第一場
チャオ茶の温度にまつわるパワーハラスメント疑惑/袋の窮鼠/琥珀色の飴玉/水鳥、荒馬、アレックス/疎にして漏らさず/人材目録/副長は過大評価されている/選ばれし者
「どうぞ」
シャンメイは、チャオ茶の入った湯呑みをディミック副長の机に置いた。
それはチャオ茶というよりも、薄い色がついた熱湯とでも呼ぶべき代物だったが、嫌がらせをしているわけではない。副長の注文通りに淹れたのだ(本来、このような雑用は秘書官の仕事ではないのだが)。
「ありがとう、ユォ君」
礼を言いながらも、ディミックは湯呑みを手に取らず、顔を横手の壁に向けた。
壁には一枚の紙――タヴァナー市から届いた617の人相書きが貼られている。
ディミックにつられて、シャンメイも人相書きに目をやった。
これといった特徴はないが、平凡とも言い切れない顔。それなりに端正だが、どこか間の抜けた顔。芝居に出てくる、商家の気の良い若旦那のような顔。この顔からは想像もできない。彼が劇場神殿で真導師たちを斬り殺す様も。テイパーズ・デンで警鼓隊を相手に大立ち回りを繰り広げる様も。
シャンメイはディミックに視線を戻した。
一方、ディミックはまだ人相書きを見つめていた。
「人相書きが配布されて包囲網が張り巡らされたとなれば、もうアレックスに逃げ場はない。袋の鼠だ……と、思いたいが、そう簡単にはいかないだろうね。アレックスのことだから、袋を食い破るに違いない」
「そうでしょうか? 袋を食い破るよりも、袋の中で息を潜めているほうがまだ安全だと思います。私が617なら、下手に動き回ったりしないで、テイパーズ・デンにでも潜伏しますね」
「うむ。私がアレックスだとしても、同じ選択をするよ。しかし、私はアレックスではないし、ユォ君もアレックスではない」
人相書きを見つめたまま、ディミックは小壷から琥珀色の飴を取り出し、目の前にかざした。しかし、すぐに小壷に戻した。透明度の低さが気に入らなかったのだろう。
「アレックス・ザ・ミディアムはきっと動く。今は息を潜めているかもしれないが、生前の記憶を取り戻せば、タヴァナー市の外に出て、突き進んでいくはずだ」
「どこに向かって突き進むというのですか?」
「さあね。私には判らないよ」
小馬鹿にしたような物言いだ。「判っているが、おまえなんぞに教える必要はない」という尊大な意思をシャンメイは感じ取った。
「とにかく、アレックスが動くことだけは間違いない。しかし、足跡を残さずに動くことはできないだろうね。水鳥が泳げば、湖面が波立ち、荒馬が走れば、土煙があがる。アレックスもまた然り」
ディミックは正面に向き直り、湯呑みを一瞥した。その存在に初めて気付いたかのように。
「ユォ君」
「なんでしょう?」
「いくらなんでも、これは熱すぎるよ」
温度を確かめもせずに文句をつけ、湯呑みを押しやる。
「申し訳ないが、淹れ直してくれないかな。もう少し温めにね」
シャンメイが姿を消すと、ディミックは机の抽斗から数通の書簡を取り出した。それらの書簡はすべて、個人的に雇っている蜘蛛からの報告書である。
水鳥が泳げば、湖面が波立ち、荒馬が走れば、土煙があがる。シャンメイにはそう言ったが、実は既に湖面は波立っていたし、土煙もあがっていた。蜘蛛たちはアレックスの居場所や行き先や移動手段を調べ上げ、ディミックに知らせてきたのだ。
何度も目を通した書簡をまた再読しつつ、黙考する。なぜ、こうも簡単にアレックスの足取りを掴むことができたのだろう? もしかして、これは敵方の陽動なのか? とはいえ、無視するのは得策ではない。万が一、陽動でなかったら、厄介なことになる。それに陽動に乗せられた振りをすれば、敵方の油断を誘うこともできるかもしれない。
方針は決まった。次は駒を選ばなくてはいけない。
ディミックは私兵を用いることにした。表向きは審問官を動員しているし、警鼓隊にも通達しているが、彼の本音としてはアレックスを秘密裏に葬りたいのだ。公的な手段で捕縛し、収監し、処刑するとなると、時間がかかりすぎる。その間にアレックスはウォルラスのことを吹聴するだろう。それをもみ消すのは不可能ではないが、手間とリスクは最小限に抑えたい。
私兵のリストを頭の中で展開した。実のところ、そこに名を連ねる者は決して多くない。また、その大半は粛正省の外部の人間である。副長の地位に就いているからといって、すべての審問官を手足のように扱えるわけではないのだ(ディミックを敵視する者たちの多くはそのことを誤解しているが)。
ディミックは、リストに記された名を一つ一つ読み上げると――
(よし。今回は奴を使おう)
――そこから一人の刺客を選び出した。




