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〈我ら〉の夢

 彼は闇の中で息を吹き返した。

(ここはどこだ?)

 なにも見えない。体を動かすこともできない。空の彼方に昇っているような気もするし、奈落の底に落ちているような気もする。

 やがて、動かせぬ体に変化が起きた。頭に痛みが生じたのだ。それと同時に上昇/落下の感覚が浮揚の感覚に変わった。

 落ちることもなく、昇ることもなく、闇の中をゆらゆらと漂う――それはとても心地良かった。頭の痛みさえなければ。

(この頭痛は気のせいだ。本当は痛くもなんともない)

 彼は自分にそう言い聞かせてみた。

 またもや変化が起きたが、彼の望んでいた変化とは少し違った。痛みが声に変わり、頭蓋の内側で響き始めたのだ。

 それは一人の声ではなかった。男の声があり、女の声がある。幼さの残る声があり、老いを感じさせる声がある。がなりたてる声があり、囁きかける声がある。共通点はただ一つ――どの声にも聞き覚えがないこと。

『ディミックはネイサン・ローマーのお得意様だった。そのことをスルーフィールドは知っていたのかな?』

『知らなかっただろう』

『いや、すべてを知った上でローマーから素体用の奴隷を買ったのかもしれませんよ』

『ディミックを挑発するために? 無意味なことをしたものね』

『まあ、スルーフィールドの意図など、どうでもよいではないか。少しばかり想定外のことがあったとはいえ、我らは新しい同志を迎えることができたのだからな』

『その同志はいつ目を覚ます?』

『そろそろだ。意識は既に覚醒しているかもしれないぞ』

『だとしたら、この声も聞こえてるはずですね……もしもし、聞こえますか? 聞こえるなら、目を覚ましてください』

『目を覚ましなよ』

『目を覚ますのだ』

『目を覚まして』

『目を覚ましなさい』

『目を覚ませ、レイス・シンガー!』

 その名前が口にされた瞬間、怒号とも悲鳴ともつかぬ絶叫が闇を吹き飛ばした。



 レイスは目を覚ました。

 しかし、夢の中で聞いた絶叫は消えなかった。

 消えるわけがなかった。

 それは現実の世界で何者かが発した叫びだったのだから。

 その「何者か」が自分自身であることに気付き、レイスは口を閉じた。

 静寂。

 四方に目を配りながら、立ち上がる。

 そこは窓が一つもない円形の部屋だった。石造りの壁に等間隔で掛けられた十数個の角灯が淡い光を放っている。

 その光と光の間に人影を認めて、レイスはそちらに近付いた。

 相手もレイスに近付いてきた。藍色の僧衣を着た若い男だ。

「誰だ?」

 レイスが誰何すると、男の口が同時に動いた。にもかかわらず、部屋の空気を振るわせたのはレイスの声だけだった。

 レイスは立ち止まった。男も立ち止まった。

 そう、その男はレイスであり、レイスはその男だった。壁にかけられた大きな姿見が彼を映し出していたのだ。

 姿見までの距離を保ったまま、レイスは自分の顔を見つめた。頬がこけ、うっすらと髭が伸び、両目は隈に囲まれている。グレイノーモアで薬を盛られてからここに運ばれるまでの時間は短いものではなかったらしい。

 やつれた顔を目の当たりにしたせいか、目覚めて初めて空腹を意識した。それに寒さも。そして、不安も。

『新しい服は気に入ってもらえたかな?』

 突然、頭上から声が落ちてきた。

 レイスは天井を見た。

 天井の中央に黒い格子網が設けられている。声の主はそこから彼を見下ろしているらしい。

『もっとも、気に入らなかったとしても、別の服を用意することはできないぞ』

 第二の声が響き、第三の声がそれに続く。

『ここには僧衣しかないからね。それに君が着ていた服は処分してしまったんだ』

「おまえたちは何者だ!」

 天井に向かって叫ぶと、第四の声が答えを返してきた。

『私たちは〈我ら〉よ』

次回は2015年10月中旬に投稿予定。

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