お見舞い
翌日。
幸磨と月冴がクラスの教室へ入ると、マリアがすぐに駆け寄って来た。
「こう君、お身体は大丈夫なんですか?」
「あぁ…うん。心配かけてごめんね」
「そうですか……良かった」
幸磨の言葉を聞いて安心するマリア。
「あのマリアちゃん、今日歌藤さんは?」
教室には彼女しかいなかった。
まだ誰も来ていないようだったが、念のために確認を取る幸磨。
その質問にマリアの表情は一変する。
まるで聞かないでほしかったとでも言うような悲しい顔に、幸磨と月冴は目を合わせた。
「歌藤さん……今日はお休みなんです」
二人が考えた予想は的中した。
「ぐっ、偶然ですっ!だから、こう君は気にしなくても…」
「もしかしたら昨日のこと気にして休んだのかもしれないな」
マリアがフォローをしている途中でそう割り込む声が聞こえた。
三人が同時に教室廊下側を見てみると、そこには炎樹の姿があった。
「炎樹」
「やぁ。皆、おはよ」
炎樹は堂々と幸磨達の元へ歩み寄る。
「歌藤さん、今日休みなんだって?」
「お前、空気読めよ!」
「ん?何怒ってるんだ?」
炎樹は月冴が何で怒っているのか全く分かっていなかった。
「どうしよう…もしそうだったら、僕のせいだ」
自分が倒れたせいで、彼女が学校を休んだとしたら…。
そう思うと責任を感じずにはいられない幸磨。
しかし、そんな幸磨に対して月冴は「いや、まだこう君のせいだと決まったわけじゃないよ」
とフォローする。
「月冴君…でも」
「確かにこう君が倒れたから学校を休んだって考えが一番妥当だけど、もしかしたらどこか
身体の調子が悪くて休んでるってことも考えられるじゃないか」
「そうか?俺は…」
「炎樹。その先は言わなくても分かってるよな?」
「あっ…はい」
炎樹は今度こそ空気を読んで、自分の口を閉じる。
「今日、歌藤さんの家にお見舞いへ行こう」
「えっ…でも、迷惑なんじゃ」
「本人に会えなくても、家の人に話を聞けば休んでる理由が分かるでしょ?」
「私も一緒にいいですか?」
「マリアちゃんも?いいの?」
「私にも責任がありますから」
「そんなっ!マリアちゃんは全然悪くないよ。悪いのは…」
「はいはい。皆で一緒に歌藤さんのお見舞いへ行こう。伊島さんも誘ってさ」
「行くって言うかな?」
「さぁ?でも、一応声掛けとかないとね。クラスメイトだし」
だが、その後のHRで担任教師から桜華と楼の欠席を伝えられた。
楼の欠席は予想外だったが、幸磨と月冴はそれほど心配することはなかった。
前回の彼女は仕事で学校を休んでいたのだから…。
その日の授業が終わった後、四人は担任教師から桜華の家の住所を教えてもらい、早速
お見舞いへと向かった。
「先生が教えてくれた住所が正しければ、ここになるけど…」
「表札がないな」
「私が行ってきます」
「あっ、待って。僕が行くよ」
マリアの前で男を見せる幸磨。
はたして良い所を見せられるか…。
幸磨はドキドキしながらも、家の呼び鈴を押した。
ピンポーン~♪
「はーい…」
押してから数秒後に女性の声が聞こえた。
扉が開かれると、中から出てきたのは部屋着姿の桜華。
「あっ…えっと…」
「こんにちは。歌藤さん」
桜華を前にして戸惑う幸磨に、すかさず月冴がカバーに入る。
「幸磨君…それに皆も…どうして…」
「クラスメイト全員でお見舞いだよ」
答えたのは炎樹。
「大勢で突然おしかけてしまってすみません。でも、私も桜華さんのことが心配だったので…」
炎樹の後にマリアが丁寧に説明。
それに対し桜華は「そうだったの」となんだか申し訳なさそうな顔をした。
「あっ…ここで話もなんだから…中へどうぞ」
「えっ、いいの?」
幸磨が尋ねる。
「今親いなくて私一人だから、遠慮しないでいいよ」
そういうことで、四人はお言葉に甘えて桜華の家の中へと入って行った。
話を聞けば、桜華の両親は共働きで帰りは遅くなるらしい。
「歌藤さん。今日学校休んだのって……僕のせい、なのかな?」
「えっ…」
「もしそうだったら謝ろうと思ってここに来たんだ。昨日は本当にごめんなさい」
幸磨は桜華に頭を下げた。
しかし、これに対して桜華は慌てて「違うっ!」と否定する。
「違うの!全然違うの!それは幸磨君のせいじゃないの!」
「じゃあ、なんで今日学校休んだの?」
「そっ、それは……」
幸磨の質問に桜華は困った顔をする。
「歌藤さん。正直に話してくれない?このままじゃ、こう君も俺達も納得しないんだよ」
「……」
桜華は月冴にそう言われた後、自分の頭の中で少し考えこんだ。
そして彼女は決意する。
「ごめんなさい。実は…」
彼女がそう口を開いた直後、家の呼び鈴が鳴る。
普通なら『あら?お客さんかしら?』と思うが、桜華はこのタイミングの悪さに嫌な予感
がした。
すぐ来ないことにいらいらしているのか、呼び鈴は何度も鳴らされる。
桜華は「まさか」と呟いた後、急いで玄関へと走り、玄関扉を開けた。
そこには背の低いツインテールの少女。
そして、彼女の背後には彼女より背が高めの中学生数名が待機していた。
「桜華さん…やっと会えましたね」
「早海さん!?」
ツインテールの少女の名は、早海しおり。
彼女は桜華が通っていた前の学校のクラスメイトだった。
けれど、早海とは連絡先を交換するほど仲が良かったわけではない。
だから、桜華はどうして彼女が自分の家を知っているのかが分からなかった。
「どうしてここに…」
「どうして?それは……私が桜華さんを愛しているからですよ」
「愛してる……ですって?」
桜華はその言葉に嫌な記憶が蘇えり始める。
「それより転校のこと、どうして黙ってたんですか?ひどいじゃないですか?皆、桜華様が
いなくなって寂しいって泣いてますよ?」
「…それは、嬉しいわね」
桜華の顔は真っ青になっていた。
冷ややかな目で早海をじっと見つめる。
「桜華さん、帰りましょう?私達には桜華様が必要です」
それはまるで、お姫様を連れ戻すために現れた騎士のよう。
桜華は彼女達に必要とされるほど、大きな存在。
しかし、これに桜華は吐き気するほどの不快感を抱いていた。
だから……。
「私は帰らない!もうあの場所には二度と戻るつもりはないわ」
桜華は早海に向かって叫んだ。
自分の気持ちを…
自分の想いを…。
「…では、意地でもあなたを連れて帰ります!!!!!!!」
「っ!?」
早海の背後にいた少女達が一斉に桜華を取り囲む。
そして、素早く丁寧な作業で桜華を目隠し・手足をロープで縛ってしまう。
「桜華様。ご無礼をお許しください」
「私達には桜華様が必要なのです」
「桜華様無しの生活など、生き地獄でしかありませんわ」
「桜華様…私、桜華様を命に懸けてもお守りいたします」
「私もです。桜華様…」
「皆さん、素早く撤収しますよ」
早海が少女達に指示したその直後、「ちょっと、何やってるの?あんた達」と男子の声。
家には桜華しかいないと思い込んでいた早海だったが、まさか彼女のクラスメイト達が来て
いたなんて想定はしてないかったようだ。
「桜華様のお宅に男…」
「なんかよく分かんないけど…あんたら、歌藤さんどうするつもり?」
月冴が桜華がなかなか帰ってこないことを心配に思い、外に出てみればこの状況。
ロープで縛られて連れて行かれそうになる桜華を見て、只事ではないと理解する。
「我々は桜華様親衛隊。お前等のような野獣から桜華様を守る騎士だ!」
「けだものって……」
これに月冴は苦笑い。
完全に頭がおかしいと思っている。
「男、桜華様に馴れ馴れしく触れた罪を味わうがいい!!!!!!!」
早海の指示で少女達が月冴に一斉に襲いかかる。
しかし、中学生ほどの少女数名に対して男子中学生一人。
普通なら数で勝つか、力で勝つかの二つが考えられるが、月冴は数でも力でも人間離れして
いる。
なので、少女数名など彼にとっては小さな虫を倒す程度のこと。
あっという間に全員が倒されてしまう。
「そっ、そんな……まさか」
「悪いけど、俺はそこらの男子中学生とは違うんだよ。親衛隊か何だか知らないけどさぁ~
………」
早海が後退りして真正面の家の壁につく。
横へ逃げようとするとすぐさま月冴の左足がドンっ!と音を立てて彼女の逃げ道を塞いだ。
「ひいっ!」
「手下連れてとっとと帰れ」
「あっ…あっ…」
全身の震えが止まらない。
恐怖のあまり、言葉がでない。
目の前にいる男子と目を逸らすことも出来ず、ただ怯えていることしか出来ない少女。
「二度と彼女の前に現れるな。もしそうなったら…今度は怪我どころじゃ済まねぇぞ」
「…はっ……はい…」
早海は少女達を連れて素早く撤収して行った。
それを見届けた後、月冴はロープで縛られている桜華を無事に解放して一度家の中へ。
「月冴君、助けてくれてありがとう」
「いやいや。俺は別に何もしてないから」
「ううん。私を彼女達から助けてくれたんだもん。何かお礼させて」
「ちょっと、二人共!いったい何があったのか教えてよ!」
月冴と桜華の話に全くついていけなかったのは、幸磨とマリアの二人。
しかし、炎樹だけは会話についていけてるのか何も言わず黙っていた。
「あ~……まぁ、ちょっと喧嘩?」
「喧嘩っ!?誰と誰が喧嘩したの?」
「幸磨君、私が説明するから」
桜華は数分間で幸磨達に詳しい説明をし始めた。
桜華は今の両親に引き取られて育ったのだが、彼女には生まれつき不思議な力を持っていた。
それは彼女が成長すると共に段々と力が増していき、小学校高学年になる頃には各学年の男子
生徒からラブレターを貰って告白される日々を送るように。
小学校を卒業後、桜華は親の薦めで私立の女子校へ入学した。
同性しかいない学校、そして恋愛禁止ともなれば、告白される心配もない。
ところが、彼女は自分自身の力を甘く見ていた。
同性でもラブレターを送ることは出来る。
そして、冗談抜きで告白することも可能だということを痛いほど思い知らされる。
毎日送られる熱烈なラブレターに、その送り主に対して社交辞令+交際お断りをする日々。
これだけならば小学校時代と変わらないが、女子校ではそれだけでは済まされなか
った。
いつの間にか様付けで呼ばれ、親衛隊が出来た。
そして、親衛隊は、桜華の隣の席の女子生徒がちょっとした些細なことを
しただけで強く叱り付け、時には嫌がらせ行為を影で行っていた。
隣の席だけじゃなく、桜華と肩がぶつかったり、授業中に桜華とペアを組んだ際にミスを犯
した際も同様の行為をしており、それが原因で退学になった生徒もいる。
桜華は何度もやめてほしいと頭を下げて頼んだが、親衛隊は桜華のためであると言ってやめ
ようとしなかった。そのため、桜華は両親と当時の担任教師との相談で希愛中学へと転校する
のを決意したのである。
「私がいなくなれば、彼女達も普通に戻ると思ってたの。それなのに、あんなことするなんて
……」
だが、転校先でも桜華の力は健在。
自分で制御しようにも、どうすればいいのか分からない。
彼女は自分自身の力に絶望していた。
「俺が強めに脅しといたから、もう来ないと思うけど」
「脅したの!?」
幸磨は驚く。
「月冴、女の子でも容赦ないから」
「何言ってんだ。お前も同じだろ」
「まぁ、時と場合によるけどな」
とても冗談とは思えない言葉だった。
しかし、この二人が本気を出せば有り得る話である。
「桜華さん。その力は…ご自分ではどうすることも出来ないのですか?」
「出来ないわけじゃないんだけど。何も考えないって日常生活で出来ると思う?」
桜華の質問に対して、全員の答えは…「無理」だった。
「そうだよね……だから、どうしようもなくて困ってるの」
何も考えずに日常生活を過ごすというのは、いったいどういう感じなのだろう?
それは究極の謎。
「あの……もしかしたら、歌藤さんの力になれるかもしれない」
「えっ!?」
「僕の知り合いにそういう専門の科学者がいるんだ」
幸磨の知り合いの科学者。
それが誰なのかはもう言わなくてもお分かりだろう。
数日後、桜華は専門の制御装置を身につけることによって力を抑えられるようになった。
早海率いる親衛隊も元の普通の女子中学生に戻り、普通の生活を送っていると桜華から
報告を受ける…が。
「月冴君。今度のお休みどっちか空いてる?一緒に映画観に行こうよ」
「うーんー、こう君と家でごろごろするかな~」
「じゃあ、二人の家に遊びに行っていい?」
「あー、どうしよっかな~?」
「もう、はっきりしてよ!」
あの一件以来、月冴は桜華に粘り強くデートに誘われる日々を送るようになっていた。
目隠しされていたが、声は届いていて…。
『二度と彼女の前に現れるな』
このセリフが、彼女のハートを射止めたらしい。
なにはともあれ、桜華の力に対する悩みは無事解決したのだった。




