黒き心は強き光を嫌う
黒い煙に包まれたが、特にこれといって身体に痛みが走ることはなかった。
ぎゅっと閉じていた目を開き、自身の身体を確認するが、異常は見当たらない。
幸磨がほっと一息ついたところ、彼の前に一人の少女が現れる。
「マリアちゃん!?」
彼女の名前を叫ぶ幸磨。
しかし、マリアはうつむいたまま何も答えない。
「あっ、あの……」
「何しに来たの?」
「えっ…何しにって…それは」
上手いこと言葉が見つからず、苦戦する幸磨にマリアは深く溜め息をついた。
「助けに来たの?元の私を取り戻すために」
「そっ、そうだよっ!僕達は元のマリアちゃんに戻ってほしくて」
「誰も助けてくれだなんて頼んでないわよっ!」
マリアは怒鳴った。
今まで彼女が怒鳴った姿を見たことがなかったので、幸磨は言葉を失う。
「もうあいつから話聞いてるんでしょ?私が今までしてきたこと…全部知ってるんでしょ!?」
あいつと言うのは、愛美奏のことだろう。
マリアの出生や自身の力で人を殺したこと、幸磨の好意を利用し誑かして殺害しようとしていた
ことも彼女にはお見通しだった。マリアは必死に力で抵抗したが、愛美奏の力には到底敵わず、
最終的には身体と魂を強制的に分離させられてしまったらしい。魂のない身体は、愛美奏の力で
動かされて、それを不審に思われないように彼女に関わる人間の記憶をいじったのである。
「僕が姉ちゃんに頼んで、元に戻してあげるよ。だから心配しないで」
「別に元に戻らなくてもいいわよ」
「えっ!?どうして?」
「戻っても、楽しくないし」
「楽しくない?でも、マリアちゃんいつも学校では楽しそうに…」
「あんなのただの作り笑いよ。いつもにこにこしてるからって、変な誤解しないでくれる?
それに私、学校もあんたも大嫌いだから」
「えっ……」
大嫌い…?
大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、大嫌い、だいきらい、だいきらい、
だいきらい、だいきらい……………………。
大嫌いが彼の頭の中をループする。
よほどショックが大きかったようで、幸磨は何も考えられなくなってしまった。
「中学校の入学式で、あんたを初めて見た時、すごく鳥肌が立った。今まで他の人間には感じ
なかった強い光が見えて…私はそれに拒否反応を起こしたのよ」
それからもマリアの目には、幸磨を纏う強い光が見え、それが徐々に彼女が幸磨に殺意を芽生
えさせるきっかけを作ってしまう。だが、幸磨には月冴が側に付き、その後炎樹が加わったこと
でますます彼を狙いずらくなる。
「映画に誘ったのも、分かれた後に事故に見せかけて殺すのが目的だったんだけど…まさか月冴
が迎えに来てるなんて思わなくて、失敗しちゃった」
だが、映画館で幸磨が見ていた家族が交通事故で亡くなっている。
原因は幸磨が自分と一緒にいながら、よそ見をして家族の方に目を向けたことに腹を立てたと
いう子供っぽい話だった。
「私は性別不明児で生まれたことで、実の両親に捨てられた。生まれたばかりだった私は捨て
られた恨みを力にして、親を交通事故に見せかけて殺した。その後、里親に引き取られて、私は
女として生きる道を選んだけど、小学四年生の時に性別不明児だってことがばれて、それを理由
にいじめられるようになった。私は何も抵抗できないことが悔しくて、腹が立って…いじめっ子
達を誘拐事件に巻き込ませて殺した。これが…本当の私よ」
「…」
言葉が出てこない。
性別不明児ということにも驚いたが、彼女の出生のことやいじめのこと、幸磨はマリアのこと
について何も分かっていなかったという真実に心を痛めていたのだ。
「これでもまだ、私を元に戻すなんて言える?」
「それは…」
幸磨がそう言いかけた時、突然二人の間に強い風が吹き、光が差し込む。
その光の中から現れたのは、刀を片手で軽々と持つ一人の少年、月冴だった。
「幸磨君!」
「月冴君!?」
月冴は彼の名を呼ぶとすぐに駆け寄り、自身の腕へと抱きしめる。
「良かった、無事でっ!遅くなってごめんね」
邪魔をする十六夜に炎樹と二人係で戦ったが、少し時間がかかってしまい、月冴一人が幸磨を
助けるために急いで駆けつけたのだ。
「マリアちゃん。話はあっちで、こう君のお姉さんから聞いたよ」
「…」
月冴の言葉にマリアは黙る。
しかし、直後に月冴はこう口を開いた。
「俺もマリアちゃんと似たような環境だから、マリアちゃんの気持ち…少しは分かるよ」
「えっ…?」
「月冴君、どういうこと?」
「ごめんね。こう君にはずっと隠しておきたかったんだけど…」
苦笑いしてそう言うと月冴は少し間を空けて、「俺、最初生まれた時……女だったんだ」と、
二人にカミングアウトした。
「「えっ!!??????????」」
「あはははっ、やっぱり驚いちゃうよね~。だから内緒にしてたんだけど」
「えっ、えっ?どういうことなの、月冴君!?生まれた時は女の子だったって」
幸磨は月冴に食いつくあまり、顔を思いっきり近づける。
月冴は「まぁまぁ、落ち着いて」と幸磨との距離を空けた。
「俺の最初の性別は女だった。けど、俺の生まれた家は男を求めていて、女で生きていくには
肩身が狭いし、難しかった。だから、女を捨てて生涯男として生きていく道を選んだわけ」
「そうだったんだ…」
幸磨は月冴と出会った時のことを思い返す。
月冴の家には、男性しかおらず、女性はほとんど見当たらなかったことに。
だが、生まれ持った性別を捨てて生きるのも、かなりの覚悟が必要だ。
もし自分が生まれ持った性別を捨てられるか?と想像するが、幸磨の出した答えはNOだった。
そもそも性別について深く考えたことがないので、余計に…。
「マリアちゃん、俺達と一緒に帰ろう」
「…帰ってどうするの?警察に連れてくの?」
「そうだね。今までしてきたことを償ってもらうという形でこのままにするのもいい案かもし
れないけど…こう君も俺も、ついでに炎樹も納得がいかない。俺が言うのもなんだけど、ちゃんと
罪を償ってほしいんだ。マリアちゃんは大切な友達だから」
「……そんなこと言ったって、私の気持ちは変わらないわよ」
「マリアちゃん…」
幸磨がマリアの名前を呼ぶ。
「マリアちゃんが僕のこと嫌いでも…僕はマリアちゃんのこと……好きだから。大好きだから!
だから、僕達と一緒に帰ろう!」
「…」
幸磨が伸ばした手を、マリアは数秒間見つめた後…
「バカじゃないの…」
そう呟いて、軽く自分の右手を置いたのだった。




