番外編(ゲオルク視点)
美しくて聡明な僕の妻、マリーティア。
彼女に会った時。僕は一目で恋に落ちた。
だが、それは彼女を苦しめるだけだとは、その時にはわからなかった。
僕の領地で幼少期を過ごした彼女は筆舌しがたい凄惨な暴行を受けて育った。彼女は街の『身代わりの山羊』として存在し、すべての憎悪を受ける存在だったのだ。
それを許したのは僕の怠慢だった。
もし、僕が彼を疑っていれば彼女をすぐに助け出せていただろう。
僕はすぐにダリオスを処罰し、マリーティアに許しを求めた。彼女を諦めきれなかった僕は、なりふり構わず彼女の下へ通った。
宝石を送っても本を送っても彼女は何も言ってこなかった。ある日、彼女を暴行した役人を突き出すと、彼女は久しぶりに笑って僕の求婚を受け入れてくれた。
僕はそのとき、マリーティアと添い遂げられるならなんだっていいとさえ思っていたのだ。
だが、マリーティアが僕と結婚したのは彼女の故郷、アイギスを滅ぼすためだった。僕はそれが悪いとは思わない。彼女の気がそれで済むのなら、僕はなんでも協力するつもりだった。
彼女は僕に愛を呟くとき、ぽろぽろと涙を流す。
僕が心配して尋ねても彼女は何もないようにキョトンとする。逆に僕を心配して薬湯を作ってくれて、かいがいしく世話をしてくれる。
それが嬉しくて僕は彼女を手放すことができなかった。
マリーティアはアイギスの街を欲しがった。
彼女が元気になれるのならなんでもしてあげたい僕は彼女のために屋敷を立てた。腕のいい執行人を手配し、熟練の騎士を彼女の傍に置いた。
マリーティアは笑いながら人を殺した。
だが、彼女はけして幸せそうではなかった。
僕に愛を告げるとき、彼女はぽろぽろと涙を溢すからだ。
おそらく、彼女は僕と暮らすことで心を壊してしまったのだ。僕こそが彼女の苦い記憶を引き起こす元凶なのだ。
僕に出会わず、あのまま王都で暮らしていれば、彼女は血に汚れることのない幸せな人生を歩んでいただろう。
真っ赤に燃え盛る炎を涙を流しながら笑う彼女に僕は悲しくて抱きついた。
「ゲオルク? どうしたのゲオルク。悲しいことでもあったの?」
そうだよ。とても悲しいんだ。僕が優しかった君を壊してしまったんだ。
「大丈夫よゲオルク。心配しないで。大好きよゲオルク。愛しているわ」
愛しているよ。マリーティア。だからどうか泣かないで。
僕は彼女を抱きしめながら神に祈る。
今度こそ、彼女が笑顔でいられますように。