80. 高梨 春樹
「別に大したことねぇよ。オブラートに包んで告白したらオブラートに包んで断られただけ。それよりさ、充だろ?合宿の宿泊先決めたの。なんでうちのクラスがゲレンデから一番遠い民宿なんだよ?」
「それは、春樹のクラスの役員がじゃんけんに負けて…でも、そこ飯は一番うまいって噂だから!それに貸切!しかも温泉入りたい放題!」
「良いなぁ…うちもそこが良かったな…。大浴場使っちゃ駄目って温泉は入れないって事だもんね…多少遠いって言っても大したこと無いしね。」
「葵ちゃん…そしたら同じとこ泊まれないじゃん?」
「結局充が操作してるんじゃねぇかよ?」
「って言っても、ここのクラスは奇跡の全員参加だからその民宿は人数の関係上無理なんだけどね!」
「そんな事より、ノリちゃん大丈夫かな…。」
ハナちゃんが心配そうに呟く。
彼女の様子がおかしくなるきっかけを作ったのは俺。どうにかしたいと思っているが避けられているのでどうすることも出来ずにいる。ハナちゃんの気持ちもわかるが、当事者としてはあまり騒がないで欲しい。だから強引に話題を変えたのに…。
「そういう時ってさ、そっとしておいてあげた方が良いんじゃない?心配なのはわかるけどさ。ここで俺らがごちゃごちゃ言ってても仕方ないし。いい気はしないと思うよ?」
珍しくまともな充の発言に、ハナちゃんは驚いた様子。その反応も仕方ないだろう。先程までのふざけた口調からいきなり真面目な口調になり、まともな事言い出すんだから…。
でも、これが素の充なんだよな。ふざけた姿がすっかり定着してきているけれど、間違いなくあれはキャラを作っている。
正直、充に助けられた。
「そうだね。もうこの話はやめよっか。」
続いて、葵がそう提案したので、彼女の話はここで終わりになった。
***
ハナちゃんも部活に行き、俺は充と葵と3人で帰宅する。
最近、3人で過ごすことが多い。
颯太は父親に呼ばれて父親の事務所の雑用のバイトに行くことが多くなったし、慈朗はセンターが終わっても本命の試験がまだなので部屋にこもっている。
最近はずっと思い詰めたような顔をしている。ちょっとやつれてきたようにも思える。身近で受験生を見るのは初めて、しかも頭のいい慈朗でさえそんな感じなので、2年後が憂鬱だ。
なんてことを考えるのは、進路調査のプリントを配られたせいかもしれないな…。
「なぁ、葵は進路調査のプリントもらったか?」
「うちのクラスはまだ。明日話あるみたいだけど。ハルのとこはもらったの?」
「まぁな。3月には3者面談もあるんだよなぁ…ところで、葵の保護者って誰が来るんだ?」
「それ、考えたことなかったなぁ…ママはきっと来ないだろうな…となるとママの代理で裕太さん?でも私の学費出してるのパパなんだよね…そう考えたらパパかなぁ…。それ以前に、進路の希望なんてまだ分からないよ…慈朗ちゃんとか颯ちゃんみたいにはっきりした目標とか夢もあるわけじゃないし…。」
「充はどうしてるんだよ?進路希望調査。1コ上なんだからもう何度か出してるんだろ?」
「俺?そんなもん白紙で出してるけど?もしくは記入しても『未定』の2文字。」
「充に聞いた俺が馬鹿だった…。」
葵は知っていたようで苦笑いしていた。
「いや、俺だって真面目に考えてるんだよ。何も考えてねぇ訳じゃないからな!一応大学進学はしようと思ってる。それに、大まかな方向性は決まってるし。春樹はどうなんだよ?」
「…とりあえず、どう転んでもいいように大学進学で希望は出すつもりだけど…将来の方向性は全く決まってない…。」
「私もとりあえずそんな感じ。」
葵のその言葉を最後に、皆で黙り込んでしまった。
結局、3人とも無言のまま帰宅し、葵は葵の部屋へ、俺と充は俺たちの部屋へ籠った。
進路調査のプリントには、大学進学希望で、志望校はもちろん、学部や学科も未定と記入した。記入しながら、将来の目標のある奴らがうらやましくなってしまう。
子どもの頃から遼太郎・慈朗・颯太の3人は将来の方向性が決まっていて、遼太郎はその目標を叶えているし、慈朗は目標に向かって前進している。颯太だって、父親のところで雑用しているのはただのバイトじゃなくて、社会勉強というか将来を考えての事だ。
だけど、俺と充、そして葵は違った。俺たちにはコロコロ変わる、子どもらしい「将来の夢」はあったが、年上(といっても、颯太と充は同学年だが…)の3人のような将来の目標は無かった。
何とかレンジャーのような戦隊物のヒーロー、宇宙飛行士、バスケットの選手…葵に至っては遼太郎のお嫁さん、そんな感じの夢だ。その夢を叶えるため努力などしていないし、夢は夢。そんなボンヤリとしたもの。そろそろ将来について真面目に考えざるを得ない年頃にいつの間にかなっていたらしい。
気が重い。
目の前の事ですら上手くいっていないのに、将来の事など考えられるか…。
それでも葵がそっとしておいてくれているだけマシかも知れない。
でも一体どうすりゃ良いんだろう。今日だって、彼女が部活に行ってしまってもう1-Cの教室にいなかったのが残念だった反面、いなくてホッとしている俺だっていた。
大体、今まで自分から告白したことはおろか、フラれた経験も無かったからどうすれば良いのか分からない。
そう考えると、充はただただ凄いと思う。
充は葵に何度フラれてもアタックし続けて今があるのだから。
俺にはそんな勇気があるだろうか…またフラれるのが怖い。そもそも、フラれるのが怖くて、かなり曖昧な言い方をしていたし…。
俺は自分が恥ずかしい。恥ずかしくて吐き気がする。
一体これからどうすべきなのだろうか…。




