第二十七話~紅の真実~
「シィ、レイカ。この方向であってるんだよね?」
「はい。一度も立ち止まることもなく、真っ直ぐ進んでいます」
「こっちにはたぶん気づいていないと思います。あっ、東に向かったみたいです」
匂いで追って、数分。まったく紅の獣が止まる気配がない。そもそも【耀紅の森】はいったいどれだけ広いのか。景色がほとんど変わらず、紅に染まった草木がばかりのため、感覚がおかしくなりそうだ。
「パルノ! 探知機はちゃんと作動してる?」
「ばっちりです! でも、さすがに進みすぎたせいで、魔石が少なくなってきました!」
探知用の術式を刻んだ小さな魔石は、袋いっぱいに持って来たが、奥に進みすぎたせいで、もう大分数が少なくなってきたようだ。
だが【耀紅の森】の謎が解明できるかもしれない。それに、誘拐された他の女性だってまだ無事で、助けられるかもしれないのだ。このまま引き下がるわけにはいかない。
(とはいえ、チセも大分血を流して衰弱している……キュレが回復魔法で傷を塞いだけど)
早めに医師に見せないとやばいだろう。
早く、早く止まってくれ。
そう心の中で、願っていると。
「師匠。止まった」
「本当か?」
「ええ。しかも……他にも匂いがします。獣の匂いではないですね」
そうなると、そこは紅の獣の住処で、尚且つ他の匂いは誘拐された他の女性かもしれない。
「よし。二手に分かれよう。僕とシィ、キュレはそっちから。レイカとパルノはそっちからだ」
四人は静かに首を縦に振り、行動を開始する。
匂いを辿りながら進むと、洞穴のような場所を発見した。今まではずっと紅い草木ばかりが続いていたため、土色を見てなぜかほっとしてしまう。
「師匠。レイカ達も来ました」
だが、ほっとしている場合ではない。あの洞穴の中から手負いの紅い獣の匂いがするのは確かだ。
一度探知機を確認すると……大分離れている。
画面を最大にしても、それはすぐにわかるほどに。早くしないと誘拐犯を捕まえるために兵士達が【耀紅の森】へと来てしまう。
「シィ、キュレ。チセのことは頼んだ」
「はい」
「お気をつけて」
その後、レイカとパルノにも周囲を警戒するようにと手で指示を送り、頷いたところでクロード一人で洞穴へと近づいていく。
「……血痕」
洞穴の入り口付近には、血痕と足跡があった。それは奥へと続いている。
「――――」
声が聞こえる。紅の獣のような唸り声じゃない。なにかを叫んでいるようだ。おそらく、王都で誘拐された女性達かもしれない。
入る前に、今一度シィ達に視線を送り、クロードは洞穴へと入っていく。
(……ひどい匂いだ。あの獣の匂いに、何かの薬品か?)
あの紅の獣が薬品を調合している? いや、あの獣にそんな知能があるのならば、クロードの言葉を理解できたはずだ。
もし喋ることができなくとも、あんな獣のようにただただ襲い掛かるなど……。
「ひひひ」
「ん?」
大分奥へと進んだところで、怪しい笑い声を聞いたと共に、灯りを目にする。身を潜めながら、灯りが漏れているところを確認する。
「まあまあまあ。お前がそこまで深手を負うなんて、相当なやり手のようだねぇ。可哀想に……」
「グルル……」
腰が曲がった老婆に、先ほど傷を負った紅の獣が飼い犬のように寄り添っている。そして、その傍には色んな薬品が入った瓶や実験道具。
更にその近くには、四人ほどの女性が檻に閉じ込められていた。
二人ほどは大分やつれており、残りの二人に抱えられている。
(あの四人が誘拐された女性達だな)
四人の中に居る一番若い子に、クロードは見覚えがあった。王都にある飲食店の店員だ。
「このままだと、その輩がここを見つけるかもしれないねぇ……ここを見つける前にさっさと立ち去ろうかね。若返りの薬も大分出来上がってきたしねぇ。やっぱりぴちぴちとした若い成分が一番だ」
(なるほど。そういうことか……そのために若い女性ばかり)
おそらくこの【耀紅の森】に住み着いている魔女。この森が立ち入り禁止になる前に、入った者達が行方不明になったのは、あの魔女と紅の獣が捕らえ、若返りの薬に使う成分に使っていたということだろう。だが、あまりにも行方不明になり過ぎて、森に入ってくる成分が採取できなくなった。
そこで、わざわざ王都まで赴き……。
(いや、だとしたらおかしい。立ち居地禁止になってからもう何百年も経っている……そうなれば、その間は何をしていたんだ? いくらなんでも若返りの薬を貯めていても何百年もの間、決行しないなんて)
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
最初に誘拐された二人は、すでに虫の息。早く治療しないと命を落としてしまうかもしれない。少し、身を乗り出し、女性達に自分の姿を気づかせる。
口元に人差し指を当てて、静かにするようにと指示を出し、目を瞑るようにと更に指示を出す。目を瞑ったところでクロードは、懐から【魔機】を取り出し、ボタンを押す。
そして、おもむろに老婆と紅の獣の傍に投げ捨てた。
「むっ? なんじゃこれ―――うぎゃあっ!?」
投げたのは全校集会の時に即席で作ったような閃光弾だ。
その光を直視した老婆と紅の獣は目を多いあらぬ方向へと動く。その隙を見て、クロードは一気に女性達が閉じ込められている檻へと近づき【加工刃】で檻を切り裂いた。
「さあ、早く外へ」
「は、はい」
「そっちの二人は僕が」
軽い。軽すぎる。最初に誘拐された女性は、二人とも細身だったという情報があるが、今の二人は栄養が大分不足しており、軽すぎるぐらいだ。
一人を背中に、もう一人を抱きかかえ、クロードは残りの二人と共に洞穴を駆け抜ける。
「な、なんだい!? いったいなにが……!?」
「きゃああ!?」
先に出て行ったはずの女性の声だ。
(それに、この気配は)
二人を抱え、外に出るとシィ達が巨大な何かと戦っていた。随分と苦戦しているようで、シィが【魔刃剣】を構えたまま押さえつけられていた。
「皆!」
「せ、先生!!」
「いきなりこの巨大な奴が現れて、なんとか戦っていたんですけど」
紅の獣が巨大化したような生物に見える。だが、小さいのとは違い異様なまでに筋肉が発達しており、尻尾は蛇、腕は硬い鱗で覆われている。
「シィ! 戻ってくるんだ!!」
「は、はい……!」
なんとか抜け出し、シィはクロードの傍に着地する。
「ひ、ひひひ。お前達が、わしの可愛い子達を傷つけた輩だねぇ?」
そうこうしていると老婆も手負いの紅の獣と共に洞穴から出てくる。
「四人とも。彼女達を護るんだ」
徐々に距離を離し、助け出した女性達を四人に預け、懐から【万能工具】を取り出す。
「まったく、よくここまで来れたものだねぇ。何者だい?」
「ただの教師だよ。そこの獣に生徒を誘拐されたから、取り返しにきたんだ。そういうあなたこそ、誰なんだ? どうやら若返りの薬を作るためにこの人達を誘拐していたようだけど」
「あんたの言う通りだよ。わしは、永遠の若さを手に入れるために、薬を作っていた。昔は、森に入ってくる者達から採取していたんだけど……ちょっとやり過ぎちゃったようだねぇ。まさか、立ち入り禁止になっているとは」
困ったものだよと笑う老婆。
「まあ、一度薬を作ってしまえば、わしもハーフエルフだからねぇ。しばらくは大丈夫だったんだよ」
そう言って、老婆はフードを外すと、特徴的な長い耳が現れる。
ハーフエルフと言えど永遠の命があるわけじゃない。寿命があり、それが近づくと老婆へと退化していく。
「その獣達は?」
「この子達かい? なーに、昔攫った者達と魔物を配合させたんだよ。わしは、魔女だからね」
「なるほど……」
老婆の言葉が本当なら、チセを含めた女性達も養分採取が終わったら、魔物と配合させられ操り人形のようになっていたことだろう。
早めの救助に来て、本当によかったと胸を撫で下ろす。
「最後に……この森の紅さは?」
「これかい? 配合の実験をしていた時に、余計なエネルギーをばら撒いていたら偶然こうなってしまったんだよ」
それにしても、魔物の配合、ハーフエルフ、行方不明……そこから導き出される人物にクロードは覚えがある。
「……あなた、もしかしてオリビア・イースンさんじゃないか?」
「ほほう? わしのことを知っているとは。もう千年近くも前の人物なんだがねぇ」
「師匠、オリビアって?」
「マギアラでも有名な魔法使いだったんだけど、裏で魔物を配合させ、近隣の村々や町を襲わせていたために指名手配されたハーフエルフだ」
それがまさかこの【耀紅の森】に潜んでいたとは。
「話は終わりかい? さあ、わしの秘密を知ってしまった以上。ここから帰すわけにはいかない。どいつもこいつもぴちぴちした若い養分がたっぷり採取できそうだからねぇ……やっちまいな!! わしの可愛い子達!!!」
「させるものか。オリビア・イースン! あなたの犯行……ここで終わらせる!!」




