傘の取り違い
試験日二日目、6月12日。
今朝から雨降りで、出かける際は傘を持って通勤通学する人々が駅に向かって歩いていく。
幸磨と月冴もその中に含まれており、長く続く雨振りに耐えながら今日も学校へと足を運んだ。
本日の試験内容は、国語・理科・保健体育の三教科。
しかし、最後の保健体育は保健と体育と別々に試験が行われるため、今日は四時間目まである。
保健の授業は滅多にない薄い存在だが、試験一週間前に渡されたプリントから問題が出される
ので問題はない。しかし、その薄い存在のせいか試験前まで保健が試験に出ることをうっかり
忘れていた生徒が一人いたが、試験は無事終了した。
「月冴君。どうだった?」
HR終了後、幸磨は月冴に駆け寄り、そう尋ねる。
「うーんー…まぁまぁじゃないかな」
「そっか。僕、国語以外ダメだったよ」
死んだ魚のような目をして落ち込む幸磨。
国語以外とはいうものの、その国語も漢字の他は全く自信がなかったのだ。
「炎樹はどうだった?」
月冴は隣にいた炎樹に問う。
「うん。俺もまぁまぁだったぞ」
とは言うが…この人、試験前まで保健が試験に出ることをすっかり忘れていた。
幸磨達と勉強しなければ、恐らく危なかっただろう。
教室を出て、玄関まで歩いて向かう三人。
「明日はなんだっけ?」
「美術と家庭科、技術だよ」
炎樹の問いに幸磨が答えると、月冴が「あぁ~一番無理なのが残ったな」と呟く。
「美術って良く分からないんだよなぁ。絵を描けとか絶対無理」
「俺達には無縁な授業だよな」
「家庭科と技術はともかく、美術はないわ」
この話は月冴と炎樹しか分からないもの。
幸磨は一人取り残されてただ彼らの話を黙って聞いていたが、その時間はすぐに終わる。
玄関へ辿り着いた三人は、傘置き場に一人立ち尽くすマリアを目撃する。
どうしたんだろう?と心配になった三人のどちらかが彼女に声を掛けようとした時、マリアが
三人に気づいた。
「あっ…」
変な所を見られてしまった。というような空気が流れた。
けれどいつまでも黙っているわけにはいかないので、月冴が彼女に「何かあった?」と尋ねてみた。
これにマリアは少し間を空けて「えっと…私の傘が…どこにもなくて」と小さな声で答える。
「あぁ~誰かが間違えて持って行ったんだね」
炎樹が残された傘置き場を見て呟く。
ほとんどの生徒は下校したのに、傘置き場には数本ほどの傘が残されている。
三人の傘を除けば、残り一本のピンク色の傘が取り違えたものだろうと推測する。
「そうみたいです。お気に入りの傘だったんですが…」
「お家の人に連絡して迎えに来てもらったらどうかな?」
「そうしたいのですが…父も母もでかけているので迎えが呼べないんです」
雨は大降りで、傘を差さなければずぶ濡れになってしまう。
急いでいたのか、それとも似たような傘を持っていたのかは分からないが、マリアはとても困って
いた。そんな彼女を見て幸磨は…。
「あの…僕の傘で良かったら、使って」
「えっ、でもそれじゃあこう君が…」
「月冴君の傘に入れてもらうから大丈夫だよ。同じ家に帰るし」
「…じゃあ、お言葉に甘えて…」
明日返しますね。とお礼を言った後、マリアは幸磨の傘を差して一人帰って行った。
彼女を見送った後、月冴が幸磨に「僕が送って行くよ~って言えばよかったのに」とちょっかいを
かけたが、幸磨は「いいんだよっ!これでっ」と言い返し、月冴の傘に割り込む。
炎樹も自分の傘を差したところで、三人仲良く下校したのだった。
紺色の傘を差して一人下校するマリアは、ずっと下を向いて歩いていた。
その表情は自分のお気に入りの傘を誰かが間違えて持って行ってしまったことにひどく落ち込ん
でいる…というものではなかった。
「…最悪」
その言葉は雨の音でかき消され、誰の耳にも届くことはなかった。




