part4
前書きは簡単に。そろそろ一章が終わると思います。
ホラー要素が無かったと思います。これから出て来るのでしょうか。私にも分かりません。ジャンルをホラーにしてしまった事を軽く後悔しています。
それでは短い一時で短い文章をお楽しみください。
其の晩、動けない母の躯を洗う為に母の服を脱がしたら、母の躯に出来て居た痣が大きく為って居るのに気付いた。痣は現在進行形で急激に其の範囲を広げて居た。痣が広がって行く様が此の目にはっきり見えた。其れ程の速さだった。
そして徐々に母は息を荒くし、軈て、其の呼吸は真夏の猛暑日に犬がする呼吸より速く為って居た。
母の額に手を当てると尋常ではない熱を感じた。
“御母さん! 御母さん! 大丈夫!?”
私は思わず大きな声を掛けた。母の耳許で。母に言わせれば其れは騒音で迷惑極まり無かった事だろう。
然し母は文句一つ言わず、
“ハァハァ……私、は……ハァ……大、丈夫……ハァハァ……落ち着きなさい……ハァ……心配掛け、て……ハァ御免なさい……ね……ハァ……”
と、息を切らしながら応えて呉れた。
――或いは、耳鳴りがして居て私の声が聞こえ辛く、私の声を大きいと思いすらしなかったのかも知れない。
と、母が噎せた様に咳き込んだ。
私は咄嗟に母の顔を覗き込み、
“本当に大丈夫なの、御母さん!?”
と声を掛けた。
母は返事の代わりに咳をした。と言うより、咳が止まらず返事が出来なかったと言うべきか。
そして母は吐血した。
母の顔の真上で声を掛けて居た私の顔に血の飛沫が付着する。
母の血が口の中に入り、独特の鉄の味が味覚を支配する。
頬や額が所々生温かい。
母の躯を見ると、昨日迄は臍の高さにも達して居なかった黒い痣が、今や乳房の上に迄広がって居た。
“御免……なさい……ハァ……”
母が声を発した。正に咽から絞り出した様な声だった。
“……私……矢っ張、り……ハァ……大丈、夫じゃない……みたい……ハァハァ……”
“御母さん! そんな事言わないで! 未だ未だ私、一人じゃ生きて行けないよ!”
私は母に反論した。するしかない。会話をして居ないと母が死んでしまう様な気がした。
“……良い? ……ハァハァ……良く聞いて……貴方、は……ハァ……私の娘、よ……だから大、丈夫……どんな困難でも……ハァ……乗り越え……られるわ……ハァ……”
“駄目! 未だ死んじゃ駄目、御母さん!”
“……貴方、は強い……ハァ……子……ハァ……一人でも……生き、て行ける……御母、さんが……ハァ……保証する……”
会話が成立して居ない。母が遠く為って行く。そんな気がした。
“……そろそろ……ハァ……ハァさようなら、だわ……ハァ……じゃあね”
母は最期の最後の御別れの言葉を口にして、全く動かなく為った。
つい先迄動いて居た口は微動だにしなく為り、荒かった息は止み、目を見ると瞳孔が開いて居た。
そして、黒い痣は顎の直ぐ下迄達して居た。
私は呆然とした。
母が死んだ。母が死んだ。母が死んだ母が死んだ母が死んだ母が死んだ母が死んだ……もう、戻って来ない。
……そうだ、御医者様を呼ばなきゃ。本当は母は死んで居ないかも知れない。私の思い過ごしかも知れない。母は未だ生きて居るかも知れない。
そう思った私は、御医者様の家へと走った。