偶然
6月3日、日曜日。
幸磨は希愛中学から近いところにある映画館へ一人で来ていた。
もちろん着ているのは制服ではなく、私服。
映画館にはある人と待ち合わせをしていて、彼は一時間も早く待ち合わせ場所へと着いていた。
その一時間後、白い清楚なワンピースを着た一人の少女が幸磨に声を掛けた。
「おはようございます、こう君」
「あっ…」
声を掛けたのはマリアだった。
彼女のワンピース姿に幸磨は一瞬固まってしまったが、すぐに「おはよう」と挨拶を返した。
「ごめんなさい。待ちましたか?」
心配そうな顔をして聞いてくるマリア。
だが、まさか一緒に映画を観に行くのが楽しみすぎて、早く家を出てしまったなどと言えるわ
けもなく…。
「ううんっ。ちょっと少し早く着いちゃっただけだから大丈夫だよ」
「そうですか。良かった…」
幸磨はなんとかごまかした。
これもまた男に生まれた宿命と言えることかもしれない。
二人は映画のチケットを購入すると、近くのテーブル席で小休止することに。
日曜日ということで映画館には家族連れや恋人といった人々がポップコーンやジュース類を
持って楽しくお喋りしていた。中には映画のパンフレット、グッズを購入する人も。
「にぎやかですね」
「あっ…うん。そうだね」
幸磨が家族連れの方をじっと見ているので、マリアが声を掛ける。
今はマリアと一緒にいるのに、他人の家族の方に目がいってしまったことを幸磨は心の中で
反省する。
「今日観る映画、楽しみだね」
「えぇ。私、あの映画を観るのとても楽しみにしていたんです」
二人がこれから観る映画は、数十年前に制作されたとある映画のリメイク作品。
そのためか、家族連れで観に来る大人が多いようだ。
「そろそろ5分前ですね。中へ入りましょうか」
「うん」
数時間後。
「感動しましたね」
「そっ…そうだね。良かったよ」
映画を観終わり、お互い感想を言い合う。
だが、幸磨は映画よりも隣にいるマリアが気になって、あまり真剣に見ていなかった。
「今日はありがとうございました」
「あっ、いえ。こちらこそ。映画に誘ってもらっちゃって…」
「こうやって二人だけでおでかけするのもいいですね。また映画観に行きましょうね」
マリアの笑顔に、幸磨は頬を真っ赤に染めた。
だが、一緒にいる時間はすぐに終わってしまう。
「では、また明日学校で」
「えっ、あっ…うん、また学校で!」
マリアとは映画を観てお昼には解散する約束だったので、幸磨は彼女の後ろ姿を見送る。
とても短いデートだった。
「さて…帰るか」
映画を観る以外、特に予定は入っていない。
残る理由もないので、幸磨は映画館を出て一人駅まで向かった。
映画館から駅までの距離は歩いて約15分ほどでそんなに遠くはない。
信号待ちに引っかかり、青に変わるのをじっと待っていると…
いきなり後ろから背中を勢いよく押されて、幸磨は道路に投げ出される。
「っ!?」
だが、間一髪でそれは阻止された。
彼の右腕が強い力でぐいっと引っ張られ、道路側へ出ずに済んだのだ。
「っ…いてててっ」
「大丈夫」
「なっ、何とか…ありがっ…って、月冴君!?」
彼を助けたのは、月冴だった。
「危ないところだったね」
「どうしてここに?」
「迎えに来たんだよ。そろそろ映画終わる頃だろうと思ってね」
月冴はそう言うと幸磨の右手を掴んで、強い力で彼を立たせる。
「そうなんだ…って、そうじゃないよ!もう少し僕、車に引かれて死にかけたんだよっ!」
「あぁ~…それはこの酔っ払いだよ」
良く見てみると、月冴の後ろに20代ぐらいの若い男性が歩道で堂々と横になっていた。
「この酔っ払いがこう君の背中に向かって倒れたんだよ」
「えー……」
幸磨は信じられないという顔で男性をじっと見る。
「とりあえず、近くの交番に送るかな。ほっとけないし」
「そう…だね」
二人は親切に酔っ払いの男性を交番へ届けた後、駅のホームへ。
だが電車が来るのにはまだ時間があったので、待っている間に月冴は今日のことを幸磨に
尋ねることに。
「ねぇ、こう君。マリアちゃんとのデートどうだった?」
「えっ?…まぁ、うん。楽しかったよ」
「おぉ~そっかぁ~。良かったね」
月冴はにやにや顔で幸磨を見る。
これは明らかに面白がっている顔だ。
「でも、映画観終わったらすぐに帰っちゃったから」
「それなら家まで送ってあげれば良かったじゃん。そしたら、少し長いこと一緒にいれたし、
こう君の株も急上昇したのに」
「そこまで頭が回らなかったよ」
初々しい。
「まぁ、次からそうしたらいいじゃん。まだチャンスあるかもだしさ」
「そうだね」
その数分後、二人は電車に乗って自分達の家へと戻った。
「「ただいま~」」
『おかえりなさいっ!』
家へ着くと、子機が慌てた様子で駆け寄る。
二人は最初子機の行動に疑問を抱くも、
「どうしたのさ、そんなに慌てて」
「何かあったの?お母さん」
幸磨、月冴の順番で子機に慌てている理由を聞いた。
すると、子機は…。
『さっき臨時ニュースが入ってね。希愛中学の近くで車の衝突事故があったって』
「「えっ…!?」」
二人は同時に声を上げる。
子機が言っていた臨時ニュースの記事に目を通してみると、昼頃に希愛中学近くの交差点で
軽四自動車二台の衝突事故が発生。そのうちの一台に乗っていた家族連れが命を落としたと書
かれていた。
『これを見たらだんだん心配になってきちゃってね。学校の近くだから、二人共車には十分
気をつけてね。信号無視とか点滅してるのに走って渡っちゃダメよ』
「分かったよ、お母さん。車には気をつけるよ」
『幸磨もよ』
「あっ…うん」
幸磨は何か考え事をしていたが、途中で考えるのをやめた。
もしかしたら、亡くなった家族は自分と同じあの映画館に行っていたのではないか…と。
だがもしそうだとしても、偶然だ。
偶然同じ場所にいただけにすぎず、自分がどうこうしたわけではない。
そう、自分が何かしたわけじゃない。
これが、幸磨が先程まで考えていたことだった。




