は無事に終わり、月冴と炎樹は幸磨と合流。だが、幸磨は最後の1000m
走で体力をすべて使い果たして倒れてしまい、二人で保健室まで運ぶこととなった。
保健室へ入ると誰もおらず、月冴と炎樹はとりあえず幸磨をベッドへと寝かせた。
「こう君って本当体力ないよねぇ~」
月冴は寝ている幸磨の頬を指でツンツンと触りながら炎樹に言う。
だがそれでも幸磨は起きず、ぐっすりと寝ていた。
「それだけ俺達より普通の人間だっていう証拠じゃないか。あと、本人が寝てるからっていた
ずらするなよ」
「いいじゃん。起きないんだし」
「お前なぁ…」
月冴は炎樹の注意を無視して幸磨の頬を続けて触り始める。
「それにしても、体力測定には参ったな。やっぱり本気を出さなくて正解だった」
炎樹が確信を持つのも理由がある。
体力測定によりチーム分けされたAとBを二人は交代で調査したところ、この2つのチームの
測定基準が大きく違っていることが判明したからだ。例えば、長距離持久走1500mは中学一
年生男子平均記録は416秒とされているが、Aチームはその平均を遥かに超え、Bチームは
平均どころかかなり遅い。そして、握力では平均約30kgにも関わらず、Аチームの中には片手
で40越えの生徒がいたり、Bチームは平均20kgと弱い結果になっていたりとこのチーム分
けは生徒の実力で決められているものだと一目瞭然だったのだ。
「もう測定は終わったんだし、大丈夫だろ」
「いや、まだ油断はできない。学校にいる間は、出来るだけ目立った行動を取らないように
しろ」
「目立った行動…ねぇ~。生徒数が少ないんじゃ、目立ちたくても目立っちゃうんじゃない?
それにうちのクラスはまだ来てない生徒がいるし」
「やめろよ。それを言われると言葉が出なくなるだろ」
「だって事実じゃん」
「…保健の先生、呼んでくる。しばらくこう君を休ませた方がいい」
「あっ、逃げる気かよっ」
「逃げてねぇーよ。そろそろ休み時間終わるだろ?俺、行ってくるよ」
炎樹はそう言いながらも逃げるように保健室を出て行った。
「…やっぱり逃げてんじゃん。炎樹のやつ」
だが、時計を見ると本当に休み時間はそろそろ終わろうとしている。炎樹が戻ってくるまで、
月冴は眠っている幸磨の寝顔をただじっと見ていると、閉めきられた扉が開く音が聞こえた。
「はやっ、もう帰ってき…」
炎樹が戻って来たと思い、月冴は扉の方へ振り返ってみると…。
そこにいたのは炎樹ではなく、黒いパーカーを着た少年だった。
外見だけでも怪しい雰囲気を醸し出しているが、月冴は本能的に幸磨を守る体勢を取る。
「誰だ、お前?」
自分に問いかける月冴に少年は答えることはなく、無言で彼らのいるベッドまで近づく。
「おい、聞いてんのかよっ!」
月冴は少年の応答がないことに腹を立て、自分達に接近する少年の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
今ここにいるのが学校でなかったら、胸ぐらなんて優しいものではなく、相手の顔面に蹴り
や拳を食らわせていただろう。先程炎樹に言われたばかりだというのに、悪いタイミングだと
月冴は思っていた。
「…お前が彼のボディーガードか」
少年は月冴に胸ぐらを掴まれたまま、そう言葉を呟いた。
「なるほど、これは確かに強い力だ。人を見た目で判断するなって本当なんだな」
「さっきも聞いたけど、お前いったい誰?あと何で俺のこと…」
「伊島楼。お前と同じ…運命を背負わされてる者だよ、菊馬月冴」
伊島楼と名乗った少年は、月冴にその言葉を残すといつの間にか消えていた。
自分の視界から一瞬にして消えたことに数秒遅れで気づいた月冴は、「なんだったんだ…」
と、炎樹が帰ってくるまで茫然自失していた。
月冴から姿を消した楼は、学校の門前で待つ男性の姿を見つけて「ただいま」と声を掛けた。
黒髪で服装は派手なTシャツとズボンでいかにもチャらそうな男だったが、楼は慣れているのか
堂々としていた。
「おかえり。挨拶はきちんと出来た?」
「…まぁ」
挨拶は出来たという質問に楼は短くそう答える。
それに男性は「そっ、良かったね」と言うと、「明日から学校だし、仲の良い友達作らないと
ね」と、なんだか楼よりも楽しんでいるみたいだった。
しかし、この発言に楼は表情一つも変えず「群れるのは好きじゃない」と答える。
群れるというのは、つまり集団行動が苦手で一人の方が気が楽だという意味だ。
どうやら本人は学校生活にあまり乗り気ではないらしい。
「まぁまぁ、そんなこと言わずに。楼ちゃんにはやってもらいたいこともあるから、そのため
にも学校生活を楽しんでもらいたいんだよ。だから頑張って」
「…やればいいんだろ?やれば」
楼は男性のあまりにも気持ち悪い眼差しを見続けて、気分を悪くした。
明日から始まる学校生活、そしてある目的を達成するための地獄の扉が開かれる。
4月17日、翌日。楼は希愛中学校の制服を身に纏い、幸磨達のクラスに現れた。
すると昨日彼にあった月冴は、楼の姿を見て目を見開いて愕然とする。
理由は二つ。
一つ目は、楼が希愛中学校の生徒として自分達の前に現れたこと。
そして二つ目は…彼が男子の制服ではなく、女子の制服を着ていたこと。
そう…伊島楼は、女の子だったのだ。