喧嘩
4月11日、水曜日。
昨日の不審者出現騒動により、本日の授業は一部内容を変更して体育館で緊急の生徒集会が開
かれた。休憩を挟んで約2時間ほど校長・教頭先生の話を聞くのだが、段々集中力が切れて中に
は欠伸をする生徒が続出。その度に教師が注意したり、列の中に入って生徒を連れて体育館の外
へ行ったっきり帰ってこないといった一部の生徒に教育指導を行いながらも、生徒集会は無事に
終了した。
「ふぁ~あ。やっと終わったぁ~」
生徒集会が終わり、月冴は自分の教室へ戻って来ると欠伸をしてその場で伸びをする。
その後に幸磨と炎樹が教室へ入り、自分達の席へ着く。
幸磨はその際、自分の右隣の席へふと視線を向けた。
「マリアちゃん、心配だねぇ~」
「っ!?」
幸磨の右隣はマリアが座っている席。
担任の話では、今日は体調が優れないので欠席させると保護者から連絡があったらしい。
昨日見た様子では元気だったので、もしかしたら無理をしていたのでは?と幸磨はマリアのこと
を心配してた。
「マリアちゃんのこと心配で心配で溜まらないよねぇ~。こう君」
「べっ、別にそんなんじゃないよ」
「えぇ~じゃあなんでマリアちゃんの席をじっと見てたの?」
「そっ、それは…」
「月冴、やめろ。こう君が困ってるだろ」
「なんだよ、炎樹。その言い方だとまるで俺がこう君をいじめてるみたいじゃないか」
「いじめてるというより、からかってるだろ。全く、お前は昔から変わらないな」
「はぁ?そういうお前こそ、昔からそういうとこ変わらないじゃないかっ!」
「ちょっ、二人共…」
ここから月冴と炎樹の幼少期時代の話で二人は言い争いを起こすことに。
「5つの時、かけっこでどっちが一番になるか競争して、負けたら自分のおやつをやるって
言ったのに、俺が勝ちそうになってゴール直前に河童がいるって嘘ついて、その隙に自分が先に
ゴールするって汚い手を使いやがって。結局河童なんていなかったし、自分のおやつは取られる
しで、あの時はもうどうしようもなくお前が憎かったよ!」
「川がないのに河童がいるわけないだろ。それを言うなら月冴だって、隙あらば逃げ出して
俺の所へ来て遊んでたよな?結局あの後、見つかって二人まとめて説教された」
「だって、朝から晩までずっとあんなことばっかしてて、自由な時間がなかったんだぞ!
少しぐらい遊んだって罰は当たらないだろうっ!?」
「だからって俺を巻き込むなよっ!俺は周囲のこともあって、下手な行動で悪目立ちすると
困るんだよ」
「ほぉ~さすがだねぇ~。俺と違って良いとこのお坊ちゃまは考えてることが違うなぁ~」
「つっ、月冴ぁ…!!」
炎樹は頭に血が上り、月冴を鋭い目で睨むと彼の胸ぐらに右手を伸ばそうとした。
しかし、幸磨が炎樹の右腕を掴んで彼の行動を阻止する。
必死に自分の右腕を掴む幸磨を見て、炎樹は我に返り、月冴に目を向ける。
数秒間沈黙した後、炎樹は小さな声で「ごっ、ごめん…」と二人に謝罪した。
「いや…俺の方こそ…ごめん」
炎樹の謝罪の後、月冴も言いづらそうにしながらも彼に謝罪する。
幸磨が身体を張って止めてくれなかったら、彼らはどうなっていたのだろうか。
それを考えると月冴と炎樹はお互い身体の震えが止まらない。
「二人共、喧嘩は止めようよ。そろそろ授業始まるし」
「そうだね。喧嘩はよくないよね、月冴」
「…あぁ。そうだな」
その後、担任教師が教室へ来て、三人は真面目に授業を受けた。
そしてこの日以来、月冴と炎樹の本気の言い争いは見れなくなるのだった。
授業が終わると、幸磨・月冴・炎樹の三人で通学路を通って仲良く下校する。
その際に炎樹が不審者騒動のせいで二人の家を訪問出来なかったことを思い出して、改めて
二人に今日お邪魔しても良いかと尋ねてきた。月冴は休み時間の件があったため何も言えず、
代わりに幸磨に選択させることに。そして幸磨は炎樹の押しに負けて彼の訪問を許し、三人で
家まで帰ることになった。
その頃、家にいる子機03は来客と話し込んでいた。
来客と言っても相手はロボットではなく、人間の成人男性である。
『それにしても、あんたが出世してあの人の跡を継いだなんて驚いたわ』
「好きで継いだわけじゃねぇよ。無理やり押し付けられただけだ」
男性は子機の質問に答えると、出された熱いお茶を一気飲みする。
最初はかなり熱かったが、話している間に冷めて飲める温度になっていた。
『ふーんー。まぁ、一応お祝いの言葉を送っておくわ。出世おめでとうございま~す』
最後のセリフだけわざと棒読みで全く感情がこもっていなかった。
それに対し男性は「全然嬉しくねぇーよ」と言いつつも、心の中では自分の出世を祝っても
らえて少しだけ照れていた。
「出世つっても、仕事は楽になるわけじゃねぇんだ。お前だって知ってるだろ?俺達が何を
してるのか」
『どの世界でも一緒ってわけね。出世は良い事ばかりじゃない。それが人にとって幸せか、
それとも不幸せなのか。本当、考えただけで頭が痛くなるわね』
「脳みそねぇーのに頭が痛くなるのかよ。雑用ロボットのくせに」
『誰が雑用ロボットよ。それにあんたに言われると昔から腹が立つわ。本当10年経っても
中身は昔とちぃーっとも変わらないわね』
「そういうお前だってちっとも変わってねぇーだろうが。まぁ……変わった所はあるけどよ、
その他は10年経っても昔のまんまだな」
『なんですって!このぉ~……てっ』
子機が最後男性に何か叫ぼうとしたが、その直後にインターホンの音でかき消されてしまう。
『お母さん?いないの?おーーい』
最初に聞こえたのは月冴の声。
『おかしいな。いつもなら扉の鍵開いてるのに』
その後に幸磨が続く。
『二人共、合鍵持ってないのか?』
『いやっ、お母さんがいるのに合鍵なんて持ってるわけないじゃん。ねぇ、こう君』
『うん。いつも家にいるから持ってる必要ないなと思って、鍵は持ってないんだ』
モニターで三人の会話を盗み聞きした二人。
『あらやだ、もうこんな時間だったのね。うっかりしてたわ~』
「うっかりで済まされるかっ!しっかりしろよ、雑用ロボっ!」
『はいはい。どうせ私は雑用ロボですよ。…はーい、今開けますからねぇー』
「あっ、おいっ!」
子機は男性の声を無視して、玄関扉のロックを解除した。
「お母さん、扉の鍵閉まってたよ?」
『ごめんなさい。まだ早いなと思って鍵開けるの忘れちゃってたわ』
子機は来客が来ていたことを隠し、自分のうっかりミスだと説明して謝罪する。
『ところで、そちらの子はお友達かしら?』
「あっ、えっと……」
「炎樹、こちらは子機03で通称『お母さん』。こう君の家の人型ロボットで、身の回りのお
世話をしてくれてるんだよ」
「どうも初めまして」
「お母さん、こちらは東炎樹君。俺達とは同じクラスなんだ」
「…東炎樹です。よろしくお願いします」
自己紹介を終えた後、炎樹は子機と一緒にリビングへ。幸磨と月冴はまず自分の部屋へ戻って
着替えてからリビングへ行くことになった。
『東君は甘い物好き?』
リビングに入ってすぐ子機からそう聞かれて炎樹は「あっ、はい。大丈夫です」と緊張気味に
答える。
『そう。じゃあ、ジュースとクッキー持ってくるわね』
子機は炎樹にそう言うと、ジュースとクッキーを取りに台所へと一人向かった。。
それから少しして幸磨と月冴が私服に着替えて炎樹のいるリビングへとやって来る。
「おっまたせぇ~」
「着替えてきたよ」
「おかえり、二人共」
「あれ?お母さんは?」
「ジュースとクッキーを取りに行ったよ」
「ふーんー…そっかぁ~。そんじゃあ~俺、お母さんの手伝いしに行ってくるわ。こう君と
炎樹はテレビでも点けてのんびりしてるといいよ」
月冴は幸磨と炎樹にそう言うと、一人駆け足で台所へ向かった。
この時、彼以外は何も気づいていなかったのだ。
玄関に幸磨と月冴以外の人間の靴があることに…。
台所に行ってジュースとクッキーの準備をしていた子機に男性は苛立った声で怒鳴った。
「お前、俺がいるのに何勝手なことしてんだよっ!ガキ共が入って来たじゃねぇーか」
『仕方ないでしょ、帰って来たんだから。嫌なら今のうちに脱出したらいいんじゃない?』
「あぁ…そうしたいよ。そうしたいけどよぉ……」
自分には自分の事情があるんだよと言おうとした男性に突然月冴が台所へ入って来た。
「お母さんっ!」
月冴が入って来るのを直前に察知した男性は子機の後ろにさっと隠れる。
子機は月冴に『あら、どうしたの?』と尋ねた。
「ジュースとお菓子持っていくんでしょ?俺、手伝うよ」
『ありがとう。でも、大丈夫よ。私だけで持って行けるわ』
「そう?じゃあ、お母さんにいくつか質問しても良い?」
『えぇ、いいわよ。何かしら?』
「今日俺達が学校へ行った後、誰かお客さん来た?」
『えっ?そんなこと聞いてどうするの?』
「質問してるのは俺の方だよ、お母さん」
意地悪そうに月冴は子機に言う。
それに対して子機は『えぇ、来たけど。すぐ帰ったわよ』と答えた。
「へぇ~それは変だなぁ~。ついさっき帰って来た時、玄関に俺達以外の男物の靴が置いて
あったんだけど…そのお客さんの忘れ物かなぁ?」
『…気づいてたのね』
「俺、そういう所よく見てるから。炎樹も普段なら気づいてると思うけど、緊張で全く気が
ついてなかったみたいだよ」
『もういいんじゃない?ばれてるみたいだし』
子機がそう言った後、後ろに隠れてる男性が月冴の前に姿を現す。
男性を見た月冴は一瞬目を見開いたが、それはすぐ鋭い目付きへと変わる。
「…やっぱりあんただったか」
「月冴。てめぇはガキの頃から変わってねぇな」
「それはあんたもだろ、クソ親父。いったい何しにきやがった」
「俺は仕事でこの家に寄っただけだ。用が済んだらすぐ帰るつもりだったが、この雑用ロボット
がお茶しようなんだのと引きとめるからお前達が帰ってくる時間になっちまった。それだけだ」
「へぇ~そうなんだぁ~。お母さん、優しいもんね。あんたみたいな傍若無人でもお客さんと
して扱うんだからさ」
「んだとぉ、てめぇっ!」
両者睨み合い、お互い胸ぐらを掴んで喧嘩が始まりそうになった。
しかし、その直前に『二人共、いい加減にしてよっ!!!!!』と二人の間から声が上がる。
「「っ!?」」
子機の怒鳴り声に二人は驚き、一時シーンと静まり返る。
『ごっ、ごめんなさい。つい大きな声を出しちゃって』
「…いや、こっちこそごめん」
月冴は子機が本気で怒っているのを目の当たりにして、少し縮こまってしまう。
子機の怒鳴り声を聞きつけて、幸磨と炎樹の二人が台所までやって来ると男性が舌打ちをして
「俺は帰る」と呟いて、一人玄関へ向かおうとする。
いったい何がどうなってるんだと状況が理解出来ない幸磨と炎樹は、ただ道を開けて通すしか
なかったが、子機は男性の後を追いかけて『ちょっと待ってよ、鉄心!』と彼の名を叫んで呼び
止める。
「っ!?下の名前で呼ぶなっ、雑ロボ!」
下の名前で呼ばれるのが恥ずかしかったのか、鉄心は足を止めて子機にそう叫び返す。
『またこっちまで来たら家に寄ってよ。今度は私が話聞くからさ』
「…あぁ。気が向いたらな」
それは鉄心の中では『また来る』という意味だった。
これが彼にとって精一杯の気持ちを表していて、子機にもそれは伝わっている。
鉄心が家を出た後、三人はリビングに戻ってジュースとクッキーを食べてのんびりとした時間
を過ごしたのであった。