ウォルラスの夢
アレックス・ザ・ミディアムの仇敵ウォルラス。
彼は闇の中で対峙していた。
首のない男と。
「よくも俺を見殺しにしたな、ウォルラス」
首のない男が言った。
なぜ、首がないのに話すことができるのか? なぜ、光源がないのに男の姿を見ることができるのか? そんな疑問を頭の端に追いやり、ウォルラスは男に問いかけた。
「君はアレックス・ザ・ミディアムか?」
「アレックス以外の誰だってんだよ。見れば判るだろうが……って、判るわけねえか。今の俺には首がないもんな」
「首があったとしても同じことだ。私は君の顔を知らない。直に会ったことは一度もないのだから」
「俺もおまえの顔を知らねえ。だけどよぉ」
アレックス・ザ・ミディアムはウォルラスに指を突きつけた。
「おまえを必ず見つけ出すぜ。そして、徹底的に痛めつけて、苦しめて、泣き喚かせてから、夢見の冥府に送ってやる」
「私を恨むのはお門違いだ。君を死に追いやったのは君自身だろう」
「俺は自殺なんかしてねえぞ」
「そういう意味じゃない。自業自得だと言ってるのだよ。君はあまりにも多くの血を流しすぎたため、その血の海で溺れ死んだ。恨むのなら、自分の残虐な性質を恨むがいい」
「よく言うぜ。そのザンギャクなセーシツをおまえは買ってたんじゃなかったのかよ」
「それは認めよう。過剰な暴力は物事の本質を覆い隠してくれる。だからこそ、君を重宝していたのだが……過ぎたるは及ばざるがごとし。何事にも限度がある」
「そうさ、なんにでも限度がある。俺の怒りはとっくに限度を超えてるぜ。いずれ、それを思い知らせてやる。覚悟しておけよ」
アレックスの顔があるべき空間に二つの光が灯った。
目だ。
憤怒とも狂喜ともつかぬ感情に彩られたその目に射竦められながらも、ウォルラスは恐怖心を抑え付け、偽りの自信で塗り固めた言葉を吐き出した。
「意気込みは買おう。だが、君に私は殺せない。私にはラムディアの加護がある」
「加護だぁ? まだ、そんなこと言ってんのかよ」
アレックスの目が徐々に大きくなっていく。いや、ウォルラスのほうが小さくなっているのかもしれない。
「神さんはとっくの昔におまえを見離してるよ。自分の身は自分で守りな、ウォルラス。守れやしねえだろうけどな!」
いまやウォルラスと対峙しているのは首のない男ではなく、巨大な瞳に映る自分自身の姿だった。
その鏡像にウォルラスは違和感を覚えた。
なにかがおかしい。
やがて、違和感の原因が判った。本来ならば、違和感を覚えるという段階を踏むことなく、一目で判るはずの大きな怪異……。
瞳の中のウォルラスには首がないのだ。
抑えていたはずの恐怖心が爆発し、悲鳴となって飛び散った。
西日に染まる室内をウォルラスは寝惚け眼で見回した。
自分が発した悲鳴の余韻が耳の奥でまだ反響しているが、視覚に悪夢の名残りはない。闇の帳は一掃され、首のない男の姿も完全に消えていた。
「おかしな夢を見たものだ……」
そう呟き、腕を伸ばした。
机の上に置かれていた小壺の蓋を開けて、小さな球体を摘み上げる。
有色透明の飴玉だ。
それを指先で弄んでいると、扉を叩く音が聞こえた。
「ユォ君だね? 入りなさい」
と、ディミック副長は言った。
次回は2015年7月4日に投稿予定。




